第3話 勇者なのに、鉱山の近くがいい
第3話 勇者なのに、鉱山の近くがいい
「では、次に転生する場所を決めましょう」
アリステラがそう言うと、目の前に新しい地図が浮かび上がった。
かなり大雑把な地図だった。
大陸の形らしきものと、いくつかの大きな街。
山。
森。
川。
そして、いくつかの鉱山らしき場所。
「転生場所は、ある程度こちらで指定できます」
「ある程度?」
「はい。あなたが安全に生活を始められる場所を優先します」
「なるほど……」
俺は地図を眺めた。
普通なら、街の近くを選ぶのだろう。
食料も買える。
宿もある。
情報も手に入る。
仕事も探せる。
何より、異世界で一人きりになるなら、人がいる場所のほうが安心だ。
――普通なら
「鉱山の近くって選べます?」
「……鉱山?」
「はい」
アリステラが少しだけ眉を寄せる。
「街ではなく?」
「街より鉱山がいいです」
「なぜですか?」
「素材があるからです」
即答した。
鍛冶師として異世界に行く。
だったら、まず必要なのは素材だ。
鉄。
銅。
銀。
魔法金属。
そして――ゲームでは高級素材として扱われていた鉱石。
「『ファイナルオンライン』では、鉱山によって採れる素材が違いましたよね?」
「ええ」
「なら、できるだけ良い鉱石が採れる場所から始めたほうがいいと思います」
「……なるほど」
「それに、街の近くだと人が多いですよね?」
「そうですね」
「鍛冶師として生活するなら、最初から人が多い場所に行くより、素材を集めてから街に行ったほうが効率がいいです」
「効率……」
アリステラが小さく呟いた。
なぜか、少し遠い目をしている。
「何か問題がありますか?」
「いえ……」
アリステラは首を横に振った。
「あなたの場合、もう少し普通の勇者らしい希望を出すと思っていたので」
「普通の勇者なら、どこを選ぶんです?」
「王都や大都市でしょうか。あるいは、他の勇者たちと合流しやすい場所です」
「ああ」
それは確かにそうだ。
勇者なら、仲間を集める。
情報を集める。
装備を整える。
そして魔王を討伐する。
ゲームでも、基本的にはそうだった。
ただし。
「俺は鍛冶師なので」
「はい」
「まず装備を整えます」
「……自分の?」
「もちろん、それもあります」
「それも?」
「勇者たちの装備です」
俺は地図を見る。
まだ会ったこともない勇者たち。
名前すら知らない。
どんな職業なのかも分からない。
それでも、強い武器や防具を作れるなら、魔王討伐の役には立つ。
なら、俺が直接魔王を探し回るより、鍛冶師として強い装備を作るほうが効率がいい。
「……あなたは本当に鍛冶師なんですね」
「はい」
「勇者なんですが」
「そうですね」
「魔王を倒す使命があるんですが」
「分かっています」
「…………」
「だから、武器を作ります」
アリステラは何も言わなくなった。
俺は別にふざけているわけではない。
むしろ真剣だ。
ゲームでも、装備の性能は戦闘結果を大きく左右した。
同じレベル、同じ技量のプレイヤーでも、装備が違えば戦闘能力はまるで変わる。
なら、強い武器を作れる鍛冶師は重要だ。
それが俺の考えだった。
「それで、鉱山なんですが」
「はい」
「できれば赤ミスリルが採れるところがいいです」
「赤ミスリル……ですか?」
「はい」
ゲームでは、赤ミスリルはそれほど高級な鉱石ではない。
超高級素材というわけでもない。
だが、序盤の素材としては優秀だった。
武器にすると扱いやすく、加工もしやすい。
何より、鍛冶のスキル上げにも向いている。
「赤ミスリルなら、最初の鍛冶にはちょうどいいと思います」
「……あなた、最初からスキル上げのことまで考えているんですね」
「もちろんです」
ゲームでは、序盤の行動が後々の効率に響く。
最初にどの素材を集めるか。
どのスキルから上げるか。
どこでレベルを上げるか。
それだけで、その後の成長速度は大きく変わる。
「なるべく赤ミスリルが豊富な鉱山の近くがいいです」
「分かりました」
アリステラは地図を操作する。
いくつかの場所が光った。
「ただし、条件があります」
「何ですか?」
「鉱山には魔物が出ます」
「……どのくらいです?」
「場所によります」
「強さは?」
「あなたはレベル1から始まります」
「はい」
「その状態で普通の鉱山へ行けば、命の保証はできません」
「なるほど」
俺は地図を見る。
山。
森。
鉱山。
そして魔物。
ゲームなら、レベル1で危険な場所に行くことは避ける。
だが、ここはゲームではない。
死ねば終わりだ。
そこは十分に理解している。
「じゃあ、安全な鉱山はありますか?」
「……あります」
「そこにしてください」
「ですが、採掘量はそれほど多くありませんよ?」
「問題ありません」
俺は答えた。
「最初はスキル上げが目的なので」
「…………」
また沈黙。
どうやら俺の考え方は、女神からすると少し変わっているらしい。
でも、鍛冶師なら当然だと思う。
いきなり最高級素材を扱っても、技術が追いつかなければ意味がない。
まずは簡単な素材から始める。
採掘する。
精錬する。
加工する。
武器を作る。
失敗する。
また作る。
そうやって技術を積み上げる。
鍛冶とは、そういうものだ。
「それでは、赤ミスリルが採れる鉱山の近くにしましょう」
「お願いします」
「ただし、少し離れた場所になります」
「大丈夫です」
「街までは、かなり距離があります」
「問題ありません」
「本当に?」
「はい」
街に行く必要があるなら、後で行けばいい。
それよりも、最初に素材を確保できる環境のほうが重要だ。
そう考えた。
――このときの俺は。
まだ、自分の体がどれほど貧弱なのかを知らなかった。
ゲームなら、歩くことも走ることも自由にできる。
鉱山まで移動することだって、たいした問題ではない。
だが、この世界では違う。
俺はレベル1。
しかも、鍛冶師。
戦士ではない。
魔法使いでもない。
さらに言えば、力の能力値にもほとんど振っていない。
それでも、俺は楽観的だった。
「そうだ」
ふと思い出した。
「食料はどうなります?」
「もちろん用意します」
「どのくらいですか?」
「二か月分ほど」
「二か月……」
十分だ。
ゲームなら、かなり長い期間になる。
「それだけあれば、採掘と鍛冶の練習はできますね」
「……はい」
「じゃあ問題ありません」
俺は頷いた。
するとアリステラが、さらに大量のものを用意し始めた。
食料。
飲み物。
衣服。
テント。
野外活動用の道具。
火を起こすための道具。
そして――。
「これは採掘道具です」
目の前に、つるはしとシャベルが現れた。
「おお……」
俺は思わず身を乗り出した。
見た目は普通の道具だった。
ゲームのアイテムと比べても、特別に派手な装飾はない。
むしろ、少し安っぽく見える。
「これなら鉱石を掘れますね」
「はい」
「ありがとうございます」
俺は満足した。
これで準備は整った。
あとは異世界へ行くだけだ。
「それから、こちらを」
アリステラが二つのアクセサリーを差し出した。
首飾りと指輪。
どちらも美しい金属で作られている。
「これは?」
「オリハルコンです」
「……オリハルコン?」
俺は思わず目を見開いた。
知っている。
もちろん知っている。
『ファイナルオンライン』でも、超が付くほどの希少素材だった。
神々の武器に使われる素材。
普通のプレイヤーなら、そう簡単には手に入らない。
「こんなもの、もらっていいんですか?」
「売れば、当面の生活費には困らないでしょう」
「なるほど……」
俺はアクセサリーを見る。
確かに、これなら街に行ったときにも資金を作れる。
鍛冶を始めるための設備を購入することもできるだろう。
「ありがとうございます」
俺は素直に受け取った。
「それでは、準備はこれで終わりです」
アリステラがそう言った。
俺は改めて自分の状況を整理する。
異世界。
レベル1。
鍛冶師。
採掘。
全属性魔法。
大量の食料。
採掘道具。
そしてオリハルコン。
――悪くない。
むしろ、かなりいいスタートだ。
「よし」
俺は小さく拳を握った。
「異世界で、鍛冶を始めよう」
魔王討伐については――。
そのうち考えればいい。
まずは素材だ。
鍛冶師なのだから。
強い武器を作る。
その武器を勇者たちが使う。
そして魔王を倒す。
これなら、俺が直接戦わなくても使命は果たせる。
「では、行きますよ」
「はい!」
アリステラが手を掲げる。
光が俺の身体を包み込んでいく。
いよいよ異世界だ。
『ファイナルオンライン』の知識を使えば、きっと何とかなる。
俺はそう思っていた。
ゲームと同じような世界なら、知識は大きな武器になる。
素材の場所。
モンスターの特徴。
アイテム。
スキル。
鍛冶。
俺には、その知識がある。
だから大丈夫。
きっと大丈夫だ。
――ただし。
この世界が、俺の知っているゲームと完全に同じではないことを。
このときの俺は、まだ知らなかった。




