第八章 崩れ落ちる虚構④
「あんたら! いつまでも腑抜けてんじゃねえよ!」
その時、《イーターズ》の新たなリーダーであるカオリが一喝した。
動揺していた《イーターズ》のメンバーはカオリに注目する。
「《覚醒者》だろうが我霊だろうが、そんなもんどうでもいいだろうが! 分かってんのはこいつが敵だってことだ! あたしらを皆殺しにしようとする敵なんだよ!」
そう叫んでから、カオリは機甲脚装を全身に纏った。
次いで、同じく完全化している圭吾を見やり、
『今だけはあんたらも手を貸してくれるかい!』
『ああ! 分かっている!』圭吾も改めて身構えた。
『茉莉! 虎先生を連れて下がってくれ! フォスターさん! 御影さん!』
圭吾はエルナたちに目をやった。
『色々と聞きたいことがある。けど今は君たちを味方だと信じていいんだな』
「ええ、もちろんよ」
エルナが頷く。
それと同時にエルナが着る制服が、しゅるりと解けて織り直され始める。
圭吾たちが驚く中、瞬く間にエルナの衣服は戦闘用へと変化した。
紫色の光沢を持つレオタードに似た装束。臀部には小さな尻尾を持ち、頭部には後天に伸びた金色の小さな二本角の冠を被っている。エルナの戦闘装束である龍鱗の衣だ。
手には龍体へと繋がる棍を持っている。神楽の紫龍だった。
「エ、エルナ……?」茉莉が目を見開いて驚いた顔をする。
「やっぱり、あなたも刀歌と同じ霊能者なの? え? けど、なにその恰好? 刀歌とは違う能力なの? というより流石にエロくない?」
エルナが纏う龍鱗の衣。
龍の鱗を模した鎧のように見えるが、露出が何とも多かった。肩と背中は白い肌が剝きだしであり、胸元や腹部も菱形状に大きく露出している。実に艶めかしい姿だった。同じ世代の少女として、茉莉は反射的に顔を赤くしていた。
「うぐ。やめて。風評被害よ。今なら露出も抑えられるんだけど……」
一方、エルナも少し頬を染めた。
力量面でも魂力の総量面でも、今のエルナはかつての頃の比ではない。
今なら全身を余すことなく龍鱗の衣で覆うことも可能なのだが、エルナは神楽の紫龍のクオリティアップにリソースを振っていた。おかげで棍を通じて宙を舞う紫龍は、今まで以上の力強さを放っている。龍体の強度も桁違いだった。要は防御よりも攻撃の強化に全振りしているのである。師としても、またエルナを愛する夫としても、真刃としては出来れば防御側に振って欲しかったのだが、これはこれでエルナの性分なので仕方がない。
まあ、それはともあれ。
戦闘スタイルになったのはエルナだけではなかった。
圭吾の仲間たち、《イーターズ》。一般人である銀城以外の全員が機甲脚装を装着した。しかもおよそ半数が完全化している。
「ハハハハハッ!」
その時、哄笑が響いた。両腕を広げるジェイの笑い声だ。
「モブどもまでやる気満々だな! いいぜ! 本気で遊ぼうじゃねえか!」
そう宣言すると、ニタリと嗤った。
「全員招待してやんよ。俺の世界にな」
直後、エルナたちの背筋に悪寒が奔った。
世界は一瞬にして変貌した。
空は曇天。泥と腐臭に満ちた大地には無数の墓標。
「な、なにこれッ!」
茉莉がギョッとする。圭吾やカオリたちも流石に動揺した。
「封宮よ!」
そんな中、エルナが叫んだ!
「ここはあいつの造り出した世界よ! 気を付けて!」
「ああ。そうさ。ここは俺のホームグラウンドさ」
ジェイがクツクツと笑う。
そして、
「行きな。お前ら」
そう命じると、一斉にゾンビたちが走り出した。
しかも、橘花を筆頭に元々呼び出されていたゾンビだけではない。泥の中から次々と新手のゾンビが這い出てくる。あまりに悍ましい光景だった。戦う覚悟をしていても、生物の根源的な恐怖が茉莉たちを硬直させた。
「――かなた!」
対し、エルナが弐妃の名を呼んだ。
「半分お願い! 薙ぎ払って!」
「承知いたしました」
淡々とした声でかなたが答えた。
直後、何もなかった空間から、かなたが姿を現す。
彼女の姿はすでに戦闘用へと変化していた。全身には硬質の黒いラバースーツ。背中からは大きく抱きかかえるかのように楕円を描いた黄金の枝が伸びており、そこからは数十本の細い蛇腹剣が並んでいる。黄金のティアラを被るその姿は、まるで赤い茨の外套を纏う女王のようだった。専属従霊である赤蛇と協力して生まれたかなたの戦妃武装だった。
赤い茨が不協和音を上げて、ゾンビの群れを迎え撃つ!
同時にエルナも神楽の紫龍を構えていた。
「龍鱗……」
エルナは紫龍を横に振るう。
「散牙ッ!」
そして龍体から無数の龍鱗が弾丸として撃ち出された!
龍鱗の弾丸は最前列のゾンビに当たっても勢いが全く衰えず、後列まで穿った。まるで徹甲弾の乱射のようだ。かなたの赤い茨もまた、濁流のようにゾンビどもを呑み込んでいく。ゾンビの群れを一気に押し戻した。
「こいつらは倒せない相手じゃない!」
エルナが圭吾たちに告げる。
「あなたたちは自分の身を守ることを優先して! あの男は私たちが倒す!」
「はン。言ってくれるじゃねえか。お嬢ちゃんよ」
ジェイが鼻を鳴らした。
ゾンビどもの大半を一蹴されても、その表情には余裕がある――が、
「……む」
不意に両腕を左右に向けた。その直後、鋭い音が響く。
左右から襲撃した蒼火の蹴りと、武宮の拳を受け止めた音だ。
「まだ伏兵がいたか」
ジェイが不快そうに舌打ちすると、目の前で火の粉が散った。刀歌が熱閃を振りかぶったために散った火の粉だ。蒼火たちの奇襲に合わせて間合いを詰めていたのだ。
咄嗟にジェイは後方に跳躍して回避するが、前髪のひと房は斬られてしまった。
「……速いな」
斬られた前髪に触れながら、ジェイは双眸を細めて言う。
「流石は俺の花嫁だ」
「黙れ。誰が貴様の花嫁だ」
炎刃を薙いで、不快そうに刀歌は返す。
「私はすでに主君の花嫁だ。それこそ身も心もすでにな」
少女として微かに頬を染めつつもそう告げる。
一方、ジェイは「うげ」と嫌そうな顔をした。
「マジかよ。茉莉ちゃんだけじゃなくて刀歌ちゃんまで非処女か? 今日はマジでバッドニュースばっかだな。まあ、刀歌ちゃんの方は、引導師ってのは元々そういうもんだし、GETにまごついてた俺のミスでもあるか」
額に片手を当てて後悔するが、その手をあごに移して、
「済んじまったのは仕方がねえ。刀歌ちゃんにしても茉莉ちゃんにしても、じっくりと寝取らせてもらうさ。いずれにせよ、刀歌ちゃんがここにいたのはラッキーだしな」
そう呟いて、ニタリと口角を上げた。
「俺もさ。この二カ月半、それなりに備えてたんだぜ。今回の大イベント――三千神楽で刀歌ちゃんと桜華ちゃんをGETするためにさ。この封宮にしてもそうだ」
そこで一拍おいて、ジェイは告げる。
「さて。早速見せてやんよ。俺の切り札って奴をさ」




