昇格も言うほど甘くない
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「…昇格、ですか」
たった今隊長から言い渡された『昇格』という言葉に対して、私にはピンとくるものがなかった。
昇格するということは私が中位騎士に上がるということだけど、自認としては私はそこまで至れる人間ではない。
確かに以前カトレアが言っていた通り私は中位騎士への昇格はありうるとは聞いていたし、それ自体が先の戦の混乱で宙ぶらりんになっていただけ、といえばそうなんだけど。
勿論貰えるものはありがたくいただくと決めているので異存はない。ルカさんに近づけるなら正直なんでもいいのが本音だ。
「あぁ、お前さんは明後日から中位騎士だ。よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
「明後日、小規模ではあるが昇格式も予定している。宴会もやるから楽しみにしとけよ?」
「はい、隊長」
隊長は体格も大きいし普段は立場的に厳しい表情をしていることが多いけど、実際は気さくで話しやすい人。
よく面倒も見てもらったし、隊長やここまでお世話になった隊の人たちにお祝いしてもらえるのはとても嬉しい。この隊には二年近く居たし、いろんなことを学ばせてもらったと一足早いようだが考えてしまう。
「そういえば、お前さんに二番隊からのスカウトが来ているが、受けるか?」
「そうなんですか?」
隊長の言葉に素直に驚く。
二番隊はルカさんが率いている隊で、私の目標でもある。私としては願ってもない話だけど、急に話を振られて驚かないというのは難しい。
それに、レオが以前「二番隊には入れん」みたいなことを言ってたような。でも隊長がスカウトって言ってたし、スカウト先の隊長の指名だから関係ない…というあの話に当てはまるのだろうか。
今の私は三番隊なので、移動が寂しくないかと言われれば愛着はあるけど私としては目標が優先だ。
「副団長直々のスカウトだぞ。まぁお前は中級魔法を安定して使えて上級魔法も使えるわけだからな、今回の昇格を機に移動することは俺も賛成だ」
「ありがとうございます」
「だが寂しくはなるな、傍若無人なお前を叱ることもなくなると思うと」
「隊長!」
大仰に笑う隊長に対してつい強い態度が出てしまう。
確かに迷惑はたくさんかけたし本当は言い返せないんだけどさ。ルカさんの悪口言ってる奴と殴り合いになって謹慎になったこともあるし。
「とはいえ昇格式まであと二日はある。移動届なんざ式の日に出してもいいからな、ゆっくり考えろ」
「わかりました」
***
隊長は気前のいいことを言ってくれたとは思うけど、と訓練場に置かれた休憩用のベンチで考える。
正直今回の話で心残りなのはニコのことだ。私が移動するってことは、ニコはたった一人の女性としてこの隊に残ることになってしまう。
女性騎士は基本的にみんな五番隊に回収されやすいから、他の隊に残っている人は多くない。それは勿論オリバーの溢れるカリスマ性に憧れた女性騎士たちがそれを望むからなんだけど。
私はオリバーのことを素敵な人だとは思うけど、それ以上の感情はないので五番隊に希望を言ったこともない。ニコはずっとそんな私についてきてくれたわけだから、移動を機にあっさり別れるということにはとてつもない抵抗があった。
ニコって強気でサバサバした感じだけど、一回心が折れると立ち直るまで時間がかかるので心配が強い。
「どうしたものかな…」
一番いいのはルカさんにお願いしてニコも二番隊に移動させてもらうことなんだけど、私がどうして二番隊にスカウトが来たのか明確でないし、軽率なことはできない。
中位騎士は下位騎士に推薦を出せるからその制度を使って…とも考えたけど、人員の偏りが生まれるのならそれも簡単にはいかないことだ。
ならオリバーのいる五番隊に推薦する?
確かにあの隊なら同じ女性も多いし、慢性的な女性騎士の少なさに起因していつでも新しい人員募集してるからすぐにでも入れてもらえるだろう。
しかし同時にそれが叶えば三番隊からは一気に二人も人がいなくなることになる。決してあの隊が異常に人員不足なわけではないけど、すぐに新しい人が見つかるのだろうか?
さらに言えば、彼女を五番隊に移すというのもやはりあっさり切り捨てるような選択であるように思う。
そうなるとやっぱり一緒に二番隊に移動したいんだけど…。
「困ったな…」
「何に困っているんだ?」
「!」
不意に聞こえた声に慌てて振り返る。するとそこにはなぜかルカさんがいた。同時に考え事をしていると隙が多くてダメだな…と内省する。
「副団長…」
正直、彼はいま一番気まずい相手だ。どうしよう、と素直な感情が隠せず表に出てしまっている気がする。
でもあんまり変な隠し事はしたくないし、どちらにせよ話をするなら同じことじゃないだろうか。
「…今、お時間いいですか?」
「十五分程度なら」
ひと足先に昇格した私に情けをかけられるみたいでニコは嫌がるかもしれないけど、私としては一緒にいれるならいたい。
なら、ダメもとで相談してみよう。
***
「…と、いうわけでして」
とりあえずざっくりとではあるけどニコのことについて話をしてみた。彼女を置いていくとなると移動は少し不安があるとも。
私の話にルカさんは特に言い返すでもなく納得した様子を見せてくれた。
「あと、二番隊へのスカウトは副団長直々のものだと聞きましたが、本当なんですか?」
「それは本当だ。先の戦の後処理を機に騎士を辞めようというものが何名かいるから、信用できそうな人間に声をかけているんだ」
「そうなんですか…」
ルカさんに信用できる人間と思われるのはとても嬉しいけど、同時に王城決戦を思い出す。あの戦は被害が大きかったから事後処理にも時間がかかっていたし、壊れた城壁には直り切っていない場所もある。
辞めていく人たちの動機まではわからないけど、悲しみを背負って辞めていく人もいるのかもしれない。そういった人たちが穏やかに過ごせるといいな。
それを実現させる一部が私たちの仕事なんだけど。
「辞める人間は複数いるから、君の友人にも声はかけたはずだ。君が信用している人間だからね」
「そうなんですか?」
その話は知らなかった。ならここまでの私の苦悩はただのおせっかいじゃん…まぁでも、結果オーライか。
「三人も退職者が出られれば必然的に人手が欲しくなる。中には班を率いていたものもいたし、元来三番隊は若手の育成が主たる場所でもあるから信頼も厚い」
彼の言葉に、そういえばうちの隊若い人多かったな…とふと思い出した。隊長と何人かのベテランさんはいたけど、それ以外はいつも若手ばかりだった。あまり意識もしてなかったけどそもそもそういう隊だったのか。
「偏らないよう人は配置するが、それでも新人を三番隊に配置することは多い。あそこの隊長は従士の教官もやっていたから面倒見もいいからね」
「あぁ、確かにたくさんのことを教えてもらいました」
隊長は厳しいけど褒めるところはきっちり褒めてくれたし、何が悪いのか考えるチャンスもくれる人だった。たくさん面倒見てもらったな。
「辞めていく方は、お怪我などが理由ですか?」
「いや、年齢だ。長年いてくれた者も少なくないから痛手ではあるんだが」
「そうなんですか…」
そう聞いた瞬間、脳裏に嫌な記憶が蘇った。
確かに二番隊にはナイスミドルな方が多かったなと思い出すのと同時に、ベテランが辞めて新人が入るということの意味を思い出す。
「副団長、質問があります」
「なんだ?」
「もしかして、私移動したらベテランの方の引き継ぎありますよね?」
「当然だ。そのために来てもらうんだから」
「…」
そこで私は一つ深呼吸をする。
そして内心で「ですよねー!」と叫んだ。
昇格に対して呑気に考えてる暇んてなかったと眉間に皺が寄っていく。
これはニコが、気の知れた人間がそばにいてくれないと私のメンタルが死んでしまう。
だって新人がベテランの枠を埋めるなんて何やらされるかわかったもんじゃないもの!
先輩から『新人ちゃんこれお願いね』って言われてなんか小難しい書類作らされたと思ったら、よく内容確認すると他者との重要な契約書だったりして背筋が凍ったこともある。たった一つの誤字が契約に繋がらない場合もあるなんて噂聞いてたから手が震えた。
他にも上司や同期がやるはずのプレゼン資料作らされたり、後輩の面倒見ながら誰もやらない書類整理もやって…。
あぁ、トラウマが蘇る。
前世はそんなことばっかりだった。それなのに給料は増えないし、人手不足で集計とか請求書の整理して経理に渡したりとかそんなこともやって…。
この世界でそこまで大変になることはない…と思うけど、信頼できる仲間は欲しい。心の安寧のために。
「私、絶対にニコを連れて移動しますね」
「あ、あぁ…なら二人とも移動届けを事務に出してくれればいい。推薦者には忘れず僕の名前を書いておくように」
「了解です!」
さて、絶対にニコを道連れにするぞ。
***
「ニコ! 一生のお願いがあるの!」
終業後、私は急ぎ足でニコと共同で使っている自室に戻り、まず最初に彼女の手を取った。
当然ながらニコは驚いて目を白黒させているけど、文字通り私の願いは“一生のお願い”なので許してほしい。
「なになに!? 急になんの話!?」
「なにも言わず私と一緒に二番隊に来て欲しいの」
「その話!? 確かに隊長からは聞いてるけど…」
私の態度にニコは動揺している。しかし彼女の隊長から話を聞いているならこちらも話が早い。
「ならお願い! 私にはニコが必要なの」
「必要って、そんな大袈裟な…」
「大袈裟じゃないよ。私は前世で死ぬような思いをしたから心を支えてくれる人がいないと死んじゃうんだよ」
今日思い出したあの頃のことはなるべく再封印したけど、まだ完全ではないのでその片鱗を思い出して涙を誘われる。
そしてしなしなになっていく私を見て、ニコは少し呆れたような様子ではあるけどそれでも抱きしめてくれた。
「はいはい、辛かったのね…」
「うっうっ…」
「泣かないでよ…」
「ベテランの枠を埋めるのは本当に大変なの…友達がいないと死ぬ…」
へなへなの私に対してニコは優しく背中をさすってくれる。口では呆れたようなことを言いながら、彼女はいつも優しい。
「そんなに頼ってもらえて嬉しいよ、あたしは」
「ごめんねニコ…」
「いいよ。最近は恋人さんにイザベラを取られてちょっと寂しかったしね。今回のことでチャラにしてあげる」
「ありがとう…」
私は力無くそう言うのが精一杯だった。
にしても、ニコは最近のことを寂しいって思ってくれてたんだ。今度時間擦り合わせて遊びに行こうかな、私もニコと遊びたいし。
「もう、急に驚かさないでよ。何事かと思ったんから」
「ごめん…」
「とりあえず二番隊には私も一緒に行ってあげるからさ。本当はやめとこうと思ってたんだけど」
「えっ!?」
ニコから飛んできた言葉にショックのあまり収まった涙がもう一回出てきた。
ニコは何を思ったんだろう。
「そりゃそうでしょ。イザベラは副団長とお付き合いできた上で目標である二番隊入りなんだから、どう考えてもあたし邪魔じゃん」
「邪魔じゃない!」
「いやそういっても」
「邪魔じゃない!!」
私は全力の目力で叫ぶ。
ニコが邪魔なんて有り得ない。私の唯一無二の親友なのに!
一緒に行った買い物も、街で一番美味しいスイートロールを探す旅も、なんでもない会話も、支え合った訓練も、全部大切な思い出だ。
「わかったわかった…ありがとうね」
「わかってくれたならいい」
「私もイザベラが大切だよ。だからこれからもよろしくね」
そう言って、イザベラはまた呆れたように笑う。なので私は思い切り笑って返した。
「勿論、よろしく!」
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