第12話 アカリの考えた、ちょっとおかしな修行法
あれから――一週間。
俺たちは、相変わらず森の中を歩いていた。
「……やっぱり広いな、この森」
「広いね!」
「景色が全然変わらないんだけど」
「そう?」
「そうだよ!」
俺は何度目か分からないため息を吐いた。
木。
草。
木。
草。
たまに岩。
そして――。
「グルルル……」
「あ、また来た」
狼。
「アカリお姉ちゃん、どうする?」
「ハリッサに任せる」
「うん!」
ハリッサが嬉しそうに頷く。
そして両手にシャベルを構えた。
「…………」
もう、この光景にも慣れてしまった。
最初は「なんでシャベル?」と思った。
次は「なんで二本?」と思った。
今では――。
「ハリッサ、右から来るよ」
「分かってる!」
シュッ!
ドンッ!
一匹目の狼が吹き飛ぶ。
続いて二匹目。
ドンッ!
そして三匹目。
ドンッ!
ものの数秒で戦闘終了。
「終わったよ!」
「うん。お疲れ様」
「次は?」
「次がある前提なの?」
「この森、いっぱい動物いるから」
「……まあ、そうだけど」
本当に強い。
狼だけじゃない。
森を歩いていれば、猪や大きな角を持った獣まで襲ってくることがある。
でも――。
ハリッサは全部倒した。
しかも、ずっとシャベル二刀流で。
「……剣術って、何でも武器にできるんだな」
「バレンティス剣術だからね」
「いや、それって本当にそういうものなの?」
「分からない」
「分からないんだ……」
記憶はない。
でも身体は覚えている。
ハリッサは、自分がどうやって戦っているのか説明できない。
それなのに、実際の動きは見事だった。
踏み込み。
間合い。
体重移動。
攻撃のタイミング。
全部が自然だった。
しかも――。
「また強くなってる」
「そう?」
「うん」
一週間前とは明らかに違う。
最初に狼を倒したときより、シャベルを振る速度が速い。
力も強い。
そして何より、動きに余裕が出ている。
俺にはステータス画面が見えている。
でも、ハリッサには見えない。
レベルアップの音も聞こえない。
だから本人は、自分がどれだけ成長したのか分からないらしい。
「自分が強くなってるって、分からないの?」
「うーん……」
ハリッサは少し考えてから、シャベルを握り直した。
「前よりシャベルが軽いよ」
「……」
それだけで判断してるんだ。
でも、分かりやすい。
「まあ……確かに強くなってるな」
「じゃあ、もっと強くなれる?」
「なれると思う」
「じゃあ、いっぱい倒す!」
「ほどほどにね」
そんな会話をしながら進んでいると――。
ピロン。
「……え?」
聞き慣れた音がした。
【レベルが上がりました】
【レベル11→レベル12】
「レベル十二……」
俺は足を止めた。
ここ一週間、ハリッサと一緒に戦ってきた。
もちろん俺自身は、ほとんど何もしていない。
攻撃するのはハリッサ。
俺は後ろで見ているだけ。
それなのにレベルだけはどんどん上がる。
「やっぱりパーティーってすごいな……」
ゲームでも便利だった。
でも、現実で使うとさらに便利だ。
しかも――。
「力も少し上がってる」
俺は自分の手を見る。
少し前まで、持ち上げることすら難しかったものがある。
近くの岩のそばに立てかけていた、一本のつるはし。
女神からもらったものだ。
「……ちょっと持ってみようかな」
「持てる?」
「たぶん」
俺はつるはしの柄を握った。
「よいしょ……」
持ち上げる。
「……お」
持てた。
以前はびくともしなかった。
「持てる!」
「すごい!」
「レベルってちゃんと身体に影響するんだな」
思わず笑ってしまう。
少しずつだけど、確実に強くなっている。
「これなら……」
俺は森の向こうを見る。
「そろそろ戻れるかもしれない」
「どこに?」
「鉱山」
「鉱山?」
「そう。前にいたところ」
俺たちは、再び赤晶石――レッドミスリルの鉱山へ向かった。
森を抜ける。
見覚えのある景色。
そして――。
「……あった」
懐かしい。
俺が何か月も鍛冶をしていた場所。
何度も採掘し。
何度も金属を精製し。
何度も道具を壊した場所。
「帰ってきたね」
「うん!」
ハリッサも嬉しそうだ。
でも、ここで俺には一つ問題があった。
「……剣がない」
「シャベルならあるよ」
「いや、それはもう分かってる」
俺はハリッサを見る。
両手にシャベル。
完全に武器として認識している。
「ハリッサ」
「うん?」
「ちょっとお願いがある」
「なに?」
「シャベル、壊してくれない?」
「…………」
ハリッサがシャベルを見る。
次に俺を見る。
「壊すの?」
「うん」
「武器なのに?」
「うん」
「もったいなくない?」
「普通はね」
ここからが、俺のゲーム脳の出番だ。
ファイナルオンラインには――。
武器が壊れたとき、その使用者の武器系スキルに特殊な経験値が入ることがあった。
もちろん、普通に戦っていても上がる。
でも、耐久力の低い武器をわざと壊していけば、効率よくスキル経験値を稼げる。
プレイヤーの間では、ちょっとした有名なやり方だった。
「成金プレイ……」
「なにそれ?」
「いや、こっちの話」
俺はシャベルを一本渡す。
「硬い岩に思い切り叩きつけてみて」
「分かった」
ハリッサはシャベルを持ち上げる。
「えいっ!」
ガンッ!
金属音が鉱山中に響いた。
「もう一回!」
ガンッ!
「もう一回!」
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
「……」
俺は黙って見ていた。
ものすごい勢いだ。
普通なら何度か使えば壊れる程度の道具。
でも――。
「全然壊れないな……」
おかしい。
これでは想定していた効率にならない。
「ハリッサ」
「なに?」
「ちょっと待って」
俺は道具を一度アイテムボックスへ戻した。
そして、以前から少し気になっていたことを確かめる。
「そういえば、この道具……」
俺はつるはしを取り出す。
見た目は普通。
どこからどう見ても、ちょっと安そうなつるはしだ。
女神からもらったときも、特別な説明はなかった。
俺は鑑定を使う。
――【鍛冶鑑定】。
鍛冶に関するものなら、通常の鑑定より細かく見ることができる。
以前なら分からなかったことも、今なら分かる。
「……え?」
表示された文字を見て、俺は固まった。
「ゴッド……クオリティ?」
もう一度見る。
間違いない。
「ゴッドクオリティ……?」
女神からもらったつるはし。
シャベル。
採掘道具。
全部――。
神品質。
「…………」
俺の頭の中で、何かが壊れた。
「いやいやいや」
ゲームの中でもゴッドクオリティなんて、普通に手に入るものじゃない。
神話級。
完全に別格。
なのに――。
「なんでこんなものを、女神は普通の道具みたいに渡したの?」
考えれば考えるほど分からない。
しかも。
「これ……壊せるのか?」
ゲームでは。
ゴッドクオリティの道具を、こんな方法で壊すことなんてできなかった。
少なくとも俺の知っているファイナルオンラインでは、神品質の道具は特殊な扱いだった。
そもそも――。
こんな使い方をするプレイヤーはいない。
「いや……」
俺はハリッサを見る。
「いるな」
目の前に。
神品質のつるはしを。
両手で振り回して。
岩に叩きつけている八歳の少女が。
「ハリッサ」
「うん?」
「もう一回やってみて」
「いいの?」
「いいよ」
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
「……」
やっぱり頑丈だ。
壊れない。
ということは――。
もしこの道具を本当に壊すことができたなら。
相当なスキル経験値が入る可能性がある。
そして、もし壊れたとしても。
「……金属精製で戻せばいい」
神品質だろうが何だろうが、俺には金属精製がある。
壊れた道具を素材へ戻す。
素材になれば、また新しい道具にできる。
ゲームと現実が同じなら、これはかなり効率がいい。
いや。
「ゲームより効率いいかもしれない」
俺は思わず笑った。
ゲームでは。
武器や道具を壊すには、それだけ資金が必要だった。
だから、一部のプレイヤーは金を湯水のように使って大量の武器を壊していた。
それが通称――。
成金プレイ。
でも、今の俺には違う。
「材料は採れる」
鉱山がある。
「壊したものは再利用できる」
金属精製がある。
「しかも、この道具……神品質」
さらに。
「使っても補充される」
アイテムボックスの異常な補充機能。
つまり――。
「もしかして……」
俺は自分でも呆れるほど自然に、その結論へたどり着いた。
「最強のスキル上げ環境じゃないか?」
「アカリお姉ちゃん?」
「なに?」
「うれしそう」
「うん!」
たぶん今の俺は、かなり嬉しそうな顔をしている。
だってそうだろう。
鉱山がある。
素材がある。
道具がある。
壊しても再利用できる。
そして――。
「ハリッサ!」
「うん!」
「もっと壊そう!」
「分かった!」
ハリッサが笑顔でつるはしを構えた。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
鉱山に、再び金属音が響き始める。
――こうして俺たちは。
魔王討伐どころか町へ行くことすら忘れて。
神品質の道具を使った、異世界では誰も知らない奇妙な修行を始めることになった。




