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まるで夢のような光景と往生際の悪い自分(前編)

 

 

 ********

 

 

「あ、あなたは…」


 つい昨日起きた衝撃的な出来事を一度忘れようと訓練場に向かう道中で、ふと聴いたことのある声が聴こえて何気なく振り返る。

 するとそこには、銀髪に金の目をした女の子が私を見ながら立っていた。


「あ、やっぱり。この間助けてくれた方ですよね?」

「…なんのことでしょう? カトレア様」


 明るく接してくれる彼女に向かって、私は言葉を濁す。勇者パーティに入ってから何故か元の黒から銀に髪を染めているカトレアは、今や王城決戦での立役者の一人だ。


 勇者パーティにレオ、そして第一王子であるサミュエル…他にも主要なメンバーの活躍によって王城決戦は無事終わりを迎えたわけだけど、今はまだ勇者ケントと魔法士のネイサンが深手を負って城の中で休養をとっているはず。

 カトレアは私が助けたようなものなのでそう大きな怪我は負わなかったんだろうけど…それについて突然話されても私は彼女のために何かをしたわけじゃない。そう思うと簡単に肯定するような気持ちにはなれなかった。


「エルシィが言ってたのでちゃんと覚えてますよ。あの時は後ろ姿だけだったので、お礼が言いたかったんです」

「いえ、そんな…私は何も」


 そうだ、私は何もしていない。欲に駆られただけで、あの行動はそんな高尚なものじゃないんだから。


「腕、大丈夫ですか? エルシィが手当てしたって聞いてるので問題ないと思うんですけど…」

「あぁ、腕はなんとも…何日か休みも取ってるので問題ないと思います」


 今回の怪我で、私は一週間ほど休みを貰っている。腕自体はもうなんでもないんだけど、隊長が気を利かせて休みをくれた。

 早く復帰したいところではあるけど、かといってルカさんが昨日言ってたことを無視してまで急いでもいいことなさそうなので、今日も大人しくストレッチと簡単な運動の予定。


「よかった。あの時助けてもらえなかったらきっとルカにいは…あ、そうだ!」

「?」


 カトレアは何か閃いたような様子で私を見る。自分より数センチばかり低い背の少女の瞳を見ていると、若さのようなものを感じた。

 それはあどけなさの残る、希望の灯った瞳。

 確かに体の筋肉のつき方や傷の多さ、それに女性とは思えないゴツゴツとしたタコまみれの手は、どう考えても中高生程度の女の子のそれじゃない。


 でも瞳が輝いている。

 かつて己の村を焼かれ、孤児となってイレギュラー的に幼くして騎士団に入った彼女の瞳はもっと険しく荒んでいても何もおかしくはないのに。

 確かに原作初期のカトレアはとてもとっつきづらくてつんけんしてて、言葉遣いもキツい子ではあったけど、根はとても優しくて芯の強いいい子なんだよね。


 きっとそうやって真っ直ぐ育ったのはルカさんを始めとした周りの人に恵まれたんだろう。

 この希望に満ちた、前を向こうとするエネルギーは確かに若さからくるものだ。子供だから、まだまだこれから未来を歩いていってたくさんのことを知るからこその眩い光。


「あの?」

「!」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です…申し訳ありません」


 いけないいけない。おばさん目線で若い子の尊さについて考えてたらぼーっとしちゃった。

 それにしてもよく考えるとすごいことだなんだよね、今って…。

 カトレアは境遇の関係で本来は十歳からしか入れない騎士団に八歳から入ってるから私より先輩だし、何より今回の戦の英雄だもの。私みたいなぺーぺーが軽い気持ちで接触していい人ではない…。


「なら、いいんですけど…急でごめんなさい。これから時間ってあったりしますか?」

「これからですか?」

「はい、是非来て欲しい場所があって」

「はぁ…?」


 なんだろう急に改まって…なんて考えていると、カトレアが突然私の腕を掴んだ。


「エルシィがケントと一緒にパーティを準備してるんです。私も少し手伝ってて、よかったらあなたも来てください。お礼がしたいんです」

「え、いや、私は…」


 いやいやいや、なんだその尊い空間は。オタクにはカロリーが高いよ。

 ケントとエルシィとカトレアが仲良しにパーティ準備してるなんて可愛すぎて泣きそうなのにそんな後光が差すような空間にオタクが入っていいわけないだろ。


 それにしても、王城決戦編で勇者パーティ四人の仲がだいぶほぐれていくんだよね〜、これはその片鱗かな? 素晴らしすぎる。

 捻くれ者の魔法士ネイサンと真っ直ぐなケントは意見がぶつかりやすかったけど、この戦いでネイサンが病弱な妹さんのために戦ってることが明らかになったりするし、何よりネイサンとケントの共闘がめちゃくちゃ熱いんだよな〜!


 二人の仲も進展してるだろうし、パーティにはネイサンもいるんだろうか…だったら激アツだよなぁ。初期のネイサンは寄り合いにくるようなキャラでもなかったし…。

 そう考えるとやっぱり私は邪魔なのでは?


「皆さんのお邪魔になるとよくありませんし、お気になさらず…」

「大丈夫ですよ、殿下やレオ様も来ますから」

「!?」


 サミュエルにレオまで!?

 思わず驚いてキャラの名前叫びそうになった…怪しまれてしまう。

 それにしてもますますそれは行ったらいけないような、なんて考えていたら掴まれていた腕を突然引っ張られた。


「きゃっ」

「ほら、こっちです。あんまり長居もできないので今だけでも!」

「まっ、まって…!」


 私の腕を引いたカトレアはそのまま鉄砲玉のように走り出す。不意打ちでつんのめった私は転けかかったままについていくことしかできなかった。

 

 ***

 

「あ、カトレアちゃんおかえり〜…って、この間のお姉さん! こんにちは!」

「どうしたんだカトレア。その人は?」

「この間話した、わたしとルカにいを助けてくれた人。お礼がしたくて探してたんだ」


 カトレアに引っ張られるままに連れてこられたのは、城の正面にある庭の一角。そこでは、城の使用人たちと一緒に何やら支度をしているケントとエルシィがいた。

 気さくに挨拶をしてくれるエルシィに頭を下げつつも、私の内心は本物の勇者の姿に感動している。


 エルシィとカトレアの時はバタバタしてて感慨に耽るまではできなかったけど、本物だぁ…!

 コスプレじゃなくて本物が目の前にいる!

 当たり前だけどみんな髪型がヅラっぽくないし、目もカラコンじゃない! メイクもしてない!

 コスプレ肯定派だけど感動してしまう!


 ここまででもたくさんこの世界に来たんだって思うことはあったけど、今が一番それを感じてるかも…私今めちゃくちゃ感動してる。

 そういえば、絵柄的にここはアニメの世界じゃなくて漫画の方の世界みたいなんだよな…おかげでみんな顔がより好みで眼福なんだけど、原作世界に異世界転生は殊更罪悪感がすごい。

 それにしても目の前で三人が会話してるの感動やばい。泣きそう。


 そんなことを思いつつ、ふとあたりを見回すと何やら周りの光景は見覚えのあるものだった。

 そうか、これは決戦後にエルシィの提案で開いたお礼パーティの会場だ、とおかげですぐに思い至る。


 今回一緒に活躍したレオを始めとした騎士団の人たちや王子たちにお礼がしたいって言ってエルシィがケントたちに提案して、最初はこっそり始めるつもりだったのにことが大きくなっちゃうんだよね。可愛いよなぁ、そういうの。

 でもいま目の前で仲間と話してるケントはまだ包帯やガーゼまみれだし、エルシィだけだと治しきれないくらい怪我が多いんだろうな…早く良くなってほしい。


「こんにちは、お嬢さん」


 三人を微笑ましく見守っていたら横から声をかけられた。またもや聴いたことある声だな、と視線を向けると薄い色の茶髪に青い瞳の垂れ目の三枚目の空気溢れる青年が目に入る。


「素敵な後ろ姿に思わず声をかけてしまいました。ボクはネイサン、しがない魔法士でございます」

「…」

「カトレアから話は聞いております。何やらあのアホを助けていただいたようで、同じ仲間としてささやかではありますがお礼としてお茶の一杯でもご馳走させていただきたく」


 なんともこの軽薄さを装った態度がネイサンらしいと言えた。勇者パーティで唯一の魔法士であるネイサンの趣味はナンパ。あちこちで綺麗なお姉さんを見かけてはナンパを繰り返している。


「お言葉はありがたいのですが、皆さんお忙しいのでは?」

「いえいえ、皆ボクたちの怪我に気を遣って支度を代わってくれているのです。なのでボクはこうしてお客様のおもてなしをおおおおおおおおおおおおお!?」


 そして、この雄叫びまでが彼のナンパのお約束。


「ちょっとネイサン! わたしの命の恩人に何してくれてんの!? ナンパはやめてよね!」

「だからナンパじゃねぇって! おれはおもてなしをあだだだだだだだだだ! 剣の取手で腹突くのやめろ!」

「取手じゃないしつかって言うのよそんなこともわかんないの!?」

「うるせぇそんなの取手で十分だ!」


 こうして顔を真っ赤にして怒ったカトレアが暴力的なツッコミを入れるまでが、彼の行うナンパではもはや付きものだ。

 私はルカさん一筋なのでこのやりとり見てる方が心動かされるけど。


「美人と見るとすぐ声かけるんだから! さらっとお茶に誘ってんじゃないわよ余裕があるなら手伝ってよ!」

「手伝ってるだろ! こうしてお客様のおもてなしをだな…」


 言い合いの収まらない二人を眺めながら“美人”という言葉に疑問が浮かぶ。しかしその疑問はすぐに解決した。

 そりゃそうだよね、今私が入ってるのはイザベラの体なんだもん。イザベラは黒髪赤目のとびっきりの美人なんだから声もかけたくなるよ。


「今日もカトレアちゃんとネイサンくんは仲良しね」

「いやほっこりしてないで止めようぜエルシィ…みんな来ちゃうって」


 のんびりしているエルシィと困ってるケント…ここも原作通りだ。なんて眺めていたらケントがカトレアとネイサンの喧嘩の仲裁に行って、何かに気づいた様子のカトレア他の三人を連れてこちらにやってきた。


「ごめんなさい、ネイサンが迷惑かけて…」

「いえ、気にしないでください」


 申し訳なさそうなカトレアも可愛い…ってそんなことを考えてる場合じゃない。どうして四人揃って私のところに?


「ありがとうございます。今日あなたに会えてよかった」

「私にですか?」


 まだ私が彼女を助けたことを気にしてるんだろうか、そんな必要はないのに…。


「はい。旅に戻る前にお礼は絶対言いたいと思っていたから。改めてカトレアと言います、よろしくお願いします」

「私はこの間お話しさせていただきましたよね。私からも、カトレアちゃんを助けてくれてありがとうございます!」

「俺からも…あぁ、俺はケントって言います。自己紹介まだでしたよね?」

「いや〜、アホカトレアが申し訳ない。先ほども言いましたがネイサンですっ、よろしく!」

「え、えっと、よろしくお願いします…」


 とんでもないことが起きている。何があったら勇者パーティに自己紹介を受けるようなことになるんだ。私は大したことしてないのに。


「お姉さんのお名前はなんて言うんですか?」

「い、イザベラと申します…」

「イザベラさん! ルカにいの手紙に名前がありました! あなただったんですね」

「!?」


 待って、私の名前がルカさんの手紙に?

 確かにルカさんとカトレアは旅の中でずっと手紙のやり取りをしてる描写があるけど、その全容は語られてない。

 つまり読者の知らない内容があるのは当然なんだけど、その中に私の名前があるってどういうこと?


「とても優しくて素敵な方だって書いてありました。ルカにいに優しくしてくれてありがとうございます」

「いえ…副団長には私こそよくお世話になっているので…」


 優しいカトレアの言葉に、私は苦笑いを返すことしかできない。何が書いてあるのか、手紙の内容が気になって仕方ないけど…目の前のカトレアはすぐに少し落ち込んだような表情を見せた。


「ルカにいはみんなに勘違いされてるんです。確かにお節介だし言い方厳しいけど、優しくてすごく強いのに。みんなバカにして」

「…」


 カトレアの言葉に私は涙を流しながら全力で首を縦に振ってるけど表に出すわけにはいかない。そんなことを急に目の前でやったら気持ち悪いし、カトレアがびっくりしちゃうよ。

 でもわかる、本当にわかる。

 ルカさんは世界で一番かっこよくて綺麗で強くて最高の存在だよ。


「だからわたし、この旅でルカにいがすごいんだって証明するんです。だって私の剣を見てくれてるのは、いつも最後はルカにいだったから」

「カトレア様…」


 訓練後に、それこそ夜にカトレアはルカさんと特訓してたりしたんだよね。表向き指導してるとカトレアだけ贔屓なのが目立っちゃうから、こっそり誰もいないところで。

 そこでの二人がまたよくてなぁ…家族というより“師弟”って感じに空気が変わってかっこいいんだ。


 カトレアは片手剣と盾の使い手だけど、槍を相手にするのが一番得意。なんでって、師匠が槍使いなんだから当然だよね。


「私がいっぱい活躍して、帰ってきたら『私の剣技は副団長が教えてくれたんだ』ってみんなに言おうと思ってて、イザベラさんもいいと思いませんか?」


 そう言ってカトレアは得意げに笑う。

 私はその笑顔に、涙が出そうになった。

 なんて真っ直ぐないい子なんだろう、ずっとルカさんを見てきたから余計に彼が馬鹿にされてるのが悔しいのかもしれない。


 カトレアは私が彼に出会った時よりずっとずっと幼い頃からルカさんが好きだったんだろうなんて、すぐにわかる。それは恋かもしれないし、家族愛かもしれない。

 そして今でも、カトレアはルカさんを強く思ってる。

 きっとこの子がいたら、ルカさんは幸せになれると思う。これだけ彼を思ってくれる人がいるなら。


 私じゃない、彼を幸せにできるのは私じゃなくていい。あの人が幸せでいてくれるなら、私はその相手が誰でもいいんだ。それこそあの人が望むなら…独りの方がいいのかもしれない。


 なのにどうして苦しんだろう。

 胸が、もやりと苦しい。


「…素敵ですね」


 そうとしか、言えなかった。

 素敵だと思うのは本当。でも、それ以外に感じているものはなんだろう。

 …気づきたくない。


「イザベラさん?」

「!」

「顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」

「本当…ケント様、誰かにお声をかけましょう」

「わかった」


 目の前のやりとりに“まずい”と思った。そんな心配してもらうような大層なことじゃないのに。


「だ、大丈夫ですよ! 今朝嫌な夢見たのが急に出てきちゃって!」

「嫌な夢…大丈夫ですか?」

「夢魔などの兆候はありますか? イザベラさんが良ければ診てみます」

「いえいえ! ちょっと階段から転けた程度の夢ですから!」


 ちょっと無理やりな言い訳だったかな…とは思いつつも、今はこれで押し通すしかない。

 にしても、ルカさんの手紙に私の名前が出てきた話、カトレア以外も聴いてたの今更ながら恥ずかしい。


「そんなことより、副団長は幸せ者ですね。こんなに思ってくれる人がいるなんて」


 この言葉も本当だ。さっき顔色が悪いなんて思わせる態度をとってしまったのでちょっと無理やり笑ってるみたいに見えるかもしれないけど。

 しかしそんな心配は杞憂だったのか、カトレアは私の言葉にぱぁ、と表情を明るくする。


「そうですか!? ルカにいは私を救ってくれた恩人なんです。本当にお兄ちゃんみたいに思ってて、大好きなんです!」

「…!」


 そう言って彼女は、まるで太陽のように笑った。

 私はそんな彼女に驚きを隠せないでいる。

 ここまでずっと、私がこの世界で見ているカトレアは柔らかい表情だけど、原作ではその真逆をいくような女の子なのがカトレアだ。


 作中での彼女は何かとつんけんとした態度が多く、どう見ても無害そうなエルシィのことすら信用していない様子だった。冷たくトゲのある言葉も多くて、心の壁の厚い子。

 それが話が進むにつれて仲間と少しずつ打ち解けるようになって、エルシィと焚き火の前で笑い合って話すようになったりする様子が描かれる。


 それだけ警戒心の高い子がこんなにも簡単に笑うなんて…彼女にとってルカさんはそれだけ大きな存在なんだろう。でも確かに彼女の住んでいた村が無くなって、ルカさんに拾われてからずっと一緒にいるわけだから、何もおかしくなんてない。


「…っ」


 原作では、ルカさんの死を目の当たりにしたカトレアはその悲しみで魔力が暴走を起こし、一時的なパワーアップをする代わりに重症を負う。

 そして再び旅に戻る夜明け、彼の墓の前で胸元を強く握りしめながら涙を流す彼女の姿は、作中でも屈指の人気シーンだ。


 彼が生きている、それだけで彼女はこんなにも笑ってくれるんだと、悲しくなる。

 誰にだって大切な人に死んで欲しいわけなんかない。でも私は彼を救ってしまったから、彼女のパワーアップの片鱗である魔力の暴走が起こってない。

 一見いいことをしたように見えても、所詮私のわがままで…このままじゃ彼女の身が危ないかもしれないんだ。いいことが起きてるのは目の前だけ。


 カトレアが笑ってくれるのが嬉しいから、何か彼女にできないだろうか。

 わかっているんだ。私は所詮小さなバグで、なんの力もないって。どんなに悲しくても、どんなに嫌でも、この事態を収拾できるのはケントたち勇者パーティしかいない。

 だから、私が何かしてあげたい。


「あ、あのさ、ケント」

「どうした? カトレア」

「ネイサンと一緒にみんなが来てるか確認してきてくれる? わたしまだイザベラさんと話があって…」

「? わかった。また後でな」


 少し気まずそうなカトレアの言葉にケントとネイサンが去っていく。そしてこの場には私とカトレア、そしてエルシィの三人が残り…それからカトレアが少し恥ずかしそうに口を開く。


「あの…」


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