第5話 つるはしが持てない
僕は異世界に転生した。
種族はエンシェントエルフ。
職業は鍛冶師。
魔力は20。
そして、目の前には広大な森。
身体は十歳くらいの少女。
ステータスに表示されている年齢だけが一歳。
「……さて」
俺は森を見回した。
まず何をするべきか。
ゲームなら、最初にやることは決まっている。
周囲を探索して、採取できる素材を集める。
そして、武器や防具を作るための素材を確保する。
俺は鍛冶師だ。
素材がなければ何も始まらない。
「というわけで……」
アイテムボックスを開く。
収納されている採掘道具の中から、つるはしを取り出した。
見た目は普通のつるはしだ。
木製の柄。
金属製の先端。
ゲームの採掘道具と比べれば、ずいぶん簡素に見える。
「まずはこれで鉱石を探してみるか」
俺は両手で柄を握った。
そして――。
「……よいしょ」
持ち上げる。
……持ち上がらない。
「…………」
俺はもう一度力を込めた。
「よい……しょっ!」
びくっ。
つるはしの先端が、ほんの少し地面から浮いた。
それだけだった。
「…………重い」
思わず呟いた。
いや。
つるはしが特別重いわけではない。
俺の力が弱いのだ。
ステータスを思い出す。
力――2。
「……力2って、こんなに弱いのか?」
ゲームでは数字としてしか見ていなかった。
力が高ければ攻撃力が上がる。
重量制限が緩くなる。
装備を持てる。
そんな程度の認識だった。
だが、現実では違う。
数値が低ければ、本当に物を持ち上げられない。
「これは困ったな……」
俺はつるはしを地面に置いた。
そして、シャベルを取り出す。
「こっちなら……」
両手で握る。
持ち上げる。
「…………」
今度は持ち上がった。
だが、かなり重い。
「持てるけど……」
数秒持っているだけで腕が震えてくる。
「これで採掘するの?」
無理だ。
絶対に無理。
俺はシャベルを地面に戻した。
そして、自分の腕を見る。
細い。
どう見ても十歳前後の子供の腕だ。
「……身体が小さいうえに、力まで低いのか」
十歳くらいの身体なら、つるはしを持ててもおかしくない。
少なくとも、普通ならここまで苦労しないはずだ。
だが、今の俺は違う。
身体そのものがまだ小さい。
そこに、力2というステータスが重なっている。
「……なるほど」
ゲームの数字が、現実の身体能力として現れる。
それなら、この弱さにも納得できる。
「でも、これじゃ鍛冶師として何もできないな」
俺は腕を振ってみる。
軽い。
細い。
まだ鍛冶仕事をするには頼りない身体だ。
ただ、身体年齢が一歳というわけではない。
そこだけは、自分でも何度も確認している。
ステータスには一歳と表示されている。
でも、身体は十歳くらい。
「……ステータスの年齢と、身体の年齢は別ってことか」
今のところ、それ以外に説明はつかない。
まあ、考えても仕方がない。
重要なのは――。
「レベル上げが必要だな」
結局そこに行き着いた。
レベルが上がれば、能力値も上がる。
力が増えれば、つるはしも扱えるようになるはずだ。
なら、まずは戦闘。
「魔物を倒してレベルを上げよう」
そう決めて、俺は周囲を見渡した。
森は静かだった。
風が吹く。
木々が揺れる。
鳥の声が聞こえる。
しかし、魔物の姿は見えない。
「……魔物、いないのか?」
ゲームなら、森には何かしらのモンスターがいる。
序盤なら、ウルフやボア。
少し強い場所なら熊のような大型モンスター。
だが、ここには何もいない。
「まあ、歩いていればそのうち出てくるか」
俺は歩き始めた。
数分後。
「…………」
息が切れた。
「……はぁ……はぁ……」
立ち止まる。
胸が上下している。
俺は自分の身体を見た。
「……おかしい」
少し歩いただけだ。
ゲームなら、何時間歩いてもこんなことにはならない。
もちろんゲームにはスタミナの概念がある。
だが、キャラクターは数値が許す限り動ける。
現実では――。
「本当に疲れるんだ……」
俺はその場に座り込んだ。
足が重い。
ふくらはぎが張っている。
身体年齢が十歳くらいとはいえ、この体力は明らかに低い。
「これ、レベル1だから?」
たぶんそうだ。
そう思いたい。
そうでなければ困る。
「……ゲームとは違うな」
ここへ来て、初めて強く実感した。
この世界は『ファイナルオンライン』によく似ている。
ステータスもある。
スキルもある。
アイテムボックスもある。
けれど。
身体は現実の身体だ。
疲れれば疲れる。
腹も減る。
怪我をすれば痛い。
そして――。
「魔法は……どうなんだ?」
俺は思い出した。
俺には六属性の魔法スキルがある。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
ゲームでは、スキルを習得していれば魔法を使える。
なら、試してみるしかない。
俺は立ち上がった。
そして、少し開けた場所へ移動する。
「まずは火だな」
右手を前に出す。
ゲームで何度も使った魔法。
初級の火属性魔法。
名前は単純だった。
だから、ゲームと同じように――。
「ファイア!」
…………。
何も起きない。
「…………」
もう一度。
「ファイア!」
何も起きない。
「……あれ?」
俺は自分の手を見る。
火が出ない。
煙も出ない。
何も起きない。
「もう一回」
「ファイア!」
やっぱり何も起きない。
俺は首を傾げた。
「スキルはあるよな?」
ステータスを開く。
火属性魔法。
ちゃんと表示されている。
「じゃあ、なんで?」
魔力不足ではない。
魔力は20ある。
初級魔法なら、ゲームではもっと少ない魔力で使える。
「……まさか」
俺は嫌な予感がした。
『ファイナルオンライン』では、魔法を使うのに特別な触媒など必要なかった。
少なくとも、俺が知っている範囲では。
だが、ここは現実の異世界だ。
ゲームと同じとは限らない。
「……いや、でも女神が魔法スキルをくれたんだから、使えるはずだろ」
もう一度手を前に出す。
「ファイア!」
何も起きない。
風が吹いただけだった。
「…………」
俺はしばらく黙った。
そして、空を見上げる。
「アリステラさん?」
当然、返事はない。
「これ、魔法使えないんですけど……」
静かな森が広がっている。
「……説明、してくれないかな」
返事はない。
「…………」
仕方がない。
魔法も駄目。
つるはしも持てない。
歩くだけでも疲れる。
レベル1。
しかも、身体は十歳くらいなのに、ステータス上は一歳。
「……俺、どうやって生きていけばいいんだ?」
異世界生活開始から、まだそれほど時間は経っていない。
なのに、早くも問題が山積みだった。
俺は地面に座り込んだ。
そして、アイテムボックスから水を取り出す。
ごくごくと飲む。
「……おいしい」
水だけは普通に飲めた。
食料も大量にある。
テントもある。
服もある。
ライターもある。
生活そのものは、何とかなる。
問題は――。
「鍛冶ができない」
そこだった。
鍛冶をするには素材が必要。
素材を取るには採掘が必要。
採掘にはつるはしが必要。
そのつるはしを持てない。
「……まずはレベル上げだ」
結論は変わらない。
幸い、食料はある。
魔物が出るなら倒せばいい。
魔法が使えないなら、何か別の方法を探す。
この世界には、ゲームにはなかったものもあるかもしれない。
俺は立ち上がった。
少し休んだことで、足も楽になっている。
「よし」
もう一度、森を見る。
どこまでも木々が続いている。
俺の知っている『ファイナルオンライン』とは違う。
それでも、ゲームの知識が役に立たないわけではない。
むしろ――。
「ゲームと違うところを見つければいい」
俺はそう考えた。
ゲームと同じところは、ゲームの知識を使う。
違うところは、現実として対応する。
それなら何とかなる。
たぶん。
「……たぶん、何とかなる」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
そして、まだ見ぬ鉱山を目指して歩き始めた。
――このときの俺は知らなかった。
この森で、魔法が使えない原因が――。
俺の魔力ではなく、別のところにあることを。
そして、それを知ることになるまでに、しばらく時間がかかることを。




