第4話 エルフになった……はずだった
――眩しい。
最初に感じたのは、それだった。
目を閉じていても分かるほどの強い光。
身体がふわりと浮かんでいるような感覚があり、そのままどこかへ引っ張られていく。
耳元で風の音がした。
次の瞬間。
「……え?」
足元に地面の感触があった。
俺はゆっくりと目を開ける。
そこに広がっていたのは、見たことのない景色だった。
木。
木。
そして――また木。
「……森?」
周囲を見回す。
巨大な木々が何本も立ち並び、その隙間から差し込む光が地面を照らしている。
空気が違う。
日本の森とは明らかに違う。
湿った土の匂い。
草木の匂い。
どこか遠くから聞こえてくる鳥の声。
風が木々の葉を揺らし、ざわざわと音を立てている。
ゲームの中で見た森の風景に似ている。
だが、決定的に違う。
「……リアルだ」
ゲームなら、ここまで細かな匂いまでは感じない。
風の冷たさも。
足元の土の柔らかさも。
身体に触れる葉の感触も。
全部、本物だった。
「本当に……異世界に来たんだ」
思わず呟いた。
ついさっきまで女神と話していた。
そして今、俺は異世界にいる。
頭では分かっていた。
それでも、実際に目の前に広がる景色を見ると、妙な現実感が押し寄せてくる。
「……まずは確認だな」
俺はゲーム時代の癖で、ステータスを確認しようとした。
「ステータス」
声に出す。
すると――。
目の前に半透明の表示が現れた。
「おおっ!」
思わず声が出る。
ゲームと同じだ。
いや。
似ている。
だが、表示された内容を見て、俺は固まった。
「…………」
名前。
アカリ。
種族。
エンシェントエルフ。
性別。
女。
年齢。
一歳。
「…………え?」
もう一度見る。
何度見ても変わらない。
種族――エンシェントエルフ。
性別――女。
年齢――一歳。
「いやいやいや」
俺は慌てて画面を閉じる。
そして、もう一度開く。
「ステータス」
同じだった。
「……エンシェントエルフ?」
俺が選んだのは、普通のエルフだったはずだ。
長寿。
魔法に適性がありそう。
そして、何より――。
「見た目が良さそうだから選んだのに……」
いや、そこは今どうでもいい。
問題は、その前だ。
エンシェントエルフ。
そんな種族を選んだ覚えはない。
「女神……間違えた?」
俺は空を見上げた。
もちろん、返事はない。
「アリステラさーん?」
静かな森に、俺の声だけが響く。
当然、女神は現れない。
「……まあ、異世界だしな」
俺は自分を納得させた。
多少の誤差はあるのだろう。
きっと。
たぶん。
……そういうことにしておこう。
だが、まだ問題がある。
性別だ。
「女……」
俺は自分の身体を見る。
服を着ているので細かいところまでは分からない。
しかし、明らかに身体の感覚が違う。
手が小さい。
腕が細い。
身体が軽い。
髪が長い。
「……まさか」
俺は髪を手に取る。
金髪ではない。
自分の知らない色の髪だった。
そして、身体全体が小さい。
どう考えても大人の身体ではない。
「一歳……」
表示された年齢を思い出す。
「一歳って、赤ちゃんじゃないか!」
声が森に響いた。
俺は慌てて周囲を見回す。
誰もいない。
それを確認してから、もう一度自分の身体を見る。
手足は確かに小さいが、明らかに1歳児の身体ではなく、10歳位の子供くらいのサイズはある。
「……本当に一歳なのか?」
異世界転生。
しかもエルフ。
現実で1歳児がこんなに身体が大きい訳はないから、1歳という表記はきっと転生1年目という意味だろう。
しかし、ゲームなら、キャラクター作成時に年齢など気にしたこともない。
しかしまだ問題があった。
それは、転生前と身体のサイズが違い過ぎて、身体がフワフワした感じの違和感があることだ。
「まともに歩けるのか?」
試しに一歩踏み出す。
よろっ。
「おっと」
身体がふらついた。
だが、なんとか転ばずに済んだ。
「……歩ける」
少し安心する。
ただし、身体能力はかなり低そうだ。
そこで俺は、改めてステータスを確認することにした。
「ステータス」
半透明の表示が現れる。
そこには、俺が見慣れたような能力値が並んでいた。
生命力――10。
力――2。
体力――2。
器用――5。
速さ――5。
記憶――4。
魔力――20。
「……力、低っ」
思わず呟いた。
いや、分かっていた。
自分で振ったのだから。
力1を選んだつもりだった。
それなのに2になっているのは、種族補正か何かだろう。
だが、問題は別にある。
「魔力20……?」
これは高い。
少なくとも、俺の知っているゲームの初期状態と比べればかなり高い。
「エルフだからか?」
そう考えれば納得できる。
長命種。
魔法適性。
高い魔力。
ゲームでもエルフは魔法職との相性が良かった。
「これは鍛冶師としても悪くないかもしれない」
鍛冶師なのに魔力が高い。
最初は少し不思議だったが、魔力が多ければ魔法も使える。
素材加工にも魔力を使う可能性がある。
それなら、悪くない。
むしろ当たりかもしれない。
「問題は……」
俺は力2を見る。
「つるはしを持てるかどうかだな」
採掘道具は、女神からもらっている。
アイテムボックスを開く。
「アイテムボックス」
目の前に収納されたアイテムが表示された。
パン。
栄養ゼリー。
牛乳。
水。
味噌汁。
ツナおにぎり。
ゆで卵。
採掘道具。
衣服。
テント。
キャンプ用品。
ライター。
そして、オリハルコンのネックレスと指輪。
「……すごいな」
ゲームと同じように収納されている。
しかも時間停止。
食料が腐らないなら、かなり助かる。
これなら、当面は生きていける。
俺は一度アイテムボックスを閉じた。
そして、改めて周囲を見る。
巨大な森。
人の気配はない。
道もない。
街も見えない。
「……そういえば」
俺は女神との会話を思い出す。
ここは赤ミスリルが採れる鉱山の近く。
つまり、目的地にはちゃんと着いているはずだ。
「まずは鉱山を探すか」
鍛冶師としての異世界生活。
その第一歩だ。
俺はそう考えた。
――その前に。
「レベルを上げたほうがいいな」
ゲームの知識が頭をよぎる。
レベル1。
森。
未知の魔物。
そして、一歳の身体。
いくら魔力が高くても、近接戦闘は無理だ。
せめてレベルを上げる必要がある。
「目標は……レベル12くらいかな」
ゲームで序盤に遭遇する大型モンスターを考える。
熊のような大型動物がいるなら、レベル1では危険すぎる。
12程度まで上げておけば、多少は安心できる。
「よし」
方針は決まった。
まず周囲を探索。
食料を確保。
魔法を確認。
魔物がいれば倒してレベルを上げる。
そして鉱山を探す。
その後は採掘。
素材を集める。
鍛冶をする。
「完璧だ」
俺は満足して頷いた。
ただ、一つだけ。
この時点ではまだ気づいていなかった。
俺の想定している異世界生活が――。
ゲームの攻略手順とは、かなり違うものになることを。
そして何より。
俺が選んだはずの「エルフ」が。
普通のエルフではなかったことを。
「……まあ、エンシェントエルフなら、きっと強いんだろう」
俺はそんなことを呟きながら、森の中へ歩き出した。
このときの俺はまだ知らない。
エンシェントエルフが、アリステラ自身にとっても予想外の存在だったことを。
そして、この小さな身体に秘められた力が、これから始まる異世界生活を大きく変えていくことを。




