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Shangri-La ─ 生きて、死を越え、何かを遺せ。  作者: sora
【第二幕】神話を殺すには

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243/356

百二十層:神話を殺すには.03


エザンバウト技術局。

新設された建物の地下階層に設けられた第三実験室。

元はネクのために買い足された、旧世代の演算機を置くためのバックヤードだったそこ。

今では戦略会議の決定を受けて、急遽改装されていた。


かつての崩壊を思い出させるように、壁には一部亀裂がうっすらと残っている。

けれど今、その空間には演算機の冷却ファンの風音が絶え間なく響いていた。


奥で何かが爆発し、小さく揺れる。


「ちょ、また爆ぜた?!……もう二重装甲じゃ足りないって、いやマジで!」


派手に火花を散らして黒煙が上がる。

天井のファンが悲鳴を上げるように回る中、アントラが顔面すすだらけでゴーグルをずらした。

イデラ製ノートパソコンの画面には、先ほど試作した爆裂ウフ弾頭のデータがずらりと並んでいた。


「……はーー、ほんと、やってらんない。なんでウチが、神話級の処刑兵器作んなきゃなんないのよ……」


焦げた床を安全靴が踏みしめる。

周囲では、研究員たちが無言で爆発のデータログを回収していた。


【出力不安定】

【対象の反応速度に非対応】

【破壊力不足(大幅)】


エラーログの海に、真っ赤な警告が滲み出すように並んでいた。


「“ひとりの天使を倒すための”兵器開発って、なにそれ?……マジで、発想が終わってるよね」

「主任の通信機も、すっかり戦術に組み込まれちゃいましたね……」


アントラは片手で分厚い作業手袋を放り投げながら、

奥のホワイトボードへと、げっそりした目で視線を向けた。


そこには、研究員たちが夜を徹して書き殴ったマーカー跡、意味不明な数式、焼け焦げた紙の欠片。

そして溶解した金属片がマグネットで貼られている。


地獄の絵面だった。


あいつの適性 “重力” を封じるフィールド。


一定半径内の時間を“遅らせ”、刃を鈍らせる見えない壁。

──いや、時間のウフ前提なのやめろって。

そもそも予算降りると思ってんの?

一粒で人生イージーモード突入の宝だよ?売ればいくらになると?


全層(ぜんそう)統一使用ルールにもガッツリ抵触するんですけどお……

ほんと何考えてんの、ここの上層部。


一定時間、半径三メートル範囲の質量を消す“無重力地雷”。

適性外(オーバーフロー)の火力に耐える装備と盾。

空中戦に持ち込まれた時用の“風の靴”。

酸素調整や蓄熱まで編み込んだ強化版陽傘(ひがさ)の試作……


……ここまでやって、“ひとり”用だからね。マジで笑えない。


“神獣の島”ソルファリウムを、“戦場”として成り立たせるために必要なもの。

ありとあらゆる“対ひとり”の戦争設計図。


研究室には食べかけの硬くなったパン、冷めきったコーヒー、

そして同僚たちが書き残した“もう無理”のメモ。


アントラは深くため息をついた。


「はーーーー……戦争ならなんでもありかよ」


実現可能かどうかは誰にもわからないまま。

そのすべてが、「討伐対象:ジャック・J・ジッパー」の名のもとに分類されていた。


「……これ、ネクには見せらんないなあ…」


ふと、心の中のぼやきが漏れる。

毎晩繰り返される、ネクのアップデート。

観測球を通してジャックがどんな天使かを測る時間というよりも──

アントラにとって今は、ネクがどんどん“生き物”になっていく過程を楽しむ時間になっていた。


それも、ウチだけじゃない。

ネクが成長してるのは、技術のアプデだけじゃなくて、ジャックが与えてくれる“熱”の影響が大きいってわかってんのに……


今、このホワイトボードをあの銀球が見てしまったら。

たとえ命令したとしても、二度とウチの元に戻ってこないんじゃないかとさえ、思ってしまった。


ただホワイトボードを眺めるアントラの背後。

遠慮がちに、若い研修員が小さく問いかけた。


「主任……ジャックって、ほんとに“敵”なんですかね?」

「……知らないっての」


即答しつつ、アントラの目だけが一瞬、曇る。

部屋の隅に置かれた監視用のウフ結晶──残光晶(ざんこうしょう)が揺れたように見えた。


──記録に残されても、どうでもいい。

どうせこの兵器の数々は、ウチがいなきゃ形にすらならない。

クリスは自分を手放さない。

自分はここの金がなきゃ、何も生み出せない。


でも、生み出したいものは、自分では選べない。


だから余計に、何もない島で、唯一の相棒も失ったくせに、

同じように、見えない“首輪”をかけられてなお、

世界に迎合しないあの銀髪が憎たらしいほどに、羨ましかった。


「そりゃ、あのエザンバウト崩壊は、マジで地獄だったけどさ。それこそ、滑り出しの観測機も全部やられてて、復旧にどれだけかかったか……」

「……」

「何十万ノワ積んで買ったイデラ製品だって、どんだけ壊されたと思ってんの?」


でもさ……


「……でもネクは、壊されなかった」


その言葉に、助手たちの視線がアントラへ集まる。


「クリスは、ネクのこと“観測機”としか呼ばない。なのにジャックは、“ネク”って呼ぶ」

「……主任…」

「ま、名前つけた張本人だから、そりゃ呼ぶんだろうけど」


疲労が滲む笑みを口角に浮かべるアントラ。

彼の目がわずかに細くなる。


「でも──何回壊されても、言葉ひとつで直せるほど……あの呼び方には、ウチ、ちょっとだけ“マジか”って思ったもん」


不意に、アントラは自分の頬を両手で叩いて笑う。


「ったく、情で兵器開発止められるなら、ウチだってやめてるっつーの」


ホワイトボードの“討伐対象”の名を見上げる。


「ウチ、ジャックのこと好きでも嫌いでもない。たださ、“動かないでくれ”って思うのは本音なんだわ」

「え……それって、怖いからですか……?」

「そりゃそうだよ。動いたら、全部終わんの。浮島ん中でも指折りの大きさのエザンバウトを割るんだよ?誰も止めらんないって」


そして、ふっと視線を下げる。


「動かなきゃ無害。ただの、静かな天使。黙ってるだけで、あの空間が保たれてた」

「……」

「ネクと過ごしてるだけなら、誰も傷つけない。ウチも、ただロマン追いかけて──爆発オチだけの装置作ってられたのに」


爆煙の残る試作機をちらりと見やる。


「なのにさあ……動いた瞬間に、全部が“兵器”に変わる。ウチの頭脳も、技術局の予算も、“世界を壊すため”に使われんの」


そこまで言って、アントラは最新モデルのタブレットをパタンと閉じた。

その背面に記された、齧られた林檎のマークがウフ(とう)にわずかに光る。

イデラ製品だから、きっと偶然なんだろうけど……

彼は指先でなぞりながら、その果実の“意味”を思い出していた。


「……宇宙船とかロマンあるやつ、なんでウチら作れてないんだろ」


その呟きに、誰も返事をしなかった。

けれど、アントラの表情には、明確な諦めがあった。


「やるよ。やるけどさ。マジで願ってるからな」


アントラはホワイトボードを見上げたまま、長く息を吐いた。

しばしの沈黙のあと、ぽつりと。



「──どうか、この兵器が“使われませんように”。ウチらが作った全部が、無駄になりますように」



その言葉だけは、誰よりも本気だった。



*



ジャック討伐に向けた兵士の選抜は、訓練場ではなく、()()()から始まった。

暗幕を下ろした小部屋に、百名弱。

態度も悪くふんぞり返って座る戦士崩れ、古参の肩章をつけた者、剣を持たない市民上がり。

誰もが正面を向く。壁いっぱいの白布に、無音の映像が落ちた。


映し出されるのは、ジャックの戦闘ログ。

光が跳ね、影が裂け、次の瞬間には構図そのものが崩れる。

最前列でわずかに肩を跳ねさせた者。すぐに、脇の記録官が名簿に赤い印を落とす。

瞳の揺れも、瞳孔の開きも逃さない。

無音のまま、映像は続いた。


「──映像を最後まで直視できなかった者は、その場で終わりです」


心理分析官の声は平板だった。

誰かが祈るように胸を押さえ、誰かが指先を組んだまま動かない。

剣──銃──盾。

武器を持ち替えるたび、画面の彼は別人になり、以前の姿を忘れさせた。


眼を逸らしてはいけない。

だが、魅入ってもいけない。


静かに退席を促された天使がひとり、またひとりと増える。

残った者たちは無言のまま席を詰めた。


──恐怖ではなく、()()の選別だった。


映像耐性試験のあと、訓練区画に移動した者たちには、薄い金属の輪が配られた。

耳に掛ける小型の通信機。ただ音を受信するためだけのもの。

訓練棟の壁にかけられた布には“即応”の二文字。


「一本の声に頼るな。戦場は広い。誰もが見失う、その瞬間を埋めるのは“合唱”だ。 指揮官の声は線、現場の声は面。全員の声で奴の輪郭を起こせ。 一本落ちても残りで拾え。──立て」


笛が鳴り、もう一つの笛が重なる。

号令、報告、呻き、息を呑む音、靴底の乾いた床打音──

それらが重なり合い、やがてひとりの怪物が“聴覚の地図”として現れる。


……耳が飽和する。鼓膜の裏側から戦場が押し寄せる。



それは同時回線の試験の体をした、拷問だった。


「斧──回避」

「銃──低姿勢で接近」

「盾──構えろ」

「切り替え三連続!遅れるな!」

「目の前だけを追うな!五感で拾え。一本落ちたら残りで補え!」


戦士であろうと、戦士でなかろうと関係がなかった。

見られているのは意志と覚悟。そして──殺意。



照明が不規則に瞬き、床の白線が消える。

空調が切り替わり、低酸素の風が流れ込む。


肺が膨れるような酸素の薄さ。

肌が焼けるような凍える空気。

万が一、“陽傘(ひがさ)”が破られたときに備えた“順応”試験。



同じ棟の別室では、重力操作機が稼働し、上下左右に世界が裏返る。

踏み出した足が浮き、膝が笑い、歯が鳴る。

三半規管の狂いなど生ぬるい。

世界そのものの酔いを、噛み潰して耐える。


「視界を奪われたら耳で拾え。耳が潰れたら足で読む。足が折れたら──這ってでも判断を繋げ」


志願者の多くは、かつて鍵を失った戦士たちだった。

一度奪われた“誇り”。

それが世間的に本物だったかどうかは、もう二の次だった。

彼らがここに来た理由はただひとつ──ジャック・J・ジッパーへの報復。


鍵を奪われたあとの惨めさは、奪われた者にしか分からない。

最初のうちは、同情もあったかもしれない。

だが、ジャックの名が“英雄”に傾くほどに、彼らの敗北は「正義の代償」だと嘲られた。


まさしく弱肉強食の世界。

勝者が正義を語り、敗者は沈黙を強いられる。

あれほど主流だった“鍵の誇り“も“戦いの前のランタンの火“も。

あいつの名が売れるほど、綺麗に価値観は裏返る。

それが何律動と続き、彼らの怨嗟は静かに堆積していった。


耐久試験に加え、戦士たちにはさらに別の試験が待っていた。

汗の匂い、金属の音、短い罵声。

斧、銃、盾、剣、鞭──

壁から突き出る鉄のアームが武器を切り替えるたびに速度が上がり、数名がふらついて膝をつく。

それでも立ち上がった者だけが、次の区画へ進んだ。



汗が鉄と混ざり、皮革と粉塵の匂いが鼻に貼りつく。

膝をつく音。立ち上がる音。

立てなかった者に、誰も声をかけない。

慰めに費やす余裕は、ない。


最後にもう一度、映写室。

今度は音声があった。

血の気が引くほど静かな声で、画面越しに美しすぎる天使が言う。



『──俺のことを神話にしてえなら、殺してみせろ』



一瞬の静寂。

その一言で、場の息がすべて吸いこまれた。何人かの喉が、意図せず鳴る。

名簿に再び赤が落ち、書記官の手だけが淡々と動き続ける。


最初から、無傷で通過する者がいるとは誰も思っていなかった。

鉄を何度も叩き鍛えるように、ここで試されているのは、意志の“強度”だけだった。


残った者は、わずかだった。



*



エザンバウトの空は、相変わらずの青を湛えていた。

蟹の形に切り抜いた紙飾り。

新年を祝うはずのそれは半分だけ外れたまま、掲示板に新しい紙が重ね貼りされる。



〈戦士募集〉

崩壊で事業、生活基盤を失った者、優先



黒い文字は乾いているのに、街の空気だけが湿っていた。


数日前の新年の儀に姿を現した、あの銀の背中を皆が思い出す。

今まで二つに割れていたその名は、最初こそ大きく秤を揺らしたが──

各紙報道の煽りもあって、いまやほとんどが“怪物”へと傾いていた。


「優しい天使だって、みんな言ってたよね…?」

「優しいっていうか……“戦士以外に手を出さない”って話だった。でも──」

「悪魔どもへの抑止力になれるかもしれなくても……あんなに言葉が通じないなら、ただの“化け物”と一緒だ」


街の広場の露店横。

香辛料の匂いの横で、喧嘩は起きない。

杖を使う子供を支えながら、兵士募集の紙に手を伸ばす若い親。

剣を腰に差したまま紙を睨み、何も書かず背を向ける戦士。

そのすべてが、ジャックという男の“異端”さを、ようやく本当の意味で理解していた。


あれは天使でありながら、天使ではない。

表面だけで見れば良い天使にも見えるかもしれない。

粗暴な態度も、粗雑な言葉も、話せば救われたという天使が少なからずいたとしても。

文化や、信仰にそぐわないのであれば──


あれは悪魔と変わらない。

ただ、それを口に出した瞬間、自分たちの英雄信仰そのものが崩れることだけは、皆が薄々分かっていた。


石畳を渡る風が、掲示の紙をふわりと浮かせては落とす。

誰も拾わないまま、紙は陽の当たらない隅に沈んでいった。


青年が、掲示の紙に名前を書こうとして、ペン先を止めた。

折れるほどペンを握り込んだまま、その場で立ち尽くしている。

横で老人が静かに言った。


「やめてもいい。名は紙から剥がせるが、戦場からは剥がせん」


青年は頷きもせず、紙から半歩だけ下がった。

彼の背中で、見知らぬ女が進み出る。

──金のネックレスを握りこんで、彼女は震えない筆致で自らの名を書き込んだ。



ざわめきとも沈黙ともいえない街のはずれ。

かつてない大きさの陽傘(ひがさ)と、予備酸素タンクを積んだ荷車が軋む。

梱包の紐を締め直しながら、作業員がぽつりと言う。


「ソルファリウム行きだってよ。最高度。……落ちたら、どうなんだろうな」

「……落ちる前に、耳が壊れそうだな。通信機の耳飾り、つけてみたけど地獄だった」


冗談を装った言い方は、笑いに届かない。

ふたりは荷車を押し出し、港の見える通りへと曲がった。



「──俺、志願しました」


ウフ鉱山道を行き来するトロッコを引きながら、若い鉱夫が呟いた。

美しい宝石のようなウフの粒を確かめていた、老齢の天使が顔を上げる。


「映像は……全部見たか」

「はい」

「吐いたか」

「……一度だけ」

「それなら、吐き切ったぶんだけは進める」


老天使は余計な慰めを言わない。

ただ、燃えるように赤い炎のウフをつまんでいた鉄箸を置いて、若い背を軽く叩く。

叩いた場所が、彼の鼓動に合わせてわずかに震えた。



酒場の奥では、薄い水で割った酒を前に、三人が黙っていた。

誰かが口を開く。


白燈(アルシェ)の椅子、今度こそクリスが座るんだろ」

「埋まったら、落ち着くのかね」

「落ち着くふりは、できるんじゃねえか」


三人は笑わない。

笑わないまま、杯を空にした。



そしてある朝、唐突に()()は鳴り響いた。


エザンバウトの南の淵。

うねる坂の上に立つ白亜の城──白燈(アルシェ)

その先鋭の塔のてっぺんに吊るされた大きな鐘が、鳴り響く。


──ゴオォォ……ン──


それは、時代の幕開けの音。

誇りの象徴。天使社会の頂点。


その椅子に、誰かが座る。


それを知らせる鐘の音が、突き抜けるように冷たい空に、重く、広く、鳴り響いた。



それから数刻。鐘の余韻がまだ空の高みを巡っている。

天使たちは白燈アルシェの中庭へ流れ、石段に等間隔の影が並んだ。

報道局の者たちが、前のめりになって演説壇の前を陣取る。


──白燈(アルシェ)の椅子。

城の中にあるそれを、実際に目にすることができるものは少ない。

だが、そこに“座る”という行為は、声明であり、決意であり、そして覚悟の声のもと行われる。


歓声はない。怒号もない。

息を止める音だけが重なって、風花(かざはな)の揺れる中庭は薄く満たされる。


やがて、クリスが現れた。

短く切りそろえた銀髪が風に揺れ、褐色に焼いた肌がソルの日を照り返す。

純白のマントを翻しながら、凛とした背筋。

彼女は歩みを緩めず、演説壇の前にまっすぐやってくる。



「──長きにわたり、私はここ白燈(アルシェ)の椅子を守ってきました。誇り高く、驕り高ぶらず、正義のもとに弱きを守れる者が現れるまで」



声は低く、よく通る。



「けれど──現れなかった」



その一行で、広場の輪郭が一段、固くなる。

彼女は一度だけ視線を上げ、空のもっと高い場所──蒼殻(そうかく)最高度の島、ソルファリウムの方角を見た。

そして視線を戻す。



「だから、()()()()()()()。空席が生む不安定を、私の責務として埋める」



その場に、拍手は生まれない。

誰かが深く頷き、誰かが口元を固く結ぶ。

鐘は鳴らない。

ただ、遠くで陽傘(ひがさ)の淵に風がぶつかる音だけが、薄く続いた。



「──沈黙を守れ。黙すべき者は、黙していよ」



群衆の中で、誰かが息を呑んだ音がした。

彼女は誰の名も呼ばない。

誰の罪も数えない。

けれど、誰もが同じ名を胸の内で見た。


それだけだった。

声明は短く、余白が、冷たく残った。

要るものだけが置かれ、要らないものは言われない。


広場の空気は、長く泳いでいた魚がようやく底を見つけたように、ゆっくり落ち着いていく。



エザンバウトに限らず、それは全ての浮島の未来を左右する瞬間だった。

だが、彼女の着座を祝福するよりも、もっと大きな不安が島々を包んでいた。

天使たちは誰ともなく、毎日、低空に浮かぶヴェルトルクを見下ろす。


全ての浮島で、まことしやかに囁かれる、彼の名前。


「…ジャックに備えてるって噂、ホントかな」

「でも…動かないでくれよ、頼むから…」

「化け物は、もう立たなくていい」


それに、誰も反論しない。

うなずきは、連鎖ではなく、各自の胸の内で別々に起きた。

それでも、願いの形は同じだった。


──どうか、あの男が二度と立ち上がりませんように。


言葉だけが空中で薄く漂い、風でちぎれていく。



──お願いだ。

ジャック。



お前はずっと、()()()()()()()()()



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