第8話 この拘束具、重くないの?
ハリッサを助ける。
そう決めた俺は、改めて彼女の身体を見た。
細い。
とにかく細い。
身体年齢でいえば、俺より少し年下の八歳くらい。
そんな小さな身体のどこに、これだけの拘束具を付けられる力があるのかと思うほど、両手両足には巨大な金属の枷が取り付けられていた。
「これ……本当に外せるのかな」
俺は近くの拘束具に手を掛け、持ち上げようとした。
「……重い」
びくともしない。
まあ、当然だ。
俺の力は「2」。
つるはきですら満足に持ち上げられなかったのだから、こんな巨大な金属の塊を動かせるはずがない。
「ハリッサ、これって痛くない?」
「最初はちょっと痛かったよ」
「ちょっと……?」
思わず拘束具を見る。
どう考えても「ちょっと」で済むような代物には見えない。
腕に付いている枷だけでも、俺の胴体くらいの大きさがある。
「外してあげたいんだけど……」
俺は困った。
普通なら鍵を探すところだろう。
でも、鍵なんて持っていない。
そもそも、誰が何のために、こんなものをハリッサに付けたのかすら分からない。
俺はゲームで使っていた知識を思い出す。
拘束状態を解除するなら、解除系のアイテムや魔法。
あるいは、装備そのものを破壊する。
ファイナルオンラインなら、そういう方法がいくつもあった。
でも、今の俺には解除魔法もない。
なら――。
「……壊せばいいか」
俺は自分の手を見る。
それから、拘束具を見る。
普通に考えれば、壊せるわけがない。
だけど。
俺には鍛冶師としてのスキルがある。
「ハリッサ。この金属、ちょっと触ってもいい?」
「いいよ」
許可をもらい、俺は拘束具の金属部分に手を触れた。
冷たい。
そして、かなり頑丈そうだ。
俺の力では、殴っても蹴っても傷一つ付けられないだろう。
だけど、物理的に壊す必要はない。
「金属精製」
魔力を流す。
次の瞬間。
拘束具の表面が、淡く光った。
「……おお」
金属の内部構造が、まるで見えてくるようだった。
混ざっていた別の素材。
金属以外の部分。
それらが一つずつ分離されていく。
そして――。
ゴトッ。
巨大な拘束具が、一本の綺麗な金属塊へと変わった。
「……え?」
ハリッサが目を丸くする。
俺も驚いていた。
「できた……」
単純に壊したわけではない。
金属と、それ以外の素材が分離され、純度の高い金属としてまとまっている。
まるで、巨大な拘束具そのものが最初から素材だったかのようだ。
「すごいね、アカリお姉ちゃん!」
「うん……すごいな」
自分でやっておいて、自分でも驚いている。
ゲームで何度も使っていたスキル。
それが、現実でもちゃんと使えた。
「これが……金属精製か」
鍛冶師にとって重要な技能。
素材を精製して、不純物や不要な部分を取り除く。
ゲームでは何度も使った。
鉱石を精製して、インゴットを作る。
不要な素材を取り除いて、次の加工に使う。
それが当たり前だった。
でも、現実で見ると印象がまるで違う。
目の前にあった巨大な拘束具が、ほんの一瞬で鍛冶の材料になってしまったのだから。
「……現実でも使えるんだな」
思わず呟く。
ゲームと同じ。
いや。
ゲームよりも、生々しい。
俺は完成した金属塊を持ち上げようとした。
「……おっもっ!」
無理だった。
重い。
ものすごく重い。
「アカリお姉ちゃん?」
「ハリッサ、これ持てる?」
「うん」
ハリッサは何気なく金属塊に手を掛けた。
そして――。
ひょい。
「…………」
片手で持ち上げた。
しかも、たいして力を入れたようには見えない。
「それ……重くない?」
「普通だよ?」
「…………」
普通ではない。
絶対に普通ではない。
俺は自分のステータスを思い出した。
力2。
そして、目の前にいるのは八歳の少女。
なのに、その少女が巨大な金属塊を片手で持ち上げている。
「……やっぱり、すごく強いんだな」
「そう?」
「うん」
本人には自覚がないらしい。
ハリッサは自分の腕を見ながら首を傾げている。
「前からこんな感じだったと思う」
「前から?」
「うん」
「覚えてるの?」
「力のことは覚えてないけど……」
ハリッサは少し考える。
「剣の振り方は分かるよ」
「……剣術だけは覚えてるんだ」
「うん」
まただ。
記憶を失っている。
なのに、バレンティス剣術だけは身体に残っている。
本人が説明できないほど自然に。
まるで、身体そのものが覚えているかのように。
「バレンティス剣術……か」
一体、どんな流派なのだろう。
俺は少し興味を持った。
もちろん、鍛冶師としての興味もある。
これだけの戦闘能力を持つ人間が、どんな武器を使うのか。
どんな剣を好むのか。
どれくらいの重さなら扱えるのか。
鍛冶師としては、気になるところだ。
「ハリッサ、剣は持ってる?」
「持ってないよ」
「……そうだよな」
改めて彼女を見る。
武器どころか、まともな荷物すら持っていない。
記憶もない。
身元も分からない。
そして、こんな森の中で巨大な拘束具につながれていた。
でも――。
「だったら、剣を作ろう」
「ほんと?」
「ああ」
俺は即答した。
鍛冶師として、これほど分かりやすい仕事もない。
目の前に剣を必要としている人がいる。
そして、自分には剣を作る力がある。
なら、作る。
ただし――。
「……問題は」
俺は周囲を見回した。
鍛冶場がない。
炉もない。
金床もない。
まともな鍛冶道具もない。
素材を精製することはできる。
だが、本格的な剣を作るとなれば話は別だ。
「まずは鉱山だな」
「鉱山?」
「うん。俺、ここに赤ミスリルを探しに来たんだ」
「赤ミスリルって何?」
「簡単に言うと、武器を作るための金属だよ」
「じゃあ、剣になるんだ?」
「なる」
「じゃあ、行こう!」
ハリッサが勢いよく立ち上がった。
「え、ちょっと待って」
俺も立ち上がる。
そして、二人で歩き出そうとした、そのとき。
「……待って」
俺はハリッサの足元を見る。
まだ巨大な拘束具が残っている。
「これも外さないと」
「あ」
ハリッサが足元を見る。
「そうだった」
俺は苦笑した。
危ないところだった。
このまま歩いたら、巨大な鉄の塊を両手両足に付けたまま森を移動するところだった。
「一つずつ外すからね」
「うん」
俺は拘束具の金属部分に手を触れる。
「金属精製」
淡い光。
ゴトッ。
金属の塊になる。
「金属精製」
また一つ。
ゴトッ。
さらに一つ。
腕。
足。
腰。
身体に繋がっていた拘束具を、次々と精製していく。
気がつけば、俺たちの周囲には大量の金属塊が並んでいた。
「……これだけあれば、かなりの量だな」
鍛冶師としては、思わず嬉しくなる光景だった。
さっきまでハリッサを苦しめていた拘束具。
それが今では、武器や道具を作るための素材になっている。
無駄がない。
素材は再利用できる。
ゲームでは当たり前だったことだ。
でも、現実で見ると妙に感慨深い。
「これ、全部持っていける?」
俺が聞くと。
「持てるよ」
ハリッサは当然のように答えた。
そして。
ひょい。
ひょい。
ひょい。
大量の金属塊を、まるで軽い荷物でも拾うように持ち上げ始めた。
「…………」
俺はまた黙った。
やっぱりおかしい。
どう考えてもおかしい。
八歳の少女が、巨大な金属塊を軽々と運んでいる。
もしゲームなら、筋力ステータスを確認するところだ。
でも、ここは現実。
しかも――。
「ハリッサはステータス画面を開けないんだったな」
「すてーたす?」
「あ、いや。なんでもない」
本人には確認する方法がない。
今のところ、分かっているのは、この少女が異常に強いということだけだ。
まあ――。
「……いいか」
今はそれを考えても仕方がない。
重要なのは、ハリッサを助けられたこと。
そして。
鍛冶師として、俺にもやるべきことが見えてきたことだ。
俺は改めて森を見る。
鉱山は、まだ見えていない。
でも、目的は決まった。
赤ミスリルを探す。
ハリッサの剣を作る。
そして――。
「強い武器を作ろう」
俺は呟いた。
魔王討伐のために。
そして、俺たちがこの世界で生きていくために。
まずは素材を手に入れなければならない。
俺の頭の中には、すでに大量の鉱石と、立派な鍛冶場の光景が浮かんでいた。
炉に火を入れる。
金属を熱する。
金床の上に置く。
そして、ハンマーを振るう。
完成した剣をハリッサに渡す。
「……楽しみだな」
思わず口元が緩む。
魔王討伐。
勇者。
英雄。
そんなものよりも。
今の俺には、鍛冶師としてやりたいことのほうが、はっきりしていた。
――強い武器を作りたい。
それが、俺の異世界での最初の目標になった。
だが、このときの俺はまだ知らなかった。
女神からもらった「つるはし」と「シャベル」が。
ただの安物にしか見えない、その道具が。
実は、見た目からは想像もつかないほど特殊なものだということを。
そして――。
この先に待っている鍛冶師生活が。
俺の知っている『ファイナルオンライン』よりも、はるかにとんでもないものになっていくことを。




