第6話
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2階の贅沢な応接サロンへと案内された二人の前に、マダムはさっそく、今社交界で大きな注目を集めているという最新のドレスデザインを3種類、丁寧に広げて見せた。
「ルシアン様、こちらが現在、王都の夜会で大変な流行となっておりますデザインでございます」
1つ目は、幾重にも重なった豪奢なフリルとレースが波打つ、いかにも貴族の令嬢らしい華やかなドレス。
2つ目は、流れるようなドレープが美しい、古典的なシルエットの気品あるドレス。
そして3つ目は、装飾を極限まで削ぎ落とし、生地そのものの光沢とカッティングの美しさで魅せる、すっきりとしたモダンなドレス。
マダムはエレノアの白い肌にさまざまな宝飾品を当てて見せながら、どの組み合わせが最も美しく映えるかを熱心に説明していく。ルシアンは腕を組み、ふむ、と眉をひそめてそれらをじっと見つめた。
ルシアンは少し考え、ひとつの答えを導き出した。
「マダム、少し提案があるんだ。エレノアの雰囲気や顔立ちには3つ目のドレスが1番合うと思う。だけど、ドレスのデザインから選ぶのじゃなくて、先に宝飾品の好みを決めて、そこから逆算してドレスの形を絞り込んだ方が、全体の調和が綺麗に整うんじゃないかい?」
その言葉に、マダムは「まぁ」と嬉しそうに目を丸くした。
隣に座っていたエレノアもまた、驚いたように菫色の瞳をパチパチと瞬かせる。
「ルシアン様……それは、非常に合理的なアプローチですわ。全体のバランスを崩さずに価値を最大化する素晴らしい視点です」
いつも数字の正しさを求めるエレノアから、感心したような、そしてどこか誇らしげな視線を向けられ、ルシアンは胸の奥が少しくすぐったくなるのを感じた。女の子を褒めることには慣れていても、こうして自分の意見でエレノアを喜ばせられたことは、なぜか格別に嬉しかった。
「それから、宝飾品の石なんだけど、もしエレノアが嫌じゃなければ…………トパーズはどうかな」
ルシアンはエレノアの手を優しく取って優しく握りこんだ。伺うように、まるで懇願するように両手で優しく包みこむその手首には、エレノアがあげたトパーズのカフスがきらりと光る。
「…………ええ、トパーズ、とても綺麗だと思います」
エレノアはルシアンの真っ直ぐ見つめる瞳から目を逸らし、呟くように答える。その頬は僅かに桃色に染まっていた。
そこからはトントン拍子に話が進み、ルシアンの鋭い美的センスとエレノアのシンプルな好みが完璧に噛み合った、極上のオーダーメイドドレスの仕様が決定した。
◇
「ふぅ、面白かった。ドレス作りって、あんなに細かく決めていくものなんだね」
「ええ。ですがルシアン様のおかげで、通常よりもずっとスムーズに決まりましたわ」
ブティックを後にした二人は、エレノアの「他のお店も視察する」という予定に合わせ、王都の街へと繰り出した。ルシアンにとっては、もはやこれは仕事の巡回などではなく、完全に楽しいデートの心地だった。
最初に訪れたのは、ルシアンが先日手土産を買った、あのシックな佇まいの茶葉店。その隣には新しく併設されたばかりだという、落ち着いた雰囲気の姉妹店のカフェがあった。
二人は窓際の席に腰を下ろし、エレノアの商会が新たに売り出そうとしているという「焼き菓子と紅茶のペアリング」を体験することになった。
「ルシアン様、こちらの少し塩気のあるバタークッキーには、このダージリンのセカンドフラッシュが最適なのですわ。お菓子の油分をお茶の渋みが綺麗に流して、香りが引き立ちますでしょう?」
「本当だ。全然違うな……! じゃあ、こっちのレモンタルトには?」
「そちらには、このアッサムのミルクティーを。酸味とミルクのコクが互いを引き立て合いますの」
エレノアはいつになく楽しそうに、けれど上品に解説してくれる。ルシアンは「へえ!」と声を上げながら、自分のカップと彼女のカップを交換して、新しい味の発見に目を輝かせた。他の女性とお茶をするときは、いつも自分が相手を楽しませるお喋りに終始していたのに、エレノアと過ごす時間は、ただ並んで新しい体験をしているだけで、驚くほど心が軽くなっていく。そんな新体験もルシアンの気持ちを明るくさせたのだった。
次に二人が向かったのは、エレノアの商会の原点でもある、良質な綿を使った部屋着を扱う専門店だった。
ルシアンは店内に並ぶ柔らかな生地を見渡しながら、ドレス作りで少しだけ分かった気がした「エレノアの好み」を誇らしげに披露してみせる。
「エレノア、このすっきりとしたストレートラインのシミューズなんて、君がすごく好きそうなデザインじゃないかい?」
すると、エレノアはふっと優しく微笑み、やんわりと首を横に振った。
「ふふ、お惜しいですわ、ルシアン様。確かにそちらのデザインも美しいですが、部屋着として身につけるものは、就寝時の寝返りによる摩擦の計算や、寝汗の吸収効率を考慮しなければなりません。ですから私は、あちらの少しゆったりとしたギャザーのある仕立ての方を好みますの」
「あちゃ、外れたか。衣服の目的によって、好みの計算式も変わるってわけだね」
ルシアンは苦笑しながらも、自分の知らないエレノアの一面をまたひとつ教えてもらえたことが、なんだか無性に嬉しかった。
◇
王都の街を巡り、気がつけば空は美しい夕焼け色に染まっていた。
伯爵家の白亜の玄関口までエレノアを送り届け、ルシアンは足を止める。
「今日は突然押しかけたのに、1日付き合ってくれてありがとう、エレノア。君の仕事を見られて、すごく楽しかったよ」
ルシアンは心からの笑みを浮かべ、彼女の手を取って、その甲へそっとお礼のキスを落とした。
いつもの「正しい規律の挨拶」のはずなのに、ルシアンの蜂蜜色の瞳には、これまでになく温かく、名残惜しそうな光が灯っている。
「いいえ。私の方こそ、ルシアン様とこうして街を歩くのは……その、新鮮で、とても有意義な時間でしたわ」
エレノアは小さく微笑み、菫色の瞳を微かに揺らした。その白い頬は、夕日の光のせいだけではなく、ほんのりと可愛らしい色に染まっている。
お互いに見つめ合い、どこか名残惜しさを残したまま別れの言葉を交わす。
馬車に乗り込み、遠ざかる伯爵家の門を見上げながら、ルシアンは自分の胸の奥をそっと手で押さえた。
(楽しかったな……。早く、あのドレスを着たエレノアと、夜会に行きたい)
それは、これまで「義務の未来」でしかなかった婚約者との時間が、ルシアンの中で、何よりも待ち遠しい「特別な未来」へと変わった、決定的な瞬間の夜だった。
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