第14話
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王都の格式高い夜会。きらびやかなシャンデリアの下、ルシアンの周囲には、いつもと変わらず華やかに着飾った令嬢たちが群がっていた。
彼にしてみれば、これは日常の風景だった。これまでは「女の子に恥をかかせてはいけない」という彼なりの紳士の流儀に従い、どんな誘いも笑顔で受け入れ、楽しませてきた。
しかし、今のルシアンの胸を満たしているのは、底なしの焦燥感と恐怖だけだった。
(あと、147日……ぼんやりしてるうちにあれから2日も経ってしまった……。あと、145日…………)
頭の片隅で、エレノアから突きつけられたあの冷徹な数字が、心臓を直接掴むように脈打っている。
なぜそんな日数なのか、理由は全く分からない。あいつの愛想が尽きたのか、それとも別の政治的な要因なのか――ただ一つ確かなのは、エレノアのあの凍るような瞳も、実の父親の「承諾している」という冷酷な言葉も、すべてが本気だということだ。
半年もしないうちに、自分のあずかり知らぬところで、二人の婚約は完全に消滅する。
そこへ、社交界でも一、二を争う美貌で知られる伯爵令嬢が、扇を艶やかに揺らしながらルシアンの正面に立った。
「ルシアン様、今夜は一段と素敵なお姿ですわ。……よろしければ、この後のダンス、わたくしにお時間を分けてはいただけなくて?」
周囲の令嬢たちが嫉忑の視線を送る中、これまでのルシアンであれば、「喜んで」と極上の微笑みで手を取っていただろう。
だが、ルシアンは差し出された彼女の白い手を、見つめることさえしなかった。その蜂蜜色の瞳は、今まで社交界の誰も見たことがないほど、冷たく乾いた光を宿していた。
「ごめん。君と踊る時間はないんだ」
「え……?」
「それから、他の皆さんも。俺、もうこういう夜会で、婚約者以外の女の子と無駄なお喋りをするのは一切やめることにしたんだ」
静かだが、広い夜会会場によく通る声だった。
誘ってきた令嬢はプライドを粉々に砕かれたように目を見開き、周囲の貴族たちからも一斉に息を呑む音が漏れる。
「ル、ルシアン様……? そんな、どうなされたのですか? いつもあんなに優しくしてくださったのに……」
「今までは、俺のただの甘えだったんだよ」
ルシアンは自嘲気味に低く笑った。その脳裏に、これまでの自分の姿が醜悪なものとして次々と浮かんでは消える。
エレノアがデートの遅刻を秒単位で数えても、他の女と出歩く自分に文句を一つ言ってこなくても、それをすべて「俺への深い信頼があるからだ」と特大の勘違いをして、彼女の健気な沈黙を都合よく利用して、好き勝手していたのは他でもない自分だった。
「俺には、絶対に失いたくない婚約者がいるんだ。あいつを不安にさせるような不誠実な真似は、もう一秒だってしたくない。だから――これからは、俺を誘うのは一切やめてくれ」
ルシアンはそれだけ言い残すと、令嬢たちに背を向け、大広間を大股で去っていった。背後で大騒ぎになる社交界の喧騒など、もはやどうでもよかった。
◇
夜会の喧騒を抜け出し、夜風が吹き抜けるバルコニーへと辿り着いたルシアンは、手すりに両手をついて、深く、冷たい空気を吸い込んだ。
ドクドクと、うるさいほどの心拍数が耳の奥で鳴り響いている。
ルシアンは自分の手首に目を落とした。そこには、エレノアが彼の髪の色に合わせて仕立ててくれた、あの精巧なトパーズのカフスボタンが、月光を浴びて静かに輝いている。
(あいつらが何のために、どんな理由で婚約を終わらせようとしているのかなんて、もうどうでもいい。……ただ、絶対にそうはさせない)
理由が分からないなら、力ずくでその包囲網を暴き、ひっくり返すまでだ。そのためなら、自分に取れる手段は綺麗汚さに関わらず全て使う。
ルシアンは拳を強く握りしめ、胸の奥から湧き上がってくる圧倒的な感情の正体を、今度こそ明確に引きずり出した。
「俺は、エレノアと結婚したいんだ」
これまでは、「決められた未来」だから、いずれその時が来れば当たり前に結婚するのだと、他人事のように考えていた。
けれど、今は違う。
侯爵家の都合でも、伯爵家の都合でも、政略の義務でもない。
一人の男として、俺自身が、あいつを他の誰の元へもやりたくない。あいつを失うくらいなら、すべてを投げ打ったって構わない。
「ただの『広告塔』で終わらせてたまるか。エレノアのあの完璧な計算式を、俺が全部叩き割ってやる」
蜂蜜色の瞳に、これまでの調子の良い青年としての余裕は一切消え失せ、飢えた狼のような本気の光が灯っていた。ルシアンは、愛おしい婚約者を力ずくで引き留め、運命を覆すための、人生で最も泥臭い大反撃の計画を練り始めるのだった。
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