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私の言葉を証明できる…たぶん友達

 

 

 ********

 

 

 約束当日、私は今とある集合住宅の一室の前に立っていた。

 城下の路地裏にあるにしては高級な作りのそれは、一階が店舗、二階と三階が集合住宅になっている。


 ルカさんが待ち合わせ場所である一階にくるにはまだ五分くらい早い。なので今のうちにあの寝坊助を叩き起こさなくては。

 そういうことで、私は目の前のドアをやや乱暴に叩く。


「ノワール! 起きなさい!」


 どんどんどん! と激しい音を立てて揺れるドアの向こうに返答はなく、ただ静寂だけが帰ってくる現状に私は眉間に皺を寄せた。

 なので若干乱暴に部屋のドアを開けるとやっぱり鍵はかかってなくてため息が出てしまう。玄関ドアなのに鍵閉めないなんて不用心すぎる。


「うげ、またこんなに散らかしたの…?」


 そしてドアの向こうには大量の本や紙の束、脱ぎ散らかした服に空になった出前の皿とか…本当、生活が雑すぎて信じらんない。

 毎度のことながらドアの向こうの光景にドン引きしつつ、足の踏み場のない室内でなんとか歩ける場所を探しながら奥へと入っていく。そしてその最奥で布団にくるまっている丸い物体を手前に転がした。


「起きなさいノワール! 仕事の時間よ!」


 球体を手前に転がしたことで、強制的に丸まっていた布団から一人の女性が姿を現す。天然パーマでボサボサの黒髪の女性はTシャツに短パンという、なんとも現代チックな格好で布団に包まっていた。

 この女性こそが、正真正銘私のいけ好かない友人の死神に他ならない。


「さむっ…なんだよ急に…こんな起こし方をするのはセナだね…」

「そうよ。話をしてほしい人がいるの」

「話…? なんの?」

「あんたにしかできない話」


 私がノワールと呼んだ女性は、だるそうに頭を掻きながら何やら少し考えている。それから何か閃いたような顔をすると、最後にニヤリと笑った。


「あぁ…そうかそうか、“バレた”のかい? セナ・カタギリ」

「…似たようなものよ。とにかく説得力のある説明が必要なの」

「誰にバレたんだい? 教えておくれよ」

「教えなくてもわかるわ、もうそろそろくるもの」


 本当はどこかで話したくないと思っている自分がいる。だけど、あの場で嘘をつき通せるとも思えなかった。ならばもう嫌われても仕方ないくらいの気持ちで正直に話すしかない。


「ふぅん…」


 ノワールは私の言葉に軽く頷くと、少しつまらなそうに一つあくびをした。それから上半身を軽く伸ばしつつ口を開く。


「いいよ、最愛の友のためとあらば一肌脱ごうじゃないか。下にいてくれ、店を開けるから」


 そう言い残すとノワールは立ち上がって洗面所に向かった。彼女が歯を磨いていると思しき音を横目に私は部屋を去る。

 

 ***

 

「やぁやぁ、やぁ…なんと言ったかな?」


 ノワールはゆらゆらと揺れる椅子を遊ぶように揺らしながら、店にやってきたルカさんを見てそう言った。

 彼女の住む集合住宅の一階には『占い処』と書かれた看板が建てたれ、中は雰囲気作りのためか薄暗くなっている。

 占いと言っても、彼女の場合インチキに近いけど。


「ルカ・キャリントンだ。何度言えばいいんだ」

「そうそう、キャリーマン氏だったねぇ!」

「キャリントンだ!」


 長くてボサボサの天然パーマの前髪の奥で濁った瞳が卑しく楽しげに歪んでいる。ケラケラと嗤うように上がった口角がまた嫌味っぽく見えた。

 しかしそれだけ雰囲気を出した表情でも、服装はTシャツに短パン、そして軽い膝掛け…いくら私が教えてあげた服装が楽だからって人前で着ないでほしい。


「やめてよノワール! 失礼でしょ!」


 このままでは話が進まないので彼女の態度に口を出す。するとノワールはもう一度ケラケラと軽く嗤った。


「いやいや、すまないねぇキャリントン氏…人の名前を覚えるのは少し苦手なんだ」

「冗談やめてよ…」


 ノワールの優れたところは観察眼と記憶力である。冗談でも“人の名前を記憶できない”なんてことはありえない。


「いや…僕の方こそ無礼だった。初対面の女性に大声を出すなどと…」

「気にしないでください副団長。無礼な人で申し訳ないです…」


 全くもって胃がいたいんだけど。

 ルカさんはノワールのこと警戒しちゃってるし、ノワールはそれを面白がってるしで…洒落にならない。

 どうしたものかと思いつつ、数秒の沈黙が流れて次に口を開いたのはノワールだった。


「それで? 何が知りたいんだったかな? あぁ、セナの話だったね…ならワタシがまず死神って話をしないといけないねぇ」

「!」


 ノワールの口から出た“死神”という言葉にルカさんが身構える。これ自体は何もおかしいことじゃない。死神は教会と国の定めた一級警戒対象だから。

 死を司り、死者の魂を冥界へと運ぶ死神は、同時に強力な闇魔法を操る存在でもある。闇魔法は聖魔法と対を成す存在で、呪いや幻覚、毒などに長けた苦痛を象徴する魔法たちとして忌み嫌われている存在。


 死神がその力を持つのは天使を殺すためだと言われていて、通常の攻撃が効かない天使たちにも闇魔法は通ることから信憑性が高いとも言われている。

 なので、教会と国は死神を一級警戒対象種とし、見つけ次第教会へ報告する魔族の一種として人々に訴えているほど。


「乱暴はやめてほしいねぇ。これでもワタシは教会に届け出を出した健全な死神さんだよ? 確かに仕事柄客には明かしちゃいないけど、きっちり焼印だって入ってるんだからさ」


 はーやだやだ、と言わんばかりにため息をついたノワールは、着ているTシャツの裾を捲り上げて左脇腹に大きく入れられた焼印を見せた。

 この焼印は二級警戒対象以上の魔物が人里で暮らすときに入れられる特殊な焼印で、人間にはない能力を持つ魔物たちに制限を与えることで人里で暮らす権利を与えている。


 人間に必要以上の暴力を与えたときや、制限されている能力を使おうとすると焼印から苦痛を与えられ教会に通報される仕組みになっていて、その後教会から来た人間に拘束される仕組みだ。

 ただ、あくまでこの焼印は魔族を隷属させるためのものではないので穴も多く、正当防衛は認められているのでそれを利用して人間と手を組んだ犯罪も少なくない。


「…失礼した」

「どーも、ご理解が早くて助かるよ」

「失礼な態度ばかり申し訳ない、ノワール女史」

「気にしないさ、それが君たちの仕事なんだろう? それにノワールというのはセナが勝手につけたあだ名だから、呼びたいように呼んでくれたまえ」


 ノワールは慣れた様子で服を直す。

 こうして人間に与してまで共生をしている魔族もいれば、人間を憎み魔族たちの侵攻を支持する魔族もいる。そしてそれは人間もまた然りだ。互いの行いで何かを失った人の悲しみが消えることはない…共生という言葉の中身には難しいことしかまだ残ってはいない。


「さ、話を戻そうか。ワタシが呼ばれた理由はそこの異世界転生者の裏付けをするためだったね? セナ」

「!?」


 ノワールの言葉に、私の隣に座るルカさんが目を剥いてこちらを見る。

 でも私は何も言えなかった。自分で引き寄せた場だっていうのに。


「沈黙はやめたまえセナ。自分が設けた場だろう?」

「…わかってる、ごめん」


 自分からその話をするために彼を呼んだっていうのに、まだどこかで気まずい。信じてもらえなかったらどうしようとか、ドン引きされたらどうしようとか…。


「…本当なのかい? その…異世界から、というのは」


 そんな私に、ルカさんも気まずそうな声でそう問うてくる。私はその問いに静かに頷いた。


「…そうです」


 返答に対してルカさんは半信半疑といった様子で今度はノワールに視線を向ける。その視線にノワールは「やれやれだねぇ」と言いながら首を軽く横に振った。


「そう懐疑的であることもないさ。言っただろう? 彼女が異世界転生者であることを証明するためにワタシはここにいるんだ」

「証明、ですか」

「死神には生死を問わず生命の魂が見える。ワタシはこれを利用して他人を占っているわけだけど…ある日街で面白いものを見かけてね」


 言いながら、ノワールは軽く右手の人差し指を回すとルカさんと自分の胸に向かって順繰りに指差す。すると二人の胸からは白く光った拳大程度の球体が現れた。


「おお、健康だね。まぁこれが私たちの世界の生き物の魂。白くてふわふわでかわいいだろう? 実は魔族も動物も植物も、この世界の生物はみな魂がこの形をしているものなんだ」


 しかし、己の言葉に「でもね」と付け足した彼女は、今度は私の胸に向かって指を指す。すると私の胸からは拳大の球体に赤くゆらめく炎を纏った魂が引き出された。


「これが彼女の魂だ、そして私はこんな魂をこれまで見たことがない。かの有名な勇者さえその眩い輝きは神の如くあれど、形から違うとは如何にも摩訶不思議と言える」


 そう、私はかつて街でノワールにこの魂を見抜かれてから彼女と腐れ縁のような関係になっている。

 最初こそ相手も興味半分だったというのに、彼女の生活態度があまりに悪いのとそれを私がほっとけなかったこと、そして疑わず異世界の話を聞いてくれるのもノワールだけだったので気がついたらこうなっていた。


「これでわかったろう? 少なくとも彼女はこの世界の魂じゃない」


 そう言ってノワールは全員の胸元に魂をしまい直す。ルカさんは驚いた様子で少し自分の胸元をさすっていた。


「ま、裏付けと言っても都市伝説レベルだがね。信じるか信じないか…それこそ信じたいかどうかさ」

「いや…信じよう。しかし『セナ』というのは彼女に関連する単語か?」

「セナは魂の名前さ。カタギリセナ…私たちの発音で言うとセナ・カタギリというのが彼女の転生前の名前だ」

「そうか…ありがとう」


 ルカさんがちらりとこちらを見てくる。何を根拠に信じてくれたのかはわからないけど…信じてくれそうなのは確かに嬉しい。

 だけどなんか、やっぱこういう話は気まずくて視線を逸らしてしまう。


「じゃあ、ワタシは己の役目を果たしたので寝に帰るよ。セナ、終わったら鍵を返しておいておくれ…今日は休みなんだ」


 しかし空気を読もうという気すらない死神は、一つ伸びをしてから何の感慨もなく立ち上がって伝言一つで去っていった。

 

 ***

 

「「…」」


 お互いに何を話したものか、と言わんばかりの沈黙が重い。

 自分が異世界転生者として、何を知っているのか話さなくてはならないことはわかってる。でも、それをどう説明したらいいかわからない。

 この世界には漫画ないんだもの…絵物語とかで通じるかな?


「あの」


 どうしたものかと考えていると、最初にルカさんがそう言った。声に反応して私がそちらを見ると、まだ彼は少し戸惑った様子で私を見ている。


「その、カタギリさん…と呼ぶべきだろうか」

「それは副団長のお好きになさっていただければ…体はイザベラのものなので」

「なら、今はカタギリさんと呼ばせてもらおう。もう少し詳しい話が聞けるまでは」

「…わかりました」


 私はそこで一つ、静かに深呼吸をした。洗いざらいとまではいかなくても、彼の疑問には答えないといけないと覚悟を決めたくて。


「どうして、私が先の戦での副団長の居場所や、カトレア様と副団長の関係を知っているか…でしたよね」

「あぁ」

「それは、私の世界ではこの世界の出来事が絵物語のような形で描かれた創作物だったからです」

「創作物…?」


 私の言葉に返したルカさんの言葉と表情は懐疑的だ。それは正直無理もない、私だって今の人生が創作物でしたって言われたら疑うし。


「そうです。ある一人の人間が、勇者ケント様に起きる物事を中心に、彼が旅立つきっかけからその終点までを描くための作品でした」


 とは言っても、私は完結まで読めてないんけど…。とはいえ国民的アニメ方式の話ではないのでちゃんと魔王を倒したら終わりだろうとは思ってる。


「私の人生は、特に成人してからはいいことがなくて…その物語を読むことだけが楽しみだったんです。それで…」

「…その中に、僕がいたと?」

「! そうです…私の人生は、貴方に支えてもらっていました」


 話をしていると、今でもあの光景を思い出す。

 発売日前日の夜中から雑誌が売ってるコンビニに行って、今週開くページにルカさんがいるか探すのが楽しみだったことを。

 案外思ってもないタイミングで回想が起こったりして毎週ドキドキだったし、彼が出てくると頭の中お祭り騒ぎだったな。


「物語の中の貴方はいつもカトレア様に寄り添う兄であり、誰よりも頭脳明晰な軍師であられた。そして私は、そんな貴方を追いかけて、それで」


 そこから先は言えなかった。

 いや、口が動かなかったんだ。


 思ったより私はまだ向き合えてない、あのことから。

 貴方が死んだ、あの時の事実からは。


「…そうか、その中で僕は死んだのか」

「!」


 呟くような彼の言葉にハッと顔をあげる。

 そんな具体的なこと言ってないのに、って思ってしまって。


「あの時…ミノタウロスの大斧が目の前で振り上げられた瞬間、確かに死を確信していた。でも僕はそれでいいと思っていたんだ」

「…そんな」

「カトレアが護れればそれでいいと思っていたんだ。僕と違って彼女には未来があるから」

「…」


 何も言えなかった。言葉を失うっていうのは、きっとこういう状態を言うんだろう。

 どうして貴方は、自分には未来がないかのようなことを言うの?

 貴方にだって広くて長い未来はあったのに、それが失われていいはずがないのに。


「だけど君は僕を助けに来た。間一髪あの大斧との隙間に入り込み、腕を負傷してまで」

「当たり前じゃないですか、私は」


 そこから先は言葉にならなかった。

 “貴方が推しだから”と言えば済む話で、それだけのことのはずなのに。


「…っ」


 いいや違う。

 違うんだよ。

 一度曝け出したのに認めたくないんだ私は、胸の中にある答えを。


「以前から君は僕を気にかけてくれていたし、あの時礼がしたかったのは本当なんだ。それが君を怒らせることになるとは、思っていなかった」

「あの時のことは…謝らないでください。私も貴方の頬を叩いたことに変わりはない」


 ルカさんの頬に思いっきり平手を入れた時を思い出す。

 彼が何を思って昇進がお礼になると思ったのかわからないけど、もしそれを狙ってたと思われたとしたら今考えても悲しいことだ。

 だから彼の頬に平手かましたわけだし。

 でもその話は終わったことだ。


「君はどうして、あの時僕を助けに来た? 僕が死ぬとわかっていたのに」

「わかっていたから助けたかった。漫画を読んでるだけの私じゃ何もできなかったから、貴方が死んでいくのに、ただ頭が真っ白になったまま会社に帰ることしかできなくて」


 あの時、結局雑誌は買えないまま。

 コミックスも、そこだけ歯抜けになったままだ。

 何も考えられなくて、カトレアを護って死にゆく貴方の瞬間が頭から離れなくて。

 今だって、思い出しただけで吐きそうになる。


「本当に、悔しくて、心残りで」


 どうして私はそこにいなかったんだろうって、何度も泣いた。

 彼の笑顔も、冷徹さも、描かれていたルカさんの全部が私の光だったから。


「むしろ私こそあの時死んだってよかった。貴方が生きてくださるのなら、それだけで」


 今がまだ嘘みたいで、ずっと胸が苦しい。あの時を思い返せばそれだけ、今いる彼が幻なのではないかって思ってしまって。

 でも幻なんかじゃない。あの時痛かった腕がそれを物語ってて、また胸が苦しくなる。


「っ…」


 ぼろり、と目から温かいものが頬を伝った。それで端を切ったみたいに、溢れ出るものが止まらなくなる。


「っあ、ごめんなさ…」


 一瞬で顔がぐずぐずになるのを感じた。見られたくなくて袖で思わず涙を拭ってしまって、そしたら目の前にハンカチが現れる。


「よかったら、これを使ってくれないか。僕にはこんなことしかできないから」

「あ、ご、ごめんなさい、はしたないですね…」


 自分でもハンカチ持ってるのに、慌てたせいですっかり忘れてたなと思うと恥ずかしい。

 でもせっかく厚意で差し出してくれてるのを使わないのも失礼なので、ありがたく使わせてもらった。


「…君にとってはそれだけ大切なことだったんだろう。相手が僕というのは、少しおかしな感じがするけど」

「おかしくなんかない! だって私は、貴方を」

「僕は君が思っているほどいい人間じゃない。物語の中では随分と綺麗に描かれていたようだけど」

「そん…そんな、言い方」


 彼の言葉に、素直な驚きと怒りが隠せない。

 何より呆れてしまう。私は何度も貴方の良さを伝えてきたのに!


「なんですか、その言い方。私が騎士団に入ってから七年経っているんですが!?」

「!」


 私が思わず叫んでしまって、貴方が驚いたように体を跳ねさせる。

 でも、こんなの誰だって叫びたくもなるだろう。だって彼はここまで私が主張してきた言葉を何も信じてないってことなんだから。


「物語の中の貴方だけで十年も追いかけてられるほど私は器用じゃない。器用なフリして手に合わない羽ペンを何度も落としてるところも、何もないところでこけてるところだって見てるし、いつも助言の仕方が重箱のすみを突くみたいな言い方なのは良くないとずっと思ってるし!」

「…」


 なんで私が百年の恋も覚めるような相手を追いかけられていられると思ってるんだろう、この人は。

 転生して十年…いや正確には十一年か。十一年あったら人生変わるよ?

 それを余すことなく貴方に費やしてるのよ私は!

 十一年も夢だけ見てられるほど私は若くないの。


「私は、ルカ・キャリントンのいいところと思えるところも、嫌だと思うところも、疑問に思うところも全部ひっくるめて貴方を追いかけてるの。それを安易な気持ちと思わないで!」


 もうこの際だから全部言ってしまえと言い切る…のは何度目だろう。いや私が短気なのがいけないのはわかってるんだけど。

 それでも、私が彼の全ては知らないように彼も私の全ては知らないから、彼の口からさっきの言葉は出たわけで。

 知らないなら決めつけないでほしい。


 ほんっとうに、私は貴方のあの悪気ない嫌味がなんとかならないかと思ってるんだから。『時として書類に不備があるのは仕方がないが、学ばないミスを繰り返すのは感心しないな』とか『君が休んだところで支障をきたす業務など存在しない。くだらないことを考えているなら仕事をしていた方がマシか?』とかさぁ!

 言いたいことはわかるけど言い方ってもんがあるでしょうが!

 正直言われてる人が可哀想だったよ。見てて痛々しかった…。


 ルカさんのことは好きだけど、あれだけは直らないものかと思ってる。そうやって人を近寄らせないから変な悪口言われてる気もするし。静かすぎて不気味とか言われるのも聞いたことあるしな…。

 もう本当見ていてハラハラするよ。

 優しい人なのに誰にもわからないんじゃ意味がない。私が周囲の人にそれを言ったところで『あんた何様?』って言われる話だから言えないし。


 そんな貴方だから、ますます穏やかに過ごしてほしいと思っちゃうんだよ…幸せになってほしいって。

 そして、叶わない欲望の惨めさも一緒に心に這い寄ってくるんだ。


「…」


 ルカさんは私の言葉に、まるで目の前で猫騙しでもされたみたいに驚いて固まっている。

 しかし私としても引っ込みがつかなくて黙っていると、彼は静かに表情を整えて私に問う。


「そこまで言ってのける君の“それ”は、どこからくる感情なんだ?」

「…え?」

「君の語る“愛”は、まるで英雄に憧れるそれと似ているように僕は思っていた。あの時君が言った『愛している』という言葉でさえ、まるで宝物に感情を伝えているように、僕は最初思っていたんだ」

「…」


 その言葉は、聞きたくないと思った。

 私の、私でさえ入ることを躊躇っていた場所に、貴方の純粋な興味が踏み入ってくる。


「だが、今の言葉はそれだけではないように感じる。君の行動から見え隠れしているその感情は、一体何なんだい?」

「それ、は…」


 言いたくない。

 私はそれを認めたくない、求めてはいけないんだ。

 向き合わないで、蓋をして、なかったフリをしないと貴方の顔を見ることもできない。


「…っ」


 でも貴方が、私を見ている。

 その純粋な興味が、私自身の中の醜さと向き合って認めるよう訴えてくるようにしか見えない。


 だって私じゃなくていい、私が求めたらいけないのに。

 言ってしまいたいと願っている自分がいる。

 何か動かないかなって、願う自分が。

 私じゃきっと、貴方を幸せにできないのに。


「…貴方を、愛しています」


 気がついたら口が動いていた。

 震える唇がそう一言こぼして、止まらなくなっていく。


「ずっと、ずっと貴方が“欲しかった”。あの日、カトレアに向けた貴方の笑顔はあまりにも綺麗で、こんな人に愛されたいと思って」


 綺麗だった。いや、今でもあの笑顔は綺麗だと思ってる。

 私にそうやって笑ってほしいと思った。その温かな感情が欲しいと、だから、


「でも貴方はどこにもいないから、あの世界にはいないから、生まれ変わって貴方を護れた今なら区切りをつけられると思ってた。貴方が幸せになってくれたらそれが一番いいって」


 せめて幸せを願うくらいは許して欲しくて。

 貴方が笑顔でいれる場所を護りたかったんだ。私にそれは手に入らないから、貴方を助けたいのは私のわがままだから、なにも望まなくても生きていけるって思いたかったのに。


「貴方に笑って欲しい。貴方が幸せである世界が欲しい。私に、貴方が微笑むことはないから、せめて、貴方の世界を護る歯車でありたいと…!」


 何度も自分の気持ちに嘘をついた。

 前世では『彼は三次元にいないから』。

 今世では『彼は遠い存在だから』、と。

 そう言って何度も、何度も諦めたくて心に押し込んだ。それこそ死ぬ前だったらいくらでも諦めがついたのに。


 だって貴方はあの世界にいなかったもの。私が認知できる場所にいなかったじゃない。

 でも、今貴方は目の前にいて、私を目を合わせて話をして。

 それで何も願わないなんて、やっぱ無理だよ。


「好きです、愛してます、ずっと。十年経っても」

「…」


 彼は何も言わなかった。

 そりゃそうだ、いきなりこんな重い告白は引くよ。私なら混乱もするし引く。

 …何やってんだろ、私。


「すみません、変な話して…答えがほしいとか、そういった話ではないんです。ただなんか、ずっと認めないようにしてたので全部出ちゃって…ごめんなさい」

「あぁ、いや…確かに少し驚いたが、大丈夫だ。込み入ったことを訊いてすまなかった」

「謝るべきは私なので、気にしないでください…」


 本当に暴走した。恥ずかしくて死にそう。

 早く終わらせてしまおう、目標は達成してるわけだし。


「今日は解散しましょうか、お付き合いいただきありがとうございました」

「あ、あぁ…」


 困らせてしまったな…申し訳ない。

 とりあえず私はそこからルカさんと解散して、借りたままのノワールの店に鍵をかけてそのまま返しに行って…。

 そこから先は、どうやって帰ったか覚えてない。


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