第八章 崩れ落ちる虚構③
同時刻。
真刃たちは街の上空を刃鳥で移動していた。
あと数分もすれば、エルナたちのいる体育館に到着する予定だ。
(ここまでは何もないか)
強い風を受けながら、真刃は夜空に目をやった。
異様な常夜の世界ではあるが、今のところ、襲撃の気配はない。
(この程度なら見過ごすのか? いや、あの『演劇』にこだわる男が――)
と、真刃が思案していた時だった。
不意に悪寒を覚えた。
それは芽衣と六炉、そして寧子さえも感じた。
「――芽衣、六炉! 備えよ!」
真刃が妻たちに告げる。
直後、世界が変わった。猛吹雪が真刃たちを襲ったのだ。
だが、反射的に翼を羽ばたかせた刃鳥によって、吹雪は緩和される。
『真刃さま。やはり』
「うむ」刃鳥の言葉に真刃は頷く。
「道化め。やはり来たか。しかもこれは……」
そこで双眸を細める。
吹雪の世界。眼下の大地は冬の山脈だ。
明らかに場所が変わっている。ここは誰かの封宮の中だった。
最初の突風は刃鳥が凌いだが、未だ荒天は続いている。
「真刃」
その時、六炉が真刃に声を掛けた。
「少し干渉してみる」
続けてそう告げて、六炉は人差し指を立てた。
すると、吹雪が一気に和らいだ。ややあって寒さもかなり緩和される。
氷雪系において、六炉はまごう事なき最強の引導師だ。そこが心象世界の封宮であってもこの程度の干渉なら容易だった。
「ん。これで寧子も大丈夫?」
六炉は、芽衣に抱きかかえられた寧子に目をやった。寒さ以前に、寧子はいきなり冬の山脈へと変わった風景に目を丸くしていたが、コクコクと頷いた。
「やっぱり来たね。シィくん」
一方、芽衣も口を開いた。
「封宮に閉じ込めて時間稼ぎのつもりかな? けど、よりにもよって、氷雪系最強のムロちゃんが同行中に吹雪の封宮って……」
この封宮の主が誰なのかは知らないが、何とも運の悪いことだった。
思わずそんなことを考えて、芽衣が苦笑を零した時だった。
『真刃さま。芽衣さま。六炉さま』
様子見に、その場で緩やかに滞空していた刃鳥が告げる。
『前方を。どうやら敵が姿を現したようです』
その警告に真刃たちは全員、前方に目をやった。
そこは未だ吹雪に覆われていたが、人影が見える。
空中に巨大な雪華の台座を展開し、そこに立っているようだ。
吹雪が徐々に収まり、その姿がはっきりと見えてくる。
それは女性だった。抜群のスタイルの上に、ライダースーツに似た服を纏う女性だ。顔には無貌の白い仮面をつけているため、年齢や表情は分からないが、真刃と芽衣は少し驚いていた。六炉は「え?」と目を瞬かせている。
雪華の上に立つ、相手の髪は見覚えのある白銀色の乱れ髪だったからだ。
「……え?」
寧子が小首をかしげて、六炉の方に目をやった。
「あの人、むろさんの、おねえさんですか?」
思わずそう尋ねる。それほどまでに雪華の女性は六炉に似ていた。
容姿は無論のこと、その身に纏う雰囲気もだ。
「……道化め」
真刃が不快感を隠さず舌打ちする。
「あやつの一派には人形遣いの女がいたな。くだらぬことを」
この封宮に、六炉に酷似した敵の容姿。
どうやら、あの敵は六炉の複製人形のようだ。
『……そういえば』
その時、真刃の傍らで、ボボボッと鬼火が揺らいで現れる。猿忌だった。
『扇の報告にあったな。以前、記憶の中の陸妃の姿を写し取られたと。しかし、報告で聞いた術式の条件では陸妃の姿は消失したと考えておったのだが……』
「それには追加報告も上がっていたぞ。その女はすでに人間ではないそうだ」
真刃が猿忌を一瞥して言う。
「人を捨て、術式までもが変質したのやもしれん。いずれにせよ不快だな」
真刃はゴキンと拳を鳴らした。
「己の妻の複製など。道化が過ぎるぞ」
そう吐き捨てて一歩前に出るが、
「ん。待って。真刃」
複製を造られた六炉が真刃を止めた。
「不快なのはムロも同じ。だからあれの相手はムロがする」
「……む」
真刃は眉をひそめた。
「己がこの場にいるのだぞ。お前が危険を背負う必要はない」
複製とはいえ、そのコピー元は六炉なのだ。
杠葉、桜華に次ぐ《久遠天原》三強の一人である。弱敵のはずがない。
それに対し、六炉は「ん」と呟き、かぶりを振った。
「それはダメ。今日のムロは真刃の護衛だから真刃に守られたらダメ。それにムロが戦う理由ならもう一つある」
「ああ~、そやねぇ」六炉の言葉に、芽衣が苦笑を浮かべた。
「あれって意外と効果的やもん。特にシィくんにとっては。シィくん、偽物だと分かっていてもムロちゃんを本気で殴れるん?」
「……己は引導師だぞ」
真刃は芽衣の方を見やり、ぶっきらぼうに告げる。
「初陣前の小僧ではない。流石にそのような甘さはないぞ」
「「いやいやいや」」
芽衣と六炉は手をパタパタと振った。
「桜華さんや杠葉さんの時みたいに殺さないこと前提ならともかく、シィくんって自分には厳しいのに身内には無茶くちゃ甘いやん。ウチらが相手やと特に」
「うん。真刃は絶対躊躇う。そもそもあれを壊したらきっと凄くへこむ」
夫をよく知る妻たちはそう語る。
真刃は「む」と眉をしかめた。妻たちはさらに言葉を続ける。
「だからシィくん、大正時代に杠葉さんに負けたんでしょう? だって、その時は杠葉さんを殺さないといけなかったから。今回は明らかに偽物やし、シィくんが負けるなんてことはないのは分かってるけど、シィくんが嫌な想いをするのは確実やもん」
芽衣が心配そうな眼差しを向けて「それはウチも嫌だもん」と告げた。
六炉も「うん」と頷いて。
「芽衣の言う通り。ムロもそれは嫌。だから真刃。ここはムロに任せて。ムロならムロを倒すのに躊躇うことも嫌な想いをすることもないから」
自分の豊かな胸元に片手を当てて、六炉は告げる。
「大丈夫。ムロは、陸妃のムロ。偽物なんかには負けない」
『……そうだな。我も進言する。主よ。ここは六炉に任せてみてはどうだ?』
猿忌も言う。
『どれほど精巧な人形であっても、紛い物に六炉が敗れるとは思えん。仮に危うくなったとすれば、主が助けに入ればよかろう』
一拍おいて、
『何度も言うが、主は一人で抱え込みすぎる。ここは陸妃を信じよ』
「……お前の言い方はいつも卑怯だぞ」
真刃は嘆息した。
「とはいえ正論か。分かった。ここはお前に任せよう。六炉」
「ん。任された」六炉は頷く。
「だが、少しでも危ういと感じたら、すぐに己が出るからな」
真刃はそう念押しした。
それから彼女に近づき、大切な想いを乗せてその頬に触れる。
六炉は幸せそうに微笑み、「……ん」と首肯した。
そうして六炉は刃鳥の上から跳躍する。
偽物と同じく雪華の台座を造り、そこに着地した。
「じゃあ戦おう」
自身の複製にそう宣告する六炉だった。




