第16話 ハリッサの剣
翌朝。
目が覚めて一番最初に考えたことは――。
剣を作った。
だった。
昨日、私はついに鍛冶師として剣を完成させた。
しかも普通の鉄ではなく、レッドミスリルから作った魔力鉄を使った剣だ。
鑑定結果では【魔力鉄の剣・KQ6】。
自分で作っておいて何だけど、KQ6ってかなり良い数字だったはず。
ゲーム時代なら、もっと上位の素材を使って大量の素材を消費し、何度も失敗してようやく作れるような品質だった気がする。
それを私は昨日、初めて作った。
……いや。
冷静に考えたら、凄くない?
私は鍛冶師を選んだけど、現実の鍛冶なんてやったことがない。
それなのにスキルのおかげで剣が作れてしまった。
ゲームと同じなら、今後は職業レベルを上げることで、もっと良い武器が作れるようになるはずだ。
つまり――。
「鍛冶師、最高……!」
思わず布団の上で小さくガッツポーズをした。
……しまった。
ここ、山の中だった。
気分が盛り上がったまま、私は急いで外へ向かった。
そこには昨日作った剣を手に持ったハリッサがいた。
朝から素振りをしている。
一回。
二回。
三回。
振るたびに空気が鳴る。
しかも、ただ力任せに振っているわけではない。
一見すると適当に振っているように見えるのに、剣の軌道がほとんどぶれない。
切り返しも速い。
足の動きも無駄がない。
昨日、剣を握ったばかりとは思えない。
……まあ、昨日の時点でシャベル二刀流を普通に使っていたんだけど。
「おはよう、アカリお姉ちゃん」
私に気付いたハリッサが、剣を下ろす。
「おはよう。朝から練習してたの?」
「うん。これ、凄く振りやすい」
「本当?」
「うん」
ハリッサは剣を見下ろした。
「軽い」
「そう?」
「でも軽すぎない。シャベルより速い」
「比較対象がシャベルなのが気になる……」
私は苦笑しながら近づく。
そして剣を見る。
昨日と同じ。
傷もない。
刃こぼれもない。
当たり前なのかもしれないけど、実際に自分が作った物を見ると不思議な気分になる。
「ちょっと貸してもらっていい?」
「うん」
ハリッサから剣を受け取る。
……重い。
私には普通に重い。
いや、持てる。
持てるけど、これを振り回すのは無理。
ハリッサが簡単そうに振っていたから、もっと軽いのかと思っていた。
「……これ、ハリッサだから使えるんじゃない?」
「そうなの?」
「私には結構重いよ」
「じゃあ、アカリお姉ちゃんには軽い剣を作ればいい」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間。
鍛冶師としての何かが刺激された。
「それだ!」
「?」
武器は強ければいい。
私はこれまでゲームでそう思っていた。
攻撃力が高い。
耐久力が高い。
特殊効果が多い。
数字が高いほど強い。
でも現実は違う。
使う人によって、合う武器と合わない武器がある。
同じ剣でも、力の強い人と弱い人では扱いやすさが違う。
体格。
腕力。
手の大きさ。
身長。
戦い方。
全部違う。
だったら――。
「武器にも装備者との相性があるのか……」
「アカリお姉ちゃん?」
「武器の研究をしよう!」
「……?」
また変な顔をされた。
ハリッサは最近、私を見る時に時々こういう顔をする。
たぶん、私の言っていることがよく分からないのだろう。
私も分からない。
でも、やってみたい。
「ハリッサ。この剣、もっと振ってみて」
「分かった」
ハリッサが少し離れる。
そして構えた。
一歩。
二歩。
踏み込み。
振り下ろす。
切り返す。
横薙ぎ。
突き。
その動きは、以前のシャベル二刀流とは少し違っていた。
シャベルの時は左右の武器を使って相手を翻弄していたけど、今は一本の剣だけで流れるように動いている。
まるで身体そのものが剣の使い方を覚えているみたいだ。
私は思わず【鑑定】を使った。
ハリッサ。
状態は問題なし。
でも――。
「やっぱり……」
「どうしたの?」
「何でもない」
鑑定して分かることは限られている。
ハリッサ自身が、自分でも知らない何かを持っている。
バレンティス剣術。
それだけは間違いない。
記憶がなくても、剣を持つと身体が動く。
それは、ちょっと不思議だった。
「ハリッサ」
「うん?」
「剣を持つと何か思い出す?」
「……少しだけ」
ハリッサの手が止まる。
「何を?」
「分からない」
「そっか」
「でも」
「うん」
「この剣を持ってると、安心する」
その言葉に、私は何も言えなかった。
記憶を失っていること。
どうして森にいたのか。
なぜ拘束されていたのか。
どうして一人だったのか。
何も分からない。
それでも、身体だけは何かを覚えている。
それなら――。
「じゃあ、その剣はハリッサのだね」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう、アカリお姉ちゃん」
ハリッサが笑う。
それだけで、昨日徹夜してでも剣を作った価値があると思えた。
☆
さて。
ここからが鍛冶師の本番だ。
私は残っていた魔力鉄を並べた。
昨日の剣を見ながら、同じような物を作る。
……いや。
同じじゃダメだ。
まずは少し短くする。
そして少しだけ細くする。
重さも変える。
「【鍛冶錬成】」
魔力を流す。
素材が光る。
私は頭の中で形を思い描く。
刃。
柄。
鍔。
バランス。
前よりも細かく意識してみる。
すると――。
「できた」
一本の剣が完成した。
昨日の剣よりも少し短い。
持った感じも軽い。
「ハリッサ、試してみて」
「うん」
ハリッサが握る。
一回振る。
二回。
三回。
……そして首を傾げた。
「どう?」
「悪くない」
「悪くない?」
「でも、昨日のほうが好き」
「なぜ……!」
鍛冶師としてショックだった。
KQ6の剣を作って喜んでいたのに。
改良型が負けた。
数字では勝っているかもしれない。
けど、使う人にとっては違うらしい。
「昨日の剣は、振った時に手に戻ってくる感じがする」
「戻ってくる?」
「うん。こっちは速いけど、少しだけ軽すぎる」
「なるほど……」
私は剣を受け取る。
そして、もう一度見比べる。
見た目ではほとんど変わらない。
でも使った感覚は違う。
これは面白い。
「じゃあ、重さを少しだけ戻して……」
「アカリお姉ちゃん」
「何?」
「また作るの?」
「もちろん」
「何本?」
「……分からない」
「いっぱい?」
「いっぱい!」
「分かった」
ハリッサも楽しそうだった。
☆
それから、私は武器を何本も試作した。
短い剣。
長い剣。
細い剣。
少し厚めの剣。
柄を長くした物。
逆に短くした物。
刃の重心を変えた物。
ハリッサに一本ずつ試してもらう。
「これは?」
「普通」
「これは?」
「ちょっと使いづらい」
「これは?」
「嫌い」
「そんなはっきり……」
「これは?」
「好き」
「どこが?」
「振りやすい」
「なるほど」
「これは?」
「もっと好き」
「どうして!」
完全に武器試験会になっていた。
途中から私は紙を取り出して、試した剣について書き始めた。
重さ。
長さ。
柄の長さ。
重心。
振りやすさ。
ハリッサの感想。
……前世でこういう研究をしていたわけではない。
でもゲームなら装備品の比較表を作ったり、ダメージ効率を計算したりするのは好きだった。
現実でも同じなのかもしれない。
私の根っこには、やっぱりゲーム脳が残っている。
「……これなら装備比較表も作れるな」
私は小さく呟いた。
「アカリお姉ちゃん」
「何?」
「何か楽しそう」
「楽しいよ」
「そう」
ハリッサが笑った。
私も笑う。
戦うことは、今でも怖い。
冒険者になることも、魔王と戦うことも、本当なら怖い。
でも武器を作ることなら。
誰かが強くなるための武器を作ることなら、私にもできる。
それなら。
私が鍛冶師を選んだのは、間違いじゃなかったのかもしれない。
☆
昼になった。
「お腹空いた……」
私はその場に座り込む。
午前中ずっと鍛冶をしていたせいで、魔力もかなり消費している。
魔法を使うと疲れる。
鍛冶も魔力を使う。
つまり――。
「鍛冶師って結構大変だな……」
ハリッサは元気だった。
なんで?
「ハリッサは疲れないの?」
「少し」
「少し……」
「ご飯食べれば大丈夫」
「そういう問題なの?」
「たぶん」
たぶんで生きている。
この子、本当に八歳なんだろうか。
いや、私も他人のことは言えない。
ゲームの鍛冶システムを現実で再現しようとしている十歳児くらいの見た目のエンシェントエルフ。
どっちも大概だった。
「そういえば」
「うん?」
「私たち、かなり長いことこの鉱山にいるよね」
「うん」
「最初の目的はレッドミスリルを探すことだったけど……」
「見つけた」
「見つけたね」
「剣も作った」
「作った」
「じゃあ次は?」
「……」
私は考える。
目的を達成してしまった。
レッドミスリルを探す。
鍛冶師として武器を作る。
最初の目標だった剣も完成した。
だったら――次にやることは?
「……街に行こうかな」
「街?」
「うん」
「外に出るの?」
「そう」
「危ない?」
「たぶん危ない」
「じゃあ、私も行く」
「うん」
即答だった。
「ハリッサはいいの?」
「アカリお姉ちゃんと一緒に行く」
「……そっか」
嬉しかった。
でも同時に、不安もある。
この森の中と違って、街には人がいる。
冒険者もいるだろう。
商人もいる。
鍛冶師もいる。
当然、ハリッサのことを知っている人間もいるかもしれない。
それに、私自身もまだ異世界の常識を知らない。
ゲームと現実は違う。
だからこそ情報が必要だ。
「まずは街に行って、色々調べよう」
「何を?」
「鍛冶師のこと」
「うん」
「武器のこと」
「うん」
「素材のこと」
「うん」
「それから――」
私は一度言葉を止める。
「ハリッサのことも」
「私?」
「うん」
ハリッサは少し考えた後、頷いた。
「分かった」
「怖くない?」
「アカリお姉ちゃんがいるから」
「……そういうの、ずるいよ」
私は照れ隠しに顔を背けた。
その時だった。
――カン。
「……?」
何か音がした。
金属を叩いたような音。
私たちは顔を見合わせる。
――カン。
また聞こえた。
今度は少し遠い。
「ハリッサ」
「うん」
ハリッサが剣を握る。
私も魔力を集中させる。
音は、私たちが普段採掘している場所よりも、さらに奥から聞こえてくる。
「誰かいるのかな?」
「分からない」
「魔物?」
「……分からない」
でも。
この鉱山に入ってから、こんな音を聞いたことは一度もなかった。
――カン。
三度目。
そして今度は。
確かに――。
向こうから、何かが叩いている。
「……ちょっとだけ見てみる?」
「うん」
私はゆっくり立ち上がった。
街へ行く予定だったはずなのに。
どうしてこうなるんだろう。
でも――。
未知の場所。
未知の素材。
そして新しい鍛冶。
そう考えると。
私は少しだけ、ワクワクしていた。
「行こう、ハリッサ」
「うん、アカリお姉ちゃん」
私たちは音のする鉱山の奥へと歩き始めた。
――その先に何があるのか。
この時の私は、まだ知らなかった。




