第11話
数ある作品の中からちらりと覗いてくださりありがとうございます。
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「ーーというわけだから、エレノアの店の茶葉を全種類、一箱ずつ持ってきちゃった」
「……はい?」
数日後の伯爵邸。ルシアンに急に呼び出されたエレノアは、応接間のテーブルの上にうずたかく積まれた色とりどりの茶葉の缶を前に、完全に呆気に取られていた。
ルシアンはといえば、蜂蜜色の瞳を少年のようにきらきらと輝かせ、自慢げに胸を張っている。
「いやね、この前の視察デートのときに、お茶のペアリングを教えてもらっただろ? あのとき思ったんだよ。俺の知名度を使って、新しく『カスタム・フレーバー販売』の事業を立ち上げるのはどうかなって」
「ルシアン様の、カスタム……?」
「そう。社交界の顧客が、自分の好みに合わせてお茶や香油のフレーバーを自由にカスタマイズ、なんと言えばいいのか……調香?して登録できる体験型ビジネスさ。まずは俺が自分でオリジナルのブレンドをプロデュースして、それを定番商品として継続販売する。……どうかな? マーケティング的にこれが香水、ヘアオイル、お茶のどれに一番刺さるかは、俺にはちょっと計算できないんだけど。新事業として、エレノアの商会で扱ってみる価値はあると思わないかい?」
ルシアンはそうまくし立てると、「だからさ、実際にやってみようと思って!」と、楽しそうに湯気の立つポットを用意し始めた。
エレノアは、完璧な淑女の仮面の下で、激しいパニックに陥っていた。
脳内の計算機が、ルシアンのあまりにも急激な「ビジネスへの歩み寄り」というバグを処理しきれずに火花を散らしている。しかも、彼が持ってきたアイデアは、顧客の独占欲を刺激する最高に合理的で強かなマーケティング手法だった。
(ルシアン様が……ここまで熱心に商売の仕組みを考えてくださるなんて……。)
エレノアが内心で必死にルシアンの突然の行動の謎解きをしている間にも、ルシアンの大奮闘は止まらない。
「ほら、エレノア。この爽やかなシトラスの茶葉に、君が好きなあのハーブの葉を少しだけ足して……。うん、これでどうかな?」
ルシアンは淹れたてのカップを、期待に満ちた目でエレノアに差し出した。
エレノアはそっと口をつけ、そのあまりにも完璧に自分好みへと調合されたお茶の優しく深い味わいに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……まぁ、ありがとうございます。とても素晴らしいブレンドですわ、ルシアン様。新事業の提案としても、十分に検討に値するポテンシャルを持っています」
内心のバクバクを必死に隠し、エレノアはいつものようにすました澄まし顔で、淡々と「合格点」を告げた。
すると、ルシアンはあからさまに「ちぇっ」と不満そうに唇を尖らせた。
「……エレノア、そこはもう少し、素直に大喜びしてくれてもいいんじゃないかい?」
「十分、嬉しいですわ。私の表情筋、いつもより動いているでしょう?30パーセントほど」
「はは、そういう理屈っぽいところだよ……」
ルシアンは呆れたように肩をすくめて苦笑した。
けれど、その言葉とは裏腹に、彼の胸にはじんわりとした温かい歓びが広がっていた。いつものように冷静で、いつも通りに数字をこねくり回す彼女の反応が、なぜかたまらなく愛おしく、そして心地よい。
(…………いつかエレノアを数字の言い訳もできないくらい、俺の手でめちゃくちゃに喜ばせてやれたらいいな)
このもどかしくも心地よい距離感に、ルシアンは深い充足感を感じていた。
これまでは「決められた義務」だった結婚という未来が、今やルシアンにとっては、「早く普通の夫婦になって、毎日あいつのこんな顔を見ていたい」と切望する、絶対的な約束へと変わっていた。
エレノアが、二年の猶予を終えて自分を「自由」にしようと完璧な計算を進めていることなど、このときのルシアンは、微塵も疑っていなかった。
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