第2話 鍛冶師を選んだ理由
「それでは、異世界でのあなたの能力を決めましょう」
女神アリステラは、そう言って俺の前に手を差し出した。
すると、何もなかった空間にいくつもの光の板が浮かび上がる。
見覚えのある表示だった。
いや、正確には――
「……ステータス画面?」
「はい。あなたが遊んでいた『ファイナルオンライン』にも、似たようなものがあったでしょう?」
「似たような、というか……ほぼ同じですね」
俺は思わず苦笑した。
ゲームの世界に転生するわけではない。
そう説明されている。
それなのに、目の前に表示されているものは、俺が何千時間も見てきたゲームのステータス画面によく似ている。
これなら、少なくとも異世界で生きていくうえでの基本的な仕組みは理解しやすそうだ。
「まず、職業を決めてください」
「職業か……」
俺は表示された職業一覧を眺める。
戦士。
剣士。
魔法使い。
僧侶。
盗賊。
弓使い。
そして――鍛冶師。
普通なら、魔王を倒すために召喚された勇者なのだから、戦闘系の職業を選ぶのだろう。
だが。
「鍛冶師で」
「……即決ですか?」
「はい」
アリステラが少し驚いた顔をした。
「本当に鍛冶師で良いんですか?」
まあ、そうだろう。
勇者として異世界に呼ばれた人間が、真っ先に鍛冶師を選ぶとは思わない。
「魔王討伐が目的なんですよね?」
「そうです」
「だったら、強い武器が必要ですよね?」
「……必要ですね」
「なら、鍛冶師が一番重要じゃないですか?」
「…………」
アリステラが黙った。
俺としては、いたって真面目に答えたつもりだった。
魔王を倒す。
そのためには勇者が必要。
勇者には強い武器が必要。
強い武器を作るには鍛冶師が必要。
なら、自分が鍛冶師になればいい。
完璧な理論だ。
「……あなた、本当に魔王を倒す気があります?」
「ありますよ」
「……そうですか」
なぜか、ものすごく微妙な表情をされた。
俺は気にせず、職業欄の鍛冶師を選択する。
ゲーム時代も、俺が一番長くやり込んだのは鍛冶だった。
武器を作る。
性能を確認する。
素材を集める。
さらに強い武器を作る。
完成した武器を売る。
そして、そのお金でまた素材を買う。
気がつけば、戦闘よりも鍛冶をしている時間のほうが長くなっていた。
もちろん戦闘もできないわけではない。
ただ、俺には明確な好みがあった。
「やっぱり、異世界でも鍛冶ができるなら鍛冶がしたいです」
「……あなたらしいと言えば、あなたらしいですね」
アリステラは小さくため息をついた。
「では、次にステータスを決めます」
新しい画面が表示される。
力。
器用さ。
知力。
そして、いくつかの基本能力。
「自由に振り分けられるんですか?」
「ある程度は。ただし、異世界での身体能力に直接影響します」
ここはゲームと同じようだ。
鍛冶師なら、力と器用さが重要。
力がなければ重い素材を扱えない。
器用さが低ければ、細かな加工が難しい。
知力は魔法や魔力関連に関係する。
ゲーム時代の知識を思い出しながら、俺は考える。
普通なら、力に多めに振る。
だが――。
「力は1で」
「……はい?」
「器用さは5」
「…………」
「知力は4でお願いします」
アリステラが完全に固まった。
「……力、1ですか?」
「はい」
「鍛冶師ですよね?」
「はい」
「鍛冶には力が必要なんですが……」
「だからこそ、器用さを優先します」
俺は自信を持って答えた。
ゲームの鍛冶では、単純な力よりも作業の精度が重要だった。
それに、力が必要なら後からレベルを上げればいい。
俺にはゲームで鍛え上げた経験がある。
「それに、強い武器を作るなら、素材の扱いが重要です。力任せに叩けばいいわけじゃありません」
「……まあ、理屈としては間違っていません」
「ですよね」
「ただ、現実ではゲームと違って、重いものを持つためには本当に力が必要です」
「……そうなんですか?」
「そうです」
「…………」
そこで初めて、俺は少し不安になった。
ゲームでは、鍛冶に必要な能力値さえあれば、かなり無茶な作業でもできる。
だが、ここは現実だ。
もし、巨大な鉄塊を目の前に置かれて、
『力1なので持てません』
となったら――。
「……まあ、そのときはレベルを上げればいいか」
「前向きですね」
「ゲームでもレベル上げは基本でしたから」
次にスキルを決める。
ここは迷わなかった。
「魔法は全部取ります」
「全部ですか?」
「はい。火、水、風、土、光、闇」
せっかく異世界に行くのだ。
使えるものなら、使えるようにしておきたい。
「鍛冶師だから魔法を使わない、という理由もありませんし」
「……確かにそうですね」
アリステラが一つずつ確認していく。
火。
風。
土。
水。
光。
闇。
すべての属性が並んだ。
俺は満足して頷く。
「これでお願いします」
「分かりました」
続いて特殊技能。
ここでも俺は迷わない。
「鍛冶。それから採掘」
「この二つだけですか?」
「はい」
鉱石を採掘できなければ、鍛冶師としては話にならない。
素材を買うだけでもいいのだろうが、自分で採掘できたほうが絶対に便利だ。
「……本当に戦うつもりがないんですね」
「戦いますよ」
「え?」
「必要になったら」
「……必要になったら?」
「鍛冶師として生きるために必要なら、戦います」
アリステラはしばらく俺を見つめていた。
そして、諦めたように笑った。
「分かりました。では、勇者として必要な基本技能も付けておきましょう」
異世界言語。
そしてアイテムボックス。
「アイテムボックスは容量が大きいものにできますか?」
「かなり大きな容量にできます」
「時間停止は?」
「……できます」
「じゃあ、それで」
即答だった。
鍛冶師にとって、素材を保管できるアイテムボックスは非常に重要だ。
しかも時間が止まるなら、食料も素材も保存できる。
「これなら素材を大量に集めても大丈夫ですね」
「……あなたは本当に鍛冶が好きなんですね」
「はい」
そこだけは迷いなく答えられた。
魔王。
勇者。
異世界。
どれも俺にとっては初めてのものだ。
だけど鍛冶だけは違う。
ゲームの中で、俺が何千時間も積み重ねてきたものだった。
剣を作る。
防具を作る。
素材を探す。
失敗する。
成功する。
もっと良いものを作る。
その繰り返しが、俺は好きだった。
「じゃあ、最後に種族ですね」
アリステラが新しい選択画面を開く。
人族。
獣人。
ドワーフ。
エルフ。
その他にもいくつかの種族が並んでいる。
俺は迷わずエルフを指差した。
「エルフで」
「理由は?」
「鍛冶師だからです」
「……?」
「長生きできますよね?」
「ええ」
「だったら、長く鍛冶ができます」
俺は満足して答えた。
アリステラは、しばらく何も言わなかった。
そして――。
「……あなたは、魔王討伐より鍛冶をしたいのでは?」
「…………」
言われてみれば。
確かにそうかもしれない。
でも、それならそれでいい。
「強い武器を作れば、魔王を倒す人も楽になりますよね?」
「……そうですね」
「だったら問題ないです」
俺は胸を張った。
アリステラは苦笑しながら、最後の確認を始めた。
「それでは、これらの条件で異世界へ送ります」
「お願いします」
こうして俺は、異世界クラリアルへ向かうことになった。
――ただし
このときの俺は、まだ知らなかった。
自分が選んだ『エルフ』という種族が、普通のエルフではないことを。
そして、ゲームでは存在しなかったはずの能力が、俺自身にいくつも発現することを。
何より――
自分がこれから始める異世界生活が、ゲームの攻略知識だけでは到底説明できないものになっていくことを。
俺はまだ、何も知らなかった。




