第15話 鍛冶師の修行は、剣を壊すこと?
ハリッサが選んだ大剣を、俺はもう一度眺めた。
【赤晶石の大剣・KQ4・アカリ】
六本作った試作剣の中から、ハリッサ自身が選んだ一本。
持ち上げたときの感覚。
振ったときの速度。
身体への負担。
そして、バレンティス剣術との相性。
それらを考えると、確かにこの大剣が一番合っている。
「これにしよう」
「うん!」
ハリッサは嬉しそうに大剣を握った。
ブォンッ!
一振りするだけで、空気が震える。
「……やっぱり重そうだな」
「そうかな? ちょうどいいよ」
「俺が持ったら、たぶんまともに振れないだろうな」
「アカリお姉ちゃん、持ってみる?」
「いや……やめておく」
自分のステータスを思い出す。
力は、まだそれほど高くない。
対してハリッサは、二か月前とは比べものにならないほど強くなっている。
「俺が使うなら、もっと軽い武器じゃないと無理かな」
「じゃあ、私が使う!」
「うん。だから、それは元々ハリッサ専用の剣だしね」
そう言うと、ハリッサは大剣を大事そうに抱えた。
「私専用の剣……」
「そう」
「壊したくない」
「……」
その言葉に、俺は少しだけ考えた。
そして――。
「じゃあ、これから壊そうか」
「え?」
ハリッサが固まった。
「……壊すの?」
「うん」
「この剣を?」
「いや、これはまだ使わない」
俺は別の赤晶石の剣を取り出した。
「こっちを壊す」
「……剣を?」
「そう」
ハリッサは剣と俺を交互に見る。
明らかに困惑していた。
「どうして?」
「鍛冶のスキルを上げるため」
「剣を壊すと、鍛冶のスキルが上がるの?」
「正確には、武器を作って、使って、壊して、また作る」
俺は説明する。
「ゲームでは、こういう方法が一番効率がいいんだ」
「ゲーム……?」
「うん」
ハリッサは少し考えた。
「でも、剣は壊れたらなくなるよ?」
「まあ、無くなりはするけど、大丈夫」
「大丈夫?」
「金属精製で素材に戻せるから」
俺は以前に拘束具を鉄へ戻したときのことを思い出した。
「壊れた剣でも、素材として再利用できる。少しだけロスはあるけどね」
金属精製で再利用すると、およそ三パーセントほどの損失が出る。
つまり完全に元通りというわけではない。
それでも、普通に考えれば十分すぎる。
「だから、何本壊しても大丈夫」
「……」
ハリッサは黙って剣を見つめている。
「どうしたの?」
「剣を壊すの、嫌」
「え?」
予想していなかった。
俺にとって武器は道具だ。
性能が落ちれば作り直す。
壊れたなら素材に戻す。
そして、もっと良いものを作る。
ゲームでは、それが当たり前だった。
でも――。
「大事にしたい?」
「うん」
ハリッサは赤晶石の大剣を撫でた。
「アカリお姉ちゃんが作ってくれたから」
「……」
なんだろう。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
俺は鍛冶師として、武器を性能でしか見ていなかったのかもしれない。
いや。
ゲームだったから、それでよかった。
ゲームの武器には、ゲームの価値観がある。
でもここは現実だ。
目の前にいるハリッサにとって、この大剣はただの装備品ではない。
俺が作った。
自分が選んだ。
そして、これから一緒に戦う武器だ。
「……そっか」
俺は少し考えてから笑った。
「じゃあ、この剣は壊さなくていいよ」
「本当?」
「うん」
ハリッサの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、別の剣をいっぱい作る」
「いっぱい?」
「うん」
俺は胸を張った。
「俺は鍛冶師だからね」
素材ならある。
赤晶石もある。
鉄もある。
鉱山もある。
そして――。
作るためのスキルもある。
「だから、ハリッサは気にせず使っていい」
「壊れても?」
「壊れてもすぐに作るからさ、気にせず使って」
「本当に?」
「本当に」
俺は笑った。
「……分かった!」
ハリッサは納得したらしい。
大剣を握り直した。
「じゃあ、これで戦う!」
「そうしよう」
俺はハリッサにもう一度大剣を渡した。
そして、自分は新しい剣を作る。
素材を取り出す。
魔力を流す。
形を思い浮かべる。
鍛冶錬成。
魔法陣が一瞬だけ浮かび上がり、赤晶石が形を変えていく。
完成した剣を鑑定する。
【赤晶石の剣・KQ2・アカリ】
「よし」
もう一本。
【赤晶石の剣・HQ9・アカリ】
さらに一本。
【赤晶石の大剣・KQ3・アカリ】
「……楽しい」
気づけば、俺は夢中になっていた。
作る。
使う。
壊す。
素材に戻す。
また作る。
ゲームでは当たり前だった作業。
でも、現実でやると全然違う。
自分の手で素材を加工して。
自分の魔力を流して。
形を作って。
そして、それを誰かが使う。
「鍛冶師って……面白いな」
「アカリお姉ちゃん、楽しそう」
「うん!」
俺は即答していた。
「すごく楽しい!」
こうして、俺たちは再び鍛錬を始めた。
ハリッサは作った武器を使い、俺は壊れた武器を回収する。
そして金属精製で素材に戻し、再び武器を作る。
何度も。
何度も。
効率だけを考えれば、これ以上ない鍛冶の修行環境だった。
……ただし。
俺は一つ、大事なことを忘れていた。
ここはゲームではない。
そして、俺が作っている武器を使っているのは――。
規格外の怪力少女だ。
数日後。
「アカリお姉ちゃん!」
「なに?」
「これ、壊れた!」
ハリッサが持ってきた大剣を見る。
刀身の中央付近に、大きな亀裂が入っていた。
「……」
俺は固まった。
「えっと……どれくらい使った?」
「一時間くらい!」
「一時間……」
俺は大剣を鑑定する。
品質は、すでに大きく落ちている。
そして、耐久力もほとんど残っていない。
「……やっぱり、ハリッサの力に耐えられないか」
「ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいよ」
俺は壊れかけた大剣を受け取った。
「むしろ、すごいデータが取れた」
「データ?」
「この素材と、この品質なら、ハリッサの攻撃に一時間くらい耐えられる」
ゲームでは数字として表示されていた耐久値。
でも現実では、実際に壊れるまで使わないと分からない。
「……もっと丈夫な武器が必要だ」
俺は壊れかけた大剣を見つめた。
赤晶石。
魔力との相性はいい。
軽い。
スキルも付与しやすい。
だけど――。
「硬さが足りない」
ハリッサには、もっと硬い素材が必要だ。
それに、もしデュランダルのような敵と戦うなら。
今の武器では、また簡単に破壊される可能性がある。
「もっと強い武器を作らないと」
俺は拳を握った。
そのためには――。
もっと強い素材が必要だ。
そして、もっと高い鍛冶技術も。
鉱山の中で、俺の鍛冶への熱はさらに強くなっていった。
★
一方、その頃。
女神界では
「……」
アリステラは、目の前に映し出されたアカリの姿を眺めていた。
「まだ鉱山にいる……」
召喚してから、かなりの時間が経っている。
普通なら、そろそろ街へ向かっていてもおかしくない。
勇者として召喚したのだから。
街へ行き。
情報を集め。
他の勇者と合流し。
魔王討伐への準備を進める。
それが普通だ。
「なのに……」
アカリは鉱山にいる。
しかも。
「鍛冶をしている……」
アリステラは額を押さえた。
「勇者よね?」
もちろん、勇者である。
使命も説明した。
魔王を討伐してほしいとも伝えた。
なのに――。
「どうしてこうなったのかしら……」
アカリが武器を作る。
ハリッサが武器を壊す。
アカリがまた武器を作る。
ハリッサがまた壊す。
「……」
しばらく眺める。
「効率だけなら、ものすごくいいのよね……」
アリステラにも、それは分かる。
武器を作る。
壊す。
素材を再利用する。
また作る。
鍛冶師としての成長効率だけを考えれば、確かに合理的だ。
しかし――。
「そもそも……」
アリステラはアカリの使っているスキルを見る。
【鍛冶錬成】
「そんなスキル、私は知らないんだけど……」
鍛冶に関する一般的な錬成技能なら存在する。
しかし、それは高度な魔法陣を必要とする。
大量の魔力と時間も必要だ。
それを――。
「一瞬で?」
アカリは魔法陣をほとんど意識することなく武器を作っている。
魔力を流す。
形を思い浮かべる。
完成。
「……」
アリステラは沈黙した。
「私が知らないスキルを、どうしてこの子が持っているの?」
答えは出ない。
そして、それ以上に不可解なことがある。
「エンシェントエルフ……」
本来、アカリには普通のエルフの肉体を与えるつもりだった。
それなのに、誕生したのは存在しないはずの古代種。
さらに、アカリのアイテムボックスには、使っても補充されるという不可思議な現象まで起きている。
「……本当に、あなたは何者なの?」
アリステラは、遠く離れた世界にいる少女を見つめる。
アカリはそんな視線に気づくことなく――。
「次は、もっと丈夫な剣を作ろう!」
楽しそうに鍛冶を続けていた。
◇
「アカリお姉ちゃん!」
「なに?」
「次は、もっと大きい剣がいい!」
「え?」
ハリッサが目を輝かせている。
「もっと大きい?」
「うん!」
「……」
俺は少し考える。
そして――。
「いいね」
鍛冶師として。
俺は、新しい課題を見つけた。
もっと硬く。
もっと強く。
もっとハリッサの力に耐えられる武器を。
そのためには――。
この鉱山だけでは、足りないかもしれない。
俺は、まだ見ぬ鉱山のことを考え始めていた。




