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Shangri-La ─ 生きて、死を越え、何かを遺せ。  作者: sora
【第二幕】神話を殺すには

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242/356

百十九層:神話を殺すには.02


円卓の間に半分だけ灯された、薄く滲んだ光。

光のウフが淡く灯るなかで、誰もが息をひそめていた。


「……しかし、審問として呼び出すにしても、場所はどこにするのですか?」


沈黙を割る戦術担当官の声。

当然の疑問に、空気が揺れる。


「エザンバウト……ここ白燈(アルシェ)の中庭では?演説壇の前に奴を呼び出して──」

「それでは審問ではなくなった時、再び民を巻き込みます。たとえば、第九遊区などの外縁の島でなら……」

「いや、土地がない。外縁は直径数キロが普通だ。総動員で叩くには、山も市街も避けねばならん。確保できる余地はほとんどない」

「それ以前に、そんな小島、真っ二つに割れるんじゃねえかァ…?」


お互いに視線を巡らせながら、責任者のひとりが答える。

けれどまた別の声がそれを否定した。

不意にフジが挟んだ一言に、心理分析官は眉間に手を寄せた。


蒼殻(そうかく)は四十九の島々によって構成されるが、無人である島はひとつもない。

土地が少ないからこそ、すべての島に経済や交易、文化などの役割があった。

それは、小さな辺境に浮く──“戦士の島”ヴェルトルクにでさえ。


少しの沈黙が落ちた。


全員が思考を巡らせるなかで、アントラがふいに、口を開く。


「……候補はひとつだけあるよ」


声は淡々としていた。

あえて、そうあろうとしているようにも聞こえた。


皆の視線が彼へ向く。

アントラは白い壁に投影されたままのジャックを見つめたまま、呟くように続けた。



「──()()()()()()()



その名が出た瞬間、会議室にざわめきが走った。

古い戦場跡。ヴァルカンが”ソルのランタン”を灯した島。

今では崩れかけた神殿と石畳だけが残る、だだっ広い無人島。



蒼殻(そうかく)に浮かぶすべての島の最高度──“神獣の島”と呼ばれる、そこだった。



「……7800mだぞ?高度が高すぎる。半日が限界の環境だ」

「兵の負担が大きすぎます」


軍司令部長や心理分析官が眉をひそめる。

二番目に高いエザンバウトの高度は7685m──それでも“経済の島”として成り立っているのは、

常に島を覆う“陽傘(ひがさ)”と“天蓋(てんがい)”、そして炎を吹き続ける巨大なウフ()のおかげだ。


それがない、ただの平野であるソルファリウムでは──

息が凍り、鼓動が耳を打つ。

高所の空気は訓練で慣れても、戦闘の重圧を丸裸にするだろう。


「…いや、案外いいかもなァ」


けれどそれに異を唱えたのは、意外にも壁際に立ったままのフジだった。

ゆっくりと組んだ腕を指で叩き、口端に笑みを浮かべる。


「あそこなら民も巻き込まねェ。奴だけを連れ出せる。舞台を()()()だけだ」


心理分析官が睨むようにフジを見つめる。


「……ソルファリウムは神獣の島です。ヴァルカンがランタンを灯した伝説の地で、信仰の象徴でもある。そこを血で汚すなら、我々は自らの信仰を踏みにじることになる──それがどれだけ重いか……」

「しかも直下にはラファナがある。もし島が割れれば、“誇り”そのものを失墜させることになりますよ」

「なら地べたで戦うかァ?酸素に酔って、肺を焼かれながら」


心理分析官に続いて軍司令部長が声をあげる。

けれど、フジはなんてことのないようにふたりへ問い返した。

銀の瞳をわずかに細めながら。


一瞬の沈黙。


最高空に浮くソルファリウム。

その酸素の薄さや極寒は、天使の体であっても苛烈な環境だった。

だが同様に、地上もまた、天使の体には適していない。


多すぎる酸素、高すぎる湿度、温度、重力。

あらゆるものが彼らの体に縛りをかける。


かつて翼があった頃の天使は、地上と高空を往来できる鋼の体を持っていたはずだった。

だが今は──


それに、浮島群は重力のウフの恩恵を受け、徐々に空へと押し上げられた土地。

そのころの浮島は、まだ“浮き上がりきって”はいなかった。

最も高いソルファリウムでさえ、今ほど空に近くはなかったのだ。


重く凍った空気の中で、戦術担当官が唇を噛む。


「……地上は確かに危険です。酸素も湿度も重力も、我々の体に合わない。兵が立つ前に、環境に殺される」

「ならいっそソルファリウムでしょ。高度がどうたら言うけど、言うてエザンバウトとそう変わんないし。あそこなら設備を持ち込んで環境を整えられるよ」


半ば投げやりなアントラが続く。


「滑空船の待機、“陽傘(ひがさ)”による酸素供給、寒冷対策、風や日射もある程度は凌げます。……まだ“戦える場”にできる、か」


反対に傾いていたはずの軍司令部長までも、天井を仰ぐように溜息をついた。

心理分析官がそんな彼らを見ながら眉をひそめた。


「しかし、それでは我々が信仰ごと切り捨てたと記録に残ります…!」

「……地上で苦しみながら散るよりは」


クリスの声が、冷えた空気を裂いた。



「まだ“選べる死地”の方がましでしょう」



重く響く声。

途端に全員が口を閉ざす。

黙々と筆を走らせていた記録管の指が、わずかに震えた。


「それに──あそこなら逃げ場もねェ。落ちる先は、空と死だけだ」


誰も何も言えなかった。

天使社会の頂点であるクリスと、その右腕が「そうだ」と告げるなら、絶対だ。

軍司令部長が低く唸る。


「……逃げ場のない戦場。それが一番の兵の恐怖でもある」

「……結局、そこに落ち着くのですね」


心理分析官が諦めたように息を長く吐く。


クリスは静かに頷き、まっすぐに円卓の先を見つめた。

金の瞳が、ランタンの光を淡く反射する。


「ええ。ヴァルカンが灯した場所で、ヴァルカンの再来を討つ。──それが、私たちに残された唯一の選択肢よ」


沈黙。

だが誰も反論しなかった。

部屋に灯る光と暗闇の境界が、戦場の形をすでに決めていた。


すこしの沈黙のあと。

責任者たちは一様に、壁に投影されつづける無音の映像を見た。

自分の中の何かを、無理やり切り替えるように。


「──環境そのものが制約になります。高度による体力消耗は、奴といえど“天使”である限りは無視できないはずです。長期戦になれば……勝ち目はある」


心理分析官が静かに続けた。

クリスは瞼を伏せ、深く息を吸う。


「……決まりね」


金の瞳が一瞬、氷のように光る。


「ジャック・J・ジッパーを審問に呼び出す。その場は、ソルファリウム」


会議室の空気が一斉に凍りついた。

言葉はそれだけで十分だった。

揺れないランタンの光が、決戦の輪郭を冷たく描く。


円卓の空気が、ゆっくりと沈んでいった。

揺れないランタンの光だけが、戦場の形を確かに映していた。


「……ソルファリウムには、かつての戦場跡だけではなく、神獣の神殿も残っているわ。島の中央にある神殿前。審問をするには、最適の場所。……そして何かを“仕込む”には、十分すぎる広さがある」


クリスの言葉は、戦術ではなく──処刑の布石にさえ聞こえた。


「“神話”は討てる。問題は、そこに至る道をどう作るかだけよ。どんな訓練でも、どんな犠牲でも構わない。全戦力を、ただひとりを倒すために動かす。……そうしなければ、いつか浮島はすべて割れ落とされる」

「……」

「──ここから先は、あの男を殺す方法を考えなさい」


全員の背筋が凍る。

ランタンの光さえ、氷のように冷たかった。

この部屋に集ったのは、戦士たちではない。


“神話を殺す”ために選ばれた者たち。

記録者、兵器設計者、そして墓掘り人。


その最前線に立つのが、自ら“灯火”を掲げたはずの女であることが、何よりも皮肉だった。


その背後、窓際でフジが小さく笑った。

誰よりも無表情に、誰よりも冷静に。



「……彼の存在そのものが戦場の士気を崩壊させます。映像を確認する限りでも、目の前にするだけで判断は狂い、空間の秩序すら“彼中心”に塗り替えられている」


一拍の間をおいて、心理分析官が全ての感情を殺したまま、淡々と告げた。


「我々天使は対悪魔を想定した訓練を多く重ねてきました。今回のような広域戦なら──リアルタイム通信にごくわずかな遅延があるだけで、部隊の統率は破綻する」

「それでは、全指揮官に通信機器を。一本の声に頼らないことだ。複数の回線で同時に指示を飛ばし、広い戦場で目ではなく、音を頼りに奴を追いつめられるように」


軍司令部長の苦々しい声。

腕組みしながら戦術担当官が言葉を継いだ。

通信機を最大限に利用するという発言に、アントラがわずかに肩を揺らした。


それは、技術革新により“個の判断”に任せて剣を振るという戦士時代の終わりを告げている。

そして同時に、自分が生み出した“遠く離れた場所へ声を届ける”という夢が、

今、戦争という冷たい現実に飲み込まれた瞬間だった。


分かってる。全部が綺麗事で世界は回ってないってことくらい。

でも。

……こんな形で、役立つことを望んだわけじゃない。


アントラは白衣の中で拳を握る。

だが、それに誰も気が付かない。

責任者のひとりが地図を広げた。

軍司令部長が苦々しく顔を歪め、図面を指で叩く。


「全力で囲むしかない。視界も、意識も、逃げ場もすべて断つ。踏破型地雷、奴の適性ウフである重力を無効化するウフ適性反転エリア……島全体を“檻”にする構えでなければ接敵すら不可能だ」

「……でもさ、あいつ、相当数の鍵もってんのよ?鍵束の“先読み”ってさっき言ってたけどさ、確率低すぎ。ウフの適性反転装置も試すけど……マジで、動かなかったらどうしよう」


アントラの視線が一瞬、現実逃避でもするように天井へ逃げた。


ウフの適性反転は()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

もって生まれた“個性”を裏返すには、文字通り“魂にバツ印”を書き込む必要がある。


まさに神を殺すために、神の領域に踏み込もうってわけだ。

……笑えない冗談だよ、ほんと。

なんか、もう今の時点でうんざりしてきた。

白衣の袖口をいじりながら、アントラは深いため息をつく。


そんな彼を置き去りに、責任者たちの声は止まらない。


「彼は武器ごとに人格のスイッチを切り替えている可能性があります。“剣の人格”“槍の人格”……あるいは、ウフの適性外(オーバーフロー)さえ取り込んで精神状態を変化させているのかもしれない」

適性外(オーバーフロー)で自らを焼きながら、精神を切り替える…?理解ができない」

「……いずれにせよ、化け物です」


短く吐き捨てる声に、重い沈黙が落ちる。


天使に限らず、全ての生き物が幼いころから知っている。

適性のないウフを扱うことは本来不可能だ。

炎のウフなら手が焼けただれ、水のウフなら掴むことすらままならない。


生活にこれらのウフを落とし込むのに、どれだけの科学者や技術者が試行錯誤し、研究を重ねてきたか。

それでもなお、“武器”だけは持ち手の適性に左右されるからこそ、戦術には常に“ウフの相性”問題がついて回る。



だが──()()()()()()()



「ウフの適性外(オーバーフロー)は本来、抗いようのないものです。特に戦士は自らのウフを極めようとするからこそ、適性外のウフには無意識レベルで一歩引く。……だが奴はそれを“武器化”して殴る。参考になりません。“ウフの無効化”ではなく、“彼の無軌道をパターン化する”研究に切り替えるべきです」


心理分析官の冷徹な言葉の数々を、軍司令部長が自分の手のひらを見つめながら聞いていた。


適性がある氷のウフですら、幼いころに扱いきれずに凍傷を負った記憶がある。

今は立場上、自ら戦場に立って剣を振るうことは減っているとはいえ、

それでももし今、適性外の武器を握って戦えと言われたら…?


「……果たして、自分は自分を拒む武器を手に取れるのか」


……その胸の内が、言葉となって零れ落ちた。

しんと円卓が静まり返る。

全員が戦士ではないこの場で、それでもなお、その問いはすべての天使の胸に棘のように残った。


戦術担当官が唸り、机上の図面に拳を置いた。


「……それでも、兵士は変化に慣れさせるしかありませんよ。斧を避けたと思ったら銃。銃を避けたと思ったら盾。──その即応を、死ぬまで叩き込む。恐怖に耐えられる精鋭だけを選抜するほかありません」

「その精鋭は、ジャックの戦闘映像を事前に見せて選別します」


心理分析官が静かに重ねる。


「恐怖症状を示す兵は除外。……痛みに共鳴できる者だけが、最後まで彼に立ち向かえる」


冷え切った声が円卓に沈む。

クリスは金の瞳を細め、息をひとつ吐いた。


「……忘れないで。彼ひとりで、この都市にどれだけの傷跡を残したかを」


空気が一層張り詰める。

──二十年。

天使にとっては、長くもない年月。

思い出そうと思えば、全員が昨日のことのように思い出せる。


……あの重力が狂った、崩壊の日を。


「戦士を募集しなさい。ジャックに恨みを持つ戦士は多い。それに、崩壊で負傷した者、生活基盤を壊された者たちを優先的に。……“痛み”を知る者は、恐れではなく覚悟を選ぶ。彼の戦い方を模倣しろ。徹底的に。そして──潰しなさい」


返事はなかった。

それは命令ではなく、誓約だった。


この日、エザンバウトは一つの決断を下した。


「正義」と呼ぶには冷たすぎ、

「戦争」と呼ぶにはあまりに個人に偏った計画。


沈黙だけが、会議の結論を物語っていた。

一同は、ただ黙して頷いた。


“討伐会議”なのに、全員が心の中で「討てない」と思っていることが、うっすらと感じられる。

それでも動き出す。



この物語の“本当の歯車”が、ようやく回り始める音が聞こえた気がした──



それが誰の望んだ音だったのか、誰も答えられないまま。



*



会議が終わり、責任者たちがそれぞれ書類を抱えて去っていく。

ただひとりアントラだけが席に残り、モニターの戦闘ログを見つめていた。


そこに映るジャックの声が、無音の映像のはずなのに、耳の奥に蘇る。

『テメーが灯ったと思うなら、灯ったんだろ』


アントラは目を細め、独り言のように呟いた。


「……じゃあ、ウチらは、何を灯してんだか」


ぽつりと呟いた声は、誰にも届かないまま。

室内の揺れないランタンの光だけが、静かに残っていた。



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