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私は貴方を幸せにできない

 

 

 ********

 

 

 あの女神の芸術のような笑顔を目の当たりにして三日。今でも私は改めてあの時人生の運を使い果たしたと思っている。

 しかし私は今、急遽私服で街に出ていた。

 本当は今日は非番じゃなかったのに急に昨日非番を言い渡されて、しかもこの場所にはルカさんが来るらしい。そういうことだと聞いた。


「なにが…どうなって…?」


 頭がおかしくなりそう。確かにルカさんから時間を欲しいと言われて、私はそれを了承したけどこんなに早いと思わないじゃん。

 っていうか時間っていうからてっきり休憩中に軽く話でもあるのかと思ったけどなんで待ちわせなの?


 三日前から私はルカさんを見かけてないから彼がなに考えてるのかわかんないし、ニコに相談したら「よかったじゃん」ってニヤニヤしたまま言うばっかでそれ以上話聞いてくれなかった。

 一応ルカさんと会うなら…とできうる限り洒落た格好を意識したけど、それだって持ち合わせしかないから服を決めるのに一晩かかったので今は寝不足である。


「マジで頭おかしくなりそ…」


 はぁぁ…と思わず腹の底からため息が出た。

 急に心労かかるじゃん…何事…なんて考えていると視界に人影が入って、ふと見上げた視界に映った人物に私は飛び跳ねて敬礼をする。


「お、お疲れ様です。副団長」

「待たせたようですまない。けど今は仕事じゃないから気にしないでくれ」

「あ、すみません…」


 慌てた…ちょっと恥ずかしい。色んなことが頭の中で渦を巻いてたから本気で驚いてしまった。


「それより急な話に来てくれて感謝している。僕が今日しか時間が作れそうになくて」

「いえ、気にしないでください。お疲れ様です」


 私の言葉に、ルカさんは「ありがとう」と言って自嘲的に笑う。申し訳ないって思ってるのかもしれない。

 でもルカさんが忙しいのは本当のことだと思うし、私がいつでもいいって言ったんだから気にしなくていいと思う。


「では行こうか、店を予約してある」

「は、はい。わかりました」


 それにしても今日は昼食会ということでご飯を食べながら話をするらしく、正直緊張している。

 だってルカさんが大衆的なご飯屋さんに行くとは思えないし、つまりそれはお高いお店に行くということで…。

 私、マナー覚えてるかな…?

 

 ***

 

「ごちそうさまでした」


 一通り料理を食べ終えて、久方ぶりにそんな言葉が口から出た。この国の人の中に『ごちそうさま』や『いただきます』の文化は聞いたことがない。ルカさんには前世の話をしたから気が抜けたんだろうか?


 でもそうかもしれない。前にニコに前世の話をすることになった時も、その後食べたご飯でつい『いただきます』って言ってしまったから。私の中の日本って、そういうイメージなのかも。

 それにしてもマナーはギリギリって感じだったな…ちょいちょいルカさんの動作を見て真似して誤魔化してしまった。


「それは前世の言葉かい?」

「はい。食事を提供してくださった方や食材に感謝を伝える言葉です」

「そうなのか、話を聞くほど君はこの世界の魂ではないのだと思わされるな」


 ルカさんの言葉に対して私ができたのは、なんとか苦笑いを返すことだけ。この世界の魂じゃないのは事実だけど、今はこの世界で生きていると思うと複雑な心境になる。

 私の前世のことを知ってるのはノワールとニコ、そしてルカさんだけど…正直私は異世界転生者だからって漫画や小説みたいな特殊能力とかあるわけじゃないからなぁ。地味っていうか、どこまでいってもノワールがいなかったら証明もできないし、自分の記憶が嘘かもしれないって時折考えたこともあった。


「今日は君を『カタギリ』の名で呼んでもいいかい?」

「お好きにしていただければと思います」

「そうか、ありがとう」


 そう言ってルカさんは少し安堵した様子でテーブルに置かれた紅茶に手をつける。あまりにもその所作が美しい。

 本当に紅茶一口飲んでるだけでなんでこうかっこいいかなこの人は。カップの取手をもつ指先が綺麗に揃ってるし、背筋も正しく紅茶を口に含んだ音も聞こえない上品さ。なんて真っ当なお坊ちゃんなんだろう…。


 なんて思うと、自分の手をなんとなく見てしまう。作中でも屈指の美人として描かれるイザベラの体をどれだけボロボロにしてきたんだろう、なんて考えながら。

 職業柄生傷は絶えないし、爪も短くて中には土が深くまで入り込んでとれやしない。手のひらは剣のタコまみれで、髪や肌もひどい状態だ。一応できる手入れはしてるけど、原作ファンが今のイザベラを見たら憤慨するだろう。私ならする。


「どうかしたか?」

「あ、い、いえ、副団長は所作もお綺麗だと思いまして」

「そうだろうか、普通だと思うけど」

「そのようなことは! 私はせっかく綺麗なイザベラの体をひどい有様にしてしまっているので…」


 あぁ、ごめんねイザベラ。

 貴女は気高く咲き誇るルビーのような真っ赤な瞳で、磨かれた黒曜石のような長い髪で、透き通るような白磁の肌と凛とした鷹のような強さで、あの大きな不死鳥を操る絶世の悪役令嬢なのに。


 私はそんな貴女の体をボロ雑巾みたいにしながらここまできている。

 もう少し見た目に気を使うべきだっただろうか。いや、それをしていたら私は彼を救えなかったと思う。

 だからごめんね、イザベラ。


「確かに君の見目は美しい。整えればさらに輝くと思う」

「そう思ってくださいますか!? やっぱりイザベラは最高の美人ですから…」

「だが僕が惹かれたのは魂の方だ」

「!」


 割り込むように入ってきた声に、私は言葉を失う。

 急になんの話?


「なんの裏表も見せず僕を褒めるのはカトレアくらいだ。最初は演技の上手い役者なのかと思っていたよ」

「演技…」


 そう言われてショックでないのかと言われれば、嘘になる。

 まぁあれだけ騒ぎ立てればそうもなるだろう、と思う自分もいるから納得もできるけど。

 騒ぎ立ててたのはわざとじゃない。わざとじゃないけど、不審者だとは自分でも思う。美しい芸術を目にして賛美しないでいられなかった自分が憎い。もっといいやり方はあったと思う。


 それにしても本当にカトレアのこと信用してるんだな…尊い…。彼を手放しに褒めるのはカトレアだけとルカさんは思えている…やっぱりカトレアはルカさんの中で安らげる人なんだな、そう思うと自分のことじゃないのにめちゃくちゃうれしくなってしまう。


「兄上が僕を意図的に貶していたのには気づいていたし、僕もそれに便乗して行ってきたこともあるから、それはいい」


 気づいてたんだ…と思わず口から出そうになった。とはいえレオがやってるルカさんの貶し方って結構露骨だったし、話してみるとレオって悪口の発端は彼じゃないんだろうなって思える人だったから、頭のいいルカさんはすぐに気づいていたのかも。

 それはそうと裏で何やってたんだろうこの人…ちょっと気になる…。


「しかし、あのタイミングで兄上が君に本心から興味を示すとは考えていなかった」

「は、はぁ…?」

「確かに僕も君を誤解していた。そのせいで君を傷つけたのは今でも申し訳ないと思っている。君に頬を叩かれて初めてそれに気づいたことも」

「副団長…」


 確かにあの時のことはショックではあったけど、そんなに気にしなくていいと言ってもいいんだろうか。

 彼の気持ちは嬉しいけど、すでに一度謝ってもらっているわけで…今でも申し訳ないなんて思う必要ないのに。


「そこから兄上のことがあって、君が異世界から来た魂である話を聞いて…しばらく混乱していた」

「それは…すみません…」


 どっちかっていうと私が申し訳ないよ。顔面引っ叩いた上で何度も混乱させるようなこと重ねたと思うし…異世界転生の話だって、ノワールがいたからなんとかなったようなものだ。

 その上でお兄さんにも悩まされてたなら、そりゃ困惑もする…本当に申し訳ない。


「三ヶ月前、君が兄上と馬車を降りてきたところを見た時…とても動転して、自分の中で結論が出るまで君の目を見ることもできなかった」

「そういうことだったんですか…」


 心変わりって思われたのかもしれないな、と素直に思った。

 あの馬車にはニコとサミュエルも乗っていたとはいえ、私がレオから求婚されていたのは知っているし、彼の目から見てレオが私に本気で興味を示していたとさっき聞いたから、私がレオに口説き落とされたと思ったのかもしれない。


 軽率だったな…二人きりじゃないなら、と一瞬でも考えた私が馬鹿だった。ルカさんに避けられてるのを意識してもらってるって考えたら嬉しかったけど、それで彼が傷つくのは本意じゃない。


「私が軽率でした、申し訳ありません」


 素直に頭を下げる。これは単純に私の判断ミスだ。

 たとえ話を切り出したのがサミュエルだったとしても、それがルカさんに伝わるわけもないし証明できるものもない。


「いや、いい。事情は君の友人から聞いている」

「ニコが…?」

「先日執務室に突然やってきたんだ。君の無実を主張するために」

「…」


 そんな、ニコはそんなこと一言も言ってなかったのに。私の知らないところでそんなことが起きてたんだ。

 あとでお礼言わないといけないな…言葉なんかじゃ足りないけど。

 ありがとう、ニコ。


「なので君の事情は把握している。そして同時に、感情の整理がついたよ」


 でも、彼の言葉の中にあった“感情の整理”という慣用句に少し背筋が寒くなる。ありきたりな言葉のはずなのに、その慣用句が示すのはいつだって諦めや悪い方向に向かう言葉に思えてしまうからだ。


 それがどうしてかと言われたら、自分の行動を私は思い返す。

 何度も“感情の整理”をして、ルカさんのいない世界を受け入れなければならないんだって思い続けてきたのが自分だから。

 結局そんなことできなかったのに。


「感情の整理といっても、悪いことではない、というか…少し吹っ切れたような感覚なんだ」

「吹っ切れた…?」


 だけど、そう話す彼からネガティブなものは感じない。むしろ少し気持ちいいものを感じる。それはどうしてだろう。

 そしてルカさんは何故か照れた様子で一つ深呼吸をすると、次に私の目をしっかりと見た。彼の瞳は今も長い前髪の向こうなのに、軽く払われた前髪から垣間見えるそれは確かに私を捉えている。


 そして彼の目に宿る新緑の輝きは私の心臓を縛りつけるんだ。私が、見惚れてしまうから。

 そして、


「僕は、君が好きだ」


 そして彼は、私に向かってまずそう言った。


「君が兄上と同じ馬車から降りてきた時、裏切られたような気持ちになった。君の言葉に困惑しながら、僕は君の言葉と行動をどこかで信じたかったんだ」

「それは」

「君に頬を叩かれた時、僕は間違っていたんだと自覚した。君が異世界から来たと聞いた時、どうしてこんなに僕を見てくれているのかがわかったような気がした」


 それは、私が勝手にやったことで。と言いたかったのに、言葉は何故か続かない。

 彼の瞳に縛られている。

 イザベラじゃなくて“私”を見ているその瞳に。

 私にその言葉は向けられているんだ。


「セナ・カタギリ、僕とともにいてくれないか」


 彼の声は語りかけるように落ち着いていて、瞳は真摯に私を見ていて、彼の心が私を見ていることが伝わってくる。

 彼から感じ取れる全てが、私の思いに応えようとしてくれてるのが感じられて辛い。


 私が貴方に言った「好き」は本物なんだ。

 本当に、本当に貴方が好きで。ずっと幸せでいてほしい。

 だから、私じゃダメなんだ。


「ありがとう、ございます…ですが私では、貴方を幸せにはできない」

「…どういうことだ?」


 私の言葉に、彼は驚きと怪訝さを含んだ視線を向けてくる。無理もない、彼は本気で告白してくれたんだと私でもわかるんだから。

 それなのにこんなことを言われたら、少なからず動揺もするだろう。

 わかっていても、私は貴方の言葉を肯定するわけにはいかない。


「家を捨てた私では、実力の伴わない私では、ただ騒ぎ立てるだけの私では、貴方に相応しくない。私は貴方に笑っていてほしい、カトレア様へ向けるあの穏やかな笑顔のある世界で生きていてほしい」

「…」

「私にできるのは貴方の盾の一枚となり、剣の一振りとなり、貴方の幸せを作る土台のほんの小さなパーツになること。貴方を愛しているから…私は貴方の隣には立てません」


 ごめんなさい、レオ。

 貴方は大切な弟を私に託してくれたのに、私ならきっと彼の心を裏切らないと信じてくれたのに。

 それでも私は、これ以上ルカさんが虐げられる要因になるわけにはいかない。


「それは…許されることではないな」

「え?」


 険しい表情の彼が放った言葉に私は思わず疑問の声を口にする。

 許されないって、どういうこと?


「君がその言葉を口にするであろうとは思っていた。だから僕は君を手放すまいと覚悟を決めてここにいる」

「!」


 ルカさんはそう言うと、静かに席から立ち上がる。そのまま席を離れどこに行くのかと私が目で追っていくと、彼は私の退路を断つように振り向いた私の目の前に立ち、差し伸べるように手のひらを差し出した。


「行こう、これから君は僕の正式な婚約者となる」

「だからそれは」

「できないとは言わせない。僕をここまで追いかけてきた君が、僕の隣にいないなんて」

「…っ」


 わかっているんだ、わがままだなんてことは。

 私は何度も貴方に思いを伝えて、それと同じだけ貴方を好きになって。


 今だって、自分の都合だけ考えて貴方の手を取れたらいいのに。

 きっとそうしたら、私だけが幸せになれる。


「…私は貴方に相応しくない。そして私は生涯貴方の盾であることを誓った。貴方を愛しているから、貴方を死なせはしないと。だから私は、私だけの幸せには向かえない」


 貴族としての全てを捨てた私では貴方に相応しくない。

 絶世の美女をボロ雑巾みたいにする私は今更女として貴方の隣に立てない。


 私が望んでいるのは貴方が生きて、幸せであること。だから護って見せる。

 でも相手が私でなくたって、貴方はきっと幸せになれるはずだ。

 私が貴方の隣でなくてはいけないなんて、そんなことはない。


「僕はそれを望んでいない。君に護られるほど僕は弱くないと自覚している」

「人間は、絶対ではないんです。だから他の人と助け合って生きてる。私は貴方のいない世界なんてもう二度と見たくない」


 あの喪失感を、二度も味わうものか。

 貴方を傷つけさせるわけにはいかないんだ。

 そこにあったはずの幸せも、未来も、あの時貴方からは無くなってしまった、そんなの許していいはずがない。


 たとえ他人が死んだって、たとえ私が死んだって。鬼畜非道と言われても私は貴方に生きていてほしいから。

 そのために私は、貴方を護ると誓ったんだ。


「…っ」


 悔しさが雫になって目から溢れ出る。

 私が強かったら、見合う人間になれていたら迷わず彼の手が取れたかもしれないのに。


 貴方がいない世界なんて考えたくもないんだもの。あの笑顔が二度と見れないなんて思いたくない。

 誰でもない、貴方に生きていてほしいの。


「だから、私が騎士を辞めることはない。身も整えられない私では貴方の隣には立てないんです。家柄のない私では貴方に恥をかかせてしまう」


 ルカ、ねぇルカ。

 貴方は知らない、私が貴方の笑顔にどれだけ心奪われたか。


 それはなんでもない一コマだった。一ページの中の小さいコマ。

 でも私にはそれがとても大きく見えたの。なんて綺麗に笑う人なんだろうって思った。

 貴方が優しくカトレアの頭を撫でた時、私はカトレアが羨ましかったよ。その感情が私に向いたらいいのにって、貴方の笑顔がもっとたくさん見たいって思った。


「好きです、本当に好き。何にも代えられない、世界で一番ルカさんが大切なんです。貴方の力になれないなんて嫌、貴方を護ることができないのは嫌!」


 こっちにきてたくさんの知らない貴方を見て、それでも私は貴方を好きだって大きな声で言える。

 普段はやっぱり笑わない人なんだなとか、前髪であの綺麗な目が隠れてしまっているのは勿体無いって改めて思ったり。


 真面目で、周囲に対して誠実で、自分が周りから何を言われていても真剣に仕事を全うしてる。

 それでいて子供には優しいんだ。城内で貴族や従士の幼い子が迷子になってたりしてると必ずしゃがんで目線を合わせてくれる人なのを私は見てる。

 子供の頃、迷子になった私を助けてくれた貴方と今も何も変わってない。


「気持ちだけじゃダメなんです。私じゃ貴方を幸せにはできない、でも貴方を護ることならできるかもしれないから。だから」

「それは違う!」


 俯く私の言葉を遮った彼は、私の手を引いてその勢いで立ち上がった私を強く抱きしめる。

 何が起きたのか私はすぐ理解できなくて、それでも彼の激情を孕んだ声は耳に届いていた。


「僕は君だから好きになったんだ! 何度も、何度も、今だって僕を好きだと言ってくれる君だから!」

「…」

「君が命に変えて僕を護ってくれたように、僕は命に替えても君を愛しきってみせる。そして死が二人を分つまで君を護り、そばにいる」


 あぁ、どうしよう。

 本気なんだ、この人は。決して気の迷いやお遊びなんかじゃなくて、本気で私がいいんだ。


 お遊びだったらよかったのに。そんなに不器用に愛される資格なんて私にはない。

 そんなに真剣な言葉を私にぶつけて私をどうしたいんだろう。どうしてそんなに不器用で真面目なの?

 その不器用さが貴方のいいところだって、私はもうわかってるのに。


「僕が好きになったのは、セナ・カタギリという一人の女性なんだ、他の誰でもない」

「…それは」

「僕は君が僕との関係を認めてくれるまで離れるつもりはない。君をうちに連れ帰ってでも君に僕を認めさせてみせる。それだけ君のそばにいたいんだ」

「るか、さん…」


 私なんかの何がいいんだろうか。ただ騒いでるだけのオタクなのに。

 私は本当、貴方の隣にいていいような上等な人じゃない。ただの庶民なんだよ。

 そんなに重い感情をぶつけてもらえるようなことなんかしてないし、私なんかがそれを貰っちゃうのは勿体無いよ。


「君が褒めてくれるのがいつからか嬉しかった。カトレアとは兄妹みたいなみたいなものだし、他に僕を褒めるような人はいなかったから」

「褒めてるというか…ただうるさいだけですよ」


 褒めてるっていうか讃えてるんだけど、それは私の一方的な感情であって彼に益を成すのかと言われたらなんか違うような。


「それなのに君は僕に擦り寄るどころか訓練ばかりしていて、不思議な子だとも思っていた」

「不思議…」


 そう言われると複雑だ。だって私の中では当たり前のことだから。

 私がやりたいことは貴方をを護って生きていくことであって、気に入ってもらうことじゃない。だから訓練の方が当然比重が重くなる。

 私が貴方を讃えてしまうのは私の中で貴方を讃えたい感情が抑えきれないからであって、演出としてやってたわけでもないし。


 それくらい貴方は自分のいいところを認めないんだもの。他人から馬鹿にされることに慣れすぎていて、その評価が真実だと思ってる。

 貴方に馬鹿にされるような場所なんてないのに。


「君を目で追っていく度に少しずつ気になっていくのを感じていながら、見て見ぬフリをしていた。安易に利用されるわけにはいかないと。だけど、君に対して“それ”を行うのはただの逃げでしかないと気づいた」

「そんなことは…」

「いいや、逃げだ。君の好意は本当に温かったのだから」

「…」


 強く抱きしめられていたところから、そっと解放される。そして彼はもう一度、まだ自分を認められない不甲斐ない私をその目に映してくれた。


「本当に君を愛している。僕は君の温かさに何かを返すことのできる人間になりたい。だからどうか…僕の手を取ってくれないか」

「…っ」


 そう言って彼は、もう一度手を差し伸べた。

 本当はその手を取りたい、取ってしまいたい。

 貴方が私を好きだと言ってくれる、その甘い夢の中で生きていきたい…だけど、


「貴方と共にあるということは…騎士を辞めろということでしょう? でしたらやはり、その手は取れないのです。何度でも言います、私は貴方をお護りするためにここにいる」


 ルカさんは優しいから、きっと私が前線出るのをよく思わないんじゃないだろうか。そうでなくとも結婚なんて話になったら、いつかレオにも言った通りきっと今の仕事を辞めなくてはいけなくなる。

 そんな恐ろしいことができるわけないんだ。貴方に死の運命がもう二度と来ないなんて保証はどこにもない。だって因果律はまだ強制力を持っているんだもの。


 私は私が死ぬまで貴方を護ってみせる。

 絶対に、貴方を寿命以外で死なせるものか。


「いいんだ、そのままで」

「…そのまま、で?」


 しかし拒絶にも近い私の言葉に返ってきたのは、思ってもない返事だった。その言葉はいっそ幻聴にさえ聞こえてくる。

 今のままでいいの? 本当に?


「本音を言えば…という話ではあるが、君の意思が固いことは僕もよくわかっているつもりだ」


 そう言ってルカさんは懐から小さな箱を取り出して私に向けて開いてみせる。中に入っていたのは、加工の施された魔石が嵌められたネックレス。


「守護のネックレスだ。精度が良くて派手でないものを選んだつもりだから、これを受け取って欲しい」

「そんな、贅沢品じゃないですか! いただけません、私には勿体無いです」

「いいんだ、御守り程度ではあるが君を護ってくれるだろう。君が今のままでいいという証にさせてくれ」

「証…」


 正直、そんなこと言われても、という感じだ。ただでさえ質のいい魔石は高級なのに。

 魔石は宝石とは利用用途が異なるし、大きなものは中々手に入らないから自然と値段は釣り上がる。シンプルなネックレスにつけられた魔石は私の親指の第一関節くらいの大きさ。ここまで大きくて宝石みたいに純度のいい魔石なんていくらしたんだろう。


 しかも『守護のネックレス』って名称があるってことは、守護の術式がかかってるってことだよね…? そんな超高級品私には勿体無くてもらえないよ。

 守護の術式が込められた魔石は、ゲームで言うところの防御力アップとかバッドステータスに対する耐性を大幅に受けることができる。少なくとも、ミノタウロスの大斧を盾で受け止めた程度じゃ簡単に骨が折れることもなくなると思う。それだけとんでもない代物だ。


「君には君の譲れないことがある。だから今僕が君に対してできる精一杯が、このネックレスだ」

「ルカ、さん…」

「実際、乾いた話をするだけなら君を騎士団から失うのは惜しいという話もある。君にはまだやってもらうことが山のようにあるからね」

「…」


 いいんだろうか、私が貴方のそばにいて。

 いいんだろうか、何も失わないまま幸せを得ることになっても。

 本当に、こんなことが起こり得るの?


「僕の決めてきた覚悟というものは、所詮こんなことでしかない。君を護ると言い切れない不甲斐なくて情けない男だが、少しは発言に納得してもらえただろうか」

「不甲斐ないなんてことはありません。お気持ちがとても嬉しいです」


 本当に彼は本気なんだ。私が今のまま、彼のそばに居ていいと言ってくれてる。

 彼が本気なんだと、今日だけで何度思っただろう。本当に私でいいのかな。


 でも、これが彼の思いなら…私はそれに応えたいと思った。

 だから小箱に入ったネックレスをそっと受け取って、彼をできるだけまっすぐ見る。


「…本当に、私でいいんですよね?」

「そこまで器用な男じゃないという自覚はある」

「わかりました」


 私は手の中にあるネックレスを首につけて、深く頭を下げた。


「不束者ですがよろしくお願いします…ルカさん」


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