第八章 崩れ落ちる虚構②
「俺はさ。そもそも人間じゃねえんだよ」
ジェイは語り続ける。
「いいや。もと人間って言った方が正しいか。人間だったのは百年以上も前の話だけどな。俺は交通事故で死んだ時、強い未練を残して死を拒絶したんだ。その結果――」
両手をだらんと下げて、ジェイはニタニタと笑う。
「悪霊になったのさ。《覚醒者》って名乗ってる連中は皆、俺と同じさ。その正体は百年以上も未練を残して存在し続けた化け物なのさ。てめえらが怪物と呼んでいる奴らも同類だ。まあ、あいつらは死後から期間が短いせいで知性を失っているけどな」
「……何を言っているんだ? お前は?」
圭吾が訝しむどころか、異物を見るような眼差しを向ける。
「いつも戯言ばかりを。ふざけるのも大概にしろ」
苛立ちを込めてそう告げた。
それは茉莉たちも同じだ。誰もが悪ふざけだと感じていた。この期に及んでふざけた態度を取り続ける《覚醒者》に対し、険しい表情を向けている。
ただし、エルナと刀歌。姿を隠したままのかなたたちだけは違っていた。
(ここで真実を語る。そして舞台を壊すつもりはない)
エルナは強く拳を固めた。状況から理解する。恐らくジェイはこの場にいる者たちを皆殺しにして情報を隠匿するつもりなのだ。
だからこそ、ありのままの真実を教えているのである。
「自我が強すぎたせいで死を拒絶した俺らは『我の強い霊』と書いて我霊と呼ばれている。死体や生者に憑りつき、化け物になる悪霊だ。俺らはもう何千年も前から存在してんだぜ」
周囲の敵意など気にもせず、ジェイは説明を続けた。
「俺らは人を襲い、犯して喰らう。死んでからしばらくは獣と大差ねえな。けど、百年も経てば知性も取り戻すんだよ。それが俺のような上位の我霊だ」
「……まだ続ける気か」
圭吾が身構えて、全身を機甲脚装で覆った。黒い全身鎧を纏う圭吾の完全化だ。
『お前と話す必要はもうないようだ。お前はここで殺す』
「おいおい。落ち着けよ。木崎」ジェイはクツクツと笑った。
「そもそも今の状況をおかしいとは思わなかったのか? いきなり現れた人食いの怪物ども。空に巨大な月が輝く常夜の世界。常識だとあり得ねえ事態だろ? こういう状況を普通はこう呼ぶんじゃねえのか?」
ジェイは大仰に両腕を広げてこう告げた。
「――『怪異』ってな」
それは、あまりにも真に迫った声だった。
圭吾も一瞬飲まれ、周囲も少しざわついてくる。
この世界の異常性は、誰もが身を以て知っている。
それこそ現在、ここには動く死体の群れがいるのだ。死体たちがどうして動けるのかは誰にも分からない。まさに怪異的な存在そのものだった。
「この世界は俺らが造り上げた怪異の世界だ」
ジェイはさらに言葉を続ける。
「二年前のあの日、お前らは俺らの世界に捕らわれたのさ。本来ならもっと違和感を覚えるんだよ。本能からの恐怖を感じるはずだ。この異様な世界そのものにな。だが、お前らの怪異に対する本能を狂わせてんのは、その機甲脚装のせいさ」
ジェイは完全化した圭吾を指差した。
「見た目は明らかに科学の産物だ。まるで未来技術を想像させるデザインだろ? そいつで怪異を倒せた。だから怪物も《覚醒者》も、俺が扱うゾンビどもも科学の延長線上にある存在だって思い込んでんのさ」
「……おい。ジェイだったか。お前さんは」
その時、胸を押さえつつ、銀城が口を開いた。
「まるで機甲脚装が何なのかを知ってるみたいな口ぶりだな。こいつは俺にも正体が全く見当もつかねえ代物だっていうのに」
「おう。その通りさ。ギンジョーさん」ジェイはニタニタと笑う。
「よぉく知ってるぜ。なんせ、それを造ったのも俺らなんだからな。そいつはこの舞台のためにあつらえた小道具なんだよ」
そこで周囲にいる機甲脚装のユーザーたちに目をやって、
「お前らにキューブを配ったのって金髪の美女だったろ? その人は叔父貴の嫁さんで、俺の姉貴分でもあるんだよ」
「―――な」ジェイのその言葉に、茉莉が目を見張った。
「嘘よ! あの人があんたたちの仲間なんて!」
「ん? ああ、茉莉ちゃんはエリーゼの姉御に助けられた口か?」
ジェイが茉莉を見て、ニタニタと笑う。
「姉御の役割は、お前らにキューブを与える《救世主》だったからな。その際に不本意ながらも結構な人間を助けてやったって愚痴ってたな。けどまあ、俺の言葉なんて何の説得力もねえだろ。だから、そろそろ実際に見せてやるよ」
そこでジェイは大きく口角を上げた。
「俺が我霊だってことを。お前らの寝ぼけた本能を。怪異に対する根源の恐怖ってやつを今ここで呼び起こしてやんよ」
そう告げるなり、おもむろに左手を横に向けた。
直後、その腕は異常に伸びて《イーターズ》の男の一人を掴んだ。
「は? え?」
困惑する男はそのまま勢いよく吊り上げられる。
同時にバキバキとジェイの顔が変貌した。
全員が息を呑んだ。ジェイの下顎が割れて、まるで食虫植物のように開いたのだ。
大きく開いた咥内には無数の牙が生えている。
ジェイは異形の顔を頭上に向けた。その先には吊り上げられた男の姿がある。
一瞬の沈黙。
「ひ、ひいいいいいいいいいいィ――ッ!」
機甲脚装で武装することも忘れて、男が絶叫を上げた。
それはまさに本能からの悲鳴だった。その恐怖は圭吾たちや、カオリを筆頭にした《イーターズ》のメンバーにも一気に伝播する。誰一人動けなかった。
そうして宙に持ち上げられていた男は、唐突に解放される。落下する先は大きく開かれたジェイのアギトだ。男はそのまま捕食される――ことはなかった。
不意に大きく広がった薄紫色の羽衣で男が包まれたからだ。
死が待つだけだった空中から間一髪で引き寄せられた男は床に転がった。どうにか命拾いをしたが、男はその場で丸く縮こまり「ひいいいいいィ!」と震え続けていた。圭吾たちもまだ動けずにいた。震える男以外は言葉さえも出せなかった。
そんな中、
「……おいおい」
顔を元に戻しつつ、ジェイは双眸を細めた。
その視線の先には、銀髪の少女の姿を捉えている。
咄嗟に羽衣を使って男を救出したのはエルナだった。
「不味いのも我慢しての実演なんだぜ。邪魔しないでくれよ。エルナちゃん」
「……うるさい」エルナは鋭い眼差しで返す。
「目の前で人を喰われるのを私たちが見過ごすはずがないでしょう」
「ああ。その通りだ」
刀歌も前に踏み出した。その両足にはすでに偽装の機甲脚装は纏っていない。
代わりに刃のない刀の柄を取り出していた。
「お前が本性を現すというのなら、私たちも全力でお前に引導を渡すのみだ」
言って、手に持つ柄から炎刃が噴き出した。
刀歌の系譜術。《火尖刀》だ。
「と、刀歌ッ!?」
その光景に、茉莉が目を見開いた。
圭吾や銀城、二階でテイザーガンを構えていた仲間たちも同様だ。
唐突な異能を目の当たりにして《イーターズ》にも動揺が奔っている。
「嘘でしょう!? あなた《覚醒者》だったの!?」
茉莉のそんな悲鳴じみた問いかけに、
「……ごめんなさい。茉莉」
刀歌の代わりに、エルナが唇を噛みつつ答えた。
「私たちは《覚醒者》なんかじゃないわ。最初からそんな人たちはいないの。あの男が言っていることは本当に真実なのよ」
「おう。そうさ」ジェイがエルナの言葉を継いだ。
「ついでに補足説明もしてやるよ。刀歌ちゃんたちは引導師っていう連中なのさ。悪霊がいるんだから、それらに対抗する霊能者がいても不思議じゃねえだろ? その子らは特殊な術の使い手で俺らを狩ることがお仕事なのさ」
「エ、霊能者?」
茉莉は唖然とした表情で言葉を繰り返す。
もはや場は完全に混乱していた。圭吾も、普段は冷静な銀城さえもだ。
エルナたちを除き、冷静な人間はもういなかった。
そうして、
「さてさて」
ジェイが楽しげな様子でエルナたちに語り掛ける。
「そんじゃあ、そろそろ本番と行こうか。お嬢ちゃんたちよ」




