まるで夢のような光景と往生際の悪い自分(後編)
「あの…」
「なんですか…?」
なにやら身構えた様子の彼女に私もなんとなく身構えてしまった。それからカトレアは少し期待を込めたような視線で私に言う。
「イザベラさんって、ルカにいと付き合ってるんですか?」
「!?」
突然飛んできた、まさに突拍子もない言葉に思わず目を白黒とさせてしまった。
なん、なんだって?
誰と誰が付き合ってるって???
「何故…そのようなことを?」
「ルカにいからの手紙によく名前が書いてあるので仲良いのかなって…」
「!?!?」
その瞬間、私の脳内は宇宙になっていく。
何を言われているのかが認識できない。
だって待って、ルカさんがカトレアへの手紙に本当に私の名前を書いたとして、それが事実でも一回かそこらがいいところじゃない?
なに、何回もって。
なんで何回も私なんかの名前が出てるの?
「え、えっと…」
これなんて答えたらいいんだろう。
本当に付き合ってるなんてことはなくて、なのでルカさんが手紙に何を書いたか本当に気になって仕方ないけど今重要なのは目の前のことであって。
…なんて言ったら、カトレアを傷つけないだろうか。
「付き合っているわけがないだろう、こいつはオレと婚約するのだからな」
ぐるぐると渦巻く思考を切り捨てるみたいに、突然聞きたくもない声が飛び込んできた。
眉間に皺を寄せながら振り向くと、そこにはドヤ顔で腕を組んだレオの姿がある。
「そうだろう? アンブローズ」
そして当たり前のようにこの男は私の隣に立った。なので私はちょっと横にずれて離れる。
「婚約はしません、離れてください」
「何、照れることはない。お前ほどの美貌があればたとえヒラの騎士であろうともオレに見劣りするまいて」
「何言ってるんですか? 私が大切なのは副団長であって貴方ではありません。周囲に勘違いさせるようなことは…」
と、そこまで言って気づいた。これは今言っていい発言だったのかと。
私はレオへの嫌悪感ですっかり忘れていたのだ、まさか私とルカさんが付き合ってるなんて思ってる純粋すぎる女の子が二人…この場に同席していることを。
「「い、イザベラさん…!」」
「…」
ぎこちない動きで彼女らの方を見る頃にはもう遅い。すでに二人は希望に満ちた輝きで私のことを見ているんだもの。
「やっぱりルカにいと付き合ってるんですね!」
「い、いやその」
「よかったね、カトレアちゃん! ずっとお兄さんの心配してたもんね」
「本当だよ、よかったー…」
いやこっちはなんにもよくない。なんにもよくないんだ、ルカさんと私の妙な噂が立ったら彼に迷惑が…
「わっ」
そんなことを考えていたら何かに肩を掴まれそのまま引き寄せられた。驚いて見上げるとレオの顔が近くてさあっ…と血の気が引く。
「そんなものは戯言に過ぎん。こいつがオレと婚約をするのは確定事項だ」
「何言ってるんですか! 妙なこと言ってないで離してくださいぃ…!」
レオから離れようと必死に腕に力を入れるけど、体勢が悪いのかうまく力が入らない。それでもジタバタ抵抗していると、
「やめてください団長、彼女が嫌がっています」
思わぬとことから好きな声が聞こえて心臓が跳ねた。
声の主は私の背後にいるのか、後ろから割って入るように私とレオを引き離す。
「副団長!」
「ルカ…最近は随分と積極的だな。そんなにオレに構って欲しいのか?」
「いいえ。アンブローズは貴方の所有物ではないということです」
「今までどれだけものを取り上げようが何も言わなかったお前が、今更小娘ひとりを持ち上げようなど傲慢だな。そこの銀髪娘の時と変わりはしない」
「僕たちがあくまで兄弟ということでは? 方向性の違いしかないでしょう」
言いながら、レオはちらりとカトレアに視線を向ける。ルカさんはそれに怪訝な表情を見せて、私は空気が冷え込んでいくのを感じた。
「兄弟、なぁ…? お前などという出来損ないと同じにされるのは些か不快だな」
レオはルカさんの言葉に少なからず怒りを見せる。でも私としてはその視線が気になった。
「待ってください」
二人の間に割り入るように私は声をあげる。すると二人が同時にこちらを向いた。
「団長、今なんと仰りましたか?」
「そこの傲慢屋を“出来損ない”だと言ったまでだ。嘘も何もない」
「それは貴方とそのくだらない取り巻きの中での価値観では? 貴方は副団長の努力を鼻で笑えるほど“それ”を怠ってはいないはずです」
「…ほう、このオレが泥臭い努力などをしているというのか? そこの出来損ないのように」
レオは私の言葉に向ける視線を変える。それはまるで、いつかのような光景だ。まるで面白い見世物に期待するような、醜悪な視線。
「才能があるからといって努力をしなくていいわけじゃない、その行いに自覚があるかどうかだ。副団長は己の実力で今の地位を勝ち取っていると、貴方もお分かりではありませんか?」
「はっ、戯言だな。そこの出来損ないは家の名を借りて今の席に置いているに過ぎない。塵にもならんクズを置くよりマシというだけだ」
「そう仰る割には、団長は副団長の抜きん出た記憶力と作戦指揮能力を買っているように見えますが」
ルカさんの最もたる強みは記憶力だ。彼は騎士団の中にいる人物のプロフィールや武器の得意不得意、動きの癖なんかを全て把握している。
なので作戦指揮を取るにあたって誰をどの位置に置くか、長期戦に持ち込ませないようにするにはどう動くべきか、相手の情報からの人選や陣形はどう組むべきか…そう言った“戦場の流れ”を作るのがとにかくうまい。
そしてそれは、記憶力だけでなく全ての武器の特徴を覚え、使いこなせるからこそできることでもある。
ルカさんは確かに抜きん出ているんだ、レオと方向性が違うだけで。確実に人にはない能力を持ち合わせている。
「お前はよほどルカを持ち上げるのが好きなようだ。弱い人間を持ち上げる快楽はどんな味がするんだ?」
「私がそのように見えるのでしたら、このまま去りましょう。その程度の私なら、私は副団長を尊敬するにあたってすら相応しくない」
誰がなんて言ったって、ルカさんは素敵な人だ。対して私なんていつもちっぽけで取るに足らない一人の騎士でしかない。
だけどもし、私がルカさんを褒めるにあたって優越感を感じているのなら、そんな私は要らない。そんなことのために私はルカさんを見てきたわけじゃないもの。
何度も、何度も。数えきれないほど彼を見てきた。
武器を扱う彼を、指揮を執る彼を、書類に視線を向ける彼を、教鞭を執る彼を、そして…陰で要らぬことを言われている彼も。
「大した忠誠心だな。まるで躾けられた犬のようだ」
「…そのような、いいものでは」
そんな良いものなわけない。私は二番隊に入ることもできない弱い人間なんだから。確かに騎士そのものになって日は浅いけど、だからこそもっと強くならなくちゃいけないのに。
私はルカさんの、盾で、牙で、あの人の幸せを少しでも支えられる歯車でありたい。
「犬をいいものと指すか、気に食わんな。お前を二番隊には回さないようにしてやろう」
「はい!?」
「当たり前だろう。野心のない人間などその場で燻っていろ、くだらん」
「違う! 私は副団長に跪けることに誇りを持ちたいんだ! 私の気持ちが他人にわかってたまるか!」
叫ぶ私に向かって、レオはほんの一瞬だけ驚いた表情を見せると、今度はくつくつと笑い始める。まるで他人を試すかのように。
「ではますますお前を二番隊に渡す気にはなれんな。オレにとってそれは不利な采配だ」
「ぐっ…」
悔しさに奥歯を噛み締める。余計なこと言ったかも、でも気持ちは本当だし嘘つきたくないし…。
「悔しいのであれば這い上がればいい。上位騎士まで上がれば希望の隊に入れるようにはなっているからな」
レオはドヤ顔でそう言ってのける。
確かに騎士には上位、中位、下位とランクが存在していて、団長と副団長はそのさらに上に位置している。上位騎士になれば貴族権限も得られるおまけつきだ。
でも今の私は下位の騎士…一番へっぽこでどこかの隊に移動なんて夢のまた夢。相当頑張らないと出世なんてできそうにない。
確かに中位になれば移動願いが出せるし、上位の騎士になれば好きな隊に好きなように移動できるようになるけど、そんなのいつなれるかって話なわけで。
「すみません団長、今の発言はちょっとおかしいと思うんですけど」
そう言って話に入ってきたのはカトレア。彼女は疑問を隠さず表情にも出してレオを見ている。
「イザベラさんが先日の戦で上位魔法を使っているところはわたしと副団長の二人が少なくとも目撃しています」
「…何が言いたい」
「魔法騎士の場合、上位魔法が使用できれば中位への昇格は確実ですよね? どうしてイザベラさんが下位であることが前提なんですか?」
カトレアの言葉に私は“確かに”と内心で頷く。
騎士団の中で最も昇格を受けやすいのは魔法騎士だ。なんでかと言えば近接戦も遠距離戦も両方できるからなんだけど、魔法士と魔法騎士は扱える魔法がどの程度かで扱いが変わってくる。
なので、上位魔法が一つでも扱える人間は少なくとも中位昇格が一般的だ。上位騎士になるには上位召喚に使われる精霊との個人契約や使える上位魔法の種類なんかがさらに関わってくるけど。
「中位騎士は移動願いが出せますし、決して入れないってことはないはずですよね?」
「最終的な人事判断はオレだ。もちろん各隊の隊長とは話し合うが、オレが判を押さない書類が有効になることはない」
はっはっは! とレオは勝ち誇った高笑いをあげる。悔しい…こんな意地悪なやつに何も言えないなんて。
「だがその規定だって、隊長本人の指名があれば無効になる。あまり女の子をいじめないことだな、レオ」
突然見ていなかった方向からあまり聞かない人物の声が聞こえてきて、体が自然と緊張したままそちらに向く。自然と頭を下げる中で見えたのは、確かにこの国の第一王子サミュエルの姿だった。
この場にいるサミュエル以外の人間が、流れるように彼に頭を下げる。それからサミュエルが「楽にしていいよ」と一言告げるとみんな頭を上げて、少し空気の緊張が和らいだ。
「殿下、来てくださったのですね」
サミュエルに最初に声をかけたのはエルシィ。彼女の姿に、今度はサミュエルが胸に手を当てて軽く頭を下げる。
「勿論です聖女様、本日はお招きいただき感謝を」
「殿下にそう言われるのはむず痒いですね…ケントくんのところには行ったんですか?」
「当然さ。誘ってくれたのはあいつだからな」
気さくな様子で話している二人に、私は内心でやや悔しさを噛み締めた。
このパーティでケントとサミュエルが話をするのは絶対にあのシーンじゃん…!サミュエルが今日誘ってもらったことにお礼を言って、ケントが「いいや、みんながいなかったら勝てなかった」ってめっちゃかっこいいこと言うとこ…! 見たかった…!
なんてオタクな私が涙を堪えていると、不意にサミュエルが私を見る。
なので反射的に再び頭を下げると「そんなにかしこまらないで」と言われたので素直に頭を上げて彼を見た。
肩程度まである少し長い亜麻色の髪にアメジストみたいな紫色の瞳。漫画でも何度も見た優しげな顔つきの彼は、今日もラフな出立ちでこの場にいる。
「君が噂のアンブローズ嬢かな?」
「へ? は、はい…如何にも私がイザベラ・アンブローズでございます」
サミュエルが突然私の名前を呼ぶから、驚いてへんな反応をしてしまった。程よく気の抜けたラフな印象の彼の瞳にも、少しばかり私に対する好奇心が見えるような気がする。
「話に聞くのは違って、随分と可憐なお嬢さんだ。てっきりオリバーのような気の強い女性をイメージしていたよ」
「は、はぁ…ありがとう存じます…?」
彼の言うオリバーは騎士団の五番隊隊長オリバー・クシュナーのことだろう。騎士団の中で唯一の女性隊長で、女性だけで編成された隊を率いている上位騎士だ。
プライドが高く冷徹な印象の拭えない女性だけど、その高潔さに憧れを抱く女性騎士は後を絶たない。
でも急になんの話だろう。オリバーとイザベラは年齢による美しさと可憐さのバランスが違うだけで、どっちも突き抜けて美人なんだけど。
「なぁレオ、こんなに愛らしいお嬢さんの願いも叶えてあげられないなんて少し器が小さいんじゃないか?」
そう言ってサミュエルは次にレオへ視線を向ける。対してレオはその言葉に「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らすばかり。
「どこかの誰かの隊でなければ考えてやったがな、それこそオレのところに来るならば文句の一つもない」
「お前が彼女と婚約すると吹聴しているのは聞いていたが、それにしても随分と気に入ってるんだな、珍しい」
「気の強い奴は好ましいが、信念の強い奴はもっと好ましい。まして奇行を重ねる珍妙な女とくればしばらく飽きることもないだろうからな」
「…なるほどね」
納得したような言葉を放つ割にサミュエルの表情は呆れたようなそれに見える。何かあるんだろうとは思いつつ、それに首を突っ込むのは藪蛇な気がした。
そしてそんなことより気がついたらルカさんの姿がない。何事かと周りを見渡すと、いつの間にか彼はカトレアと共に少し離れたところで話をしているようだった。
原作でも見たように、話をしている二人はとても仲良さげに見える。カトレアは旅に出てる間ルカさんと手紙でしかやり取りしてないわけだし、楽しい時間なのかも。
私が知らないだけで、原作で描いてなかっただけで、ルカさんにとってカトレアからの思いは救いだったように私には思う。
真っ直ぐに自分を慕ってくれる人間のどれだけありがたいことか。私はそれをこの世界に来て、友達ができて初めて実感した。
ルカさんにとってカトレアは唯一無二だろう。だからきっと、彼女ならルカさんを幸せにしてくれるはず。
私じゃなくていい。私が彼の一番になることなんてないし、その方がいいと思う。
だからあの頃の気持ちはそっと仕舞って、彼の幸せを願いたい。
そしたらきっと、
「あ、イザベラさん!」
二人の姿に見惚れながらそんなことを考えていたら、突然名前を呼ばれて素直に驚く。自分の視線の先にいたカトレアが動き始めてこちらに駆けつけてくる姿は、まるで二次元の存在が三次元に干渉しているような錯覚を覚えた。
「こっち見てるなら声かけてくださいよ、ほら行きましょう?」
「え、まっ…」
彼女の言葉に困惑はしても、拒否することがなんとなくできなくて私はそのまま引っ張られて彼の前に引っ張り出される。
しかしそのすぐ後で、カトレアはエルシィに呼ばれてどこかへ行ってしまった。
何を話したらいいか気まずい沈黙の中で、なんとか言葉を絞り出す。
「す…すみませんでした、ご家族との時間を邪魔してしまって」
「邪魔というほどのことはないけど…カトレアが君に何か言ったのかい?」
「え?」
「カトレアはキャリントンに籍を入れさせていない。なのにどうして君は僕と彼女の関係を知っているのかと思って」
「!」
しまった、と確かに思った。慌てて口を覆ってももう遅いのはわかっていても、そのまま動けなくなってしまう。
ルカさんとカトレアの中が有名なのはあくまで原作でそういった描写がされているからであって、こっちの世界に来てみたら案外隠してるんだなって彼らをみて自分で思ったのに。
カトレアは騎士に上がるのも早かったし二番隊の所属ではあるけど、二人が表立って話をしている姿なんかほとんどない。良くも悪くも必要なことしか話さなくて、従士の時くらいじゃないかな…何か見える場所で話をしてたのなんて。それだって数えられる程度しか見てないし。
でも原作だと二人が話してるシーンって結構見れるんだよね…どうしてって言われたら二人のプライベートなシーン切り抜いてるからなんだけど。誰も見てないところで二人ってよく笑って話してて、それがすごくあったかかったんだよね…。
だから、本当は私が二人が親しいことを知ってるのっておかしいわけで。
やらかしたな…どうしよ。
「いえ、その…」
「君にはいつくか疑問がある。先日の戦での配置もそうだ、君の班は城門に近い位置に配置していたにもかかわらず君はあの場に現れた」
「それは」
なんて言ったらいいんだろう。
しどろもどろになっても仕方ないのはわかってるけど、ここまで必死すぎてフォローまで考えてなかった。
「ここでは憚られるというのなら場所を変えよう。僕の休暇は明日までだから、もう一度君の腕を見せてもらうときに…」
「ま、待ってください」
困惑はしてるけど、いやしてるのに、そう言葉が出てしまう。
私は嘘が下手くそだから誤魔化すようなことは言えないし、もう本当のことを言うしかないのかもしれない。
そうなると、あの場所に行くしかない…あの場所でしか、私の発言に信憑性は出ないから。
「あの」
「?」
「明日、お時間をいただけるのでしたら…お付き合いしてほしい場所がありまして」
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