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5話 餌と訓練場

 感動的に握手を交わした後、竜舎の中は、少し落ち着いて静かに戻った。

 カイランと二人きり。

「どこを見ていないと言っていたか。」

 彼は、気分が上がったら、どうやら言われていたことを忘れてしまったらしい。もう数分腕を組んで考え込んでいる。あまりに真剣そうな表情なので、声をかけていいものか悩んでしまう。

「放牧地を見て、ここへ来たので」

「なら、あとは訓練場ということか」

 カイランがやっと思い出したとばかりに手を叩く。パンと小気味のいい音がする。


 そして、ごつごつとした手を高くあげ、さっそく向かおうじゃないか、と一緒に歩き出した。改めて並ぶと、単に身長が大きいというのではなく、体格そのものが大きいためか、圧を感じるほどの熱気を持っていた。エルグは14歳男子としては平均的な身長で、決して小さいというわけでもないはずだ。


「ところでエルグといったか。君は、どこから来たんだ?」

 さりげなくドアを開けてくれ、小走りで軽く会釈しながら通ると扉を閉める音が背後で響く。これじゃあまるで女の子がエスコートされるようではないか。


「ミルダナです。東に行ったところです。」

「ミルダナか。俺でも聞いたことがあるな。遠かったんじゃないか」


 新鮮な外の空気を肺いっぱいに吸い込みつつ答える。故郷も綺麗なところだが、ここは田舎ではあるものの、山の麓というのもあり、空気が澄んでいる。

「首都カリネスよりももっと東に行かないといけませんからね」

「山を越えてきたのか。ミルダナというと、近くに湖があると聞いたことがあるな」


 感心したようになんどかうなずいた。ここへ来る道中は、高く険しいクレイアルトス山脈を登らなくてはならず、その険しい道のりに、なんどかあきらめそうになったことを思い出す。このところ雨が多いらしく、ぬかるんだ地面も相まって、これは行くなという警告なのではないかとすら思ったものだ。


「アウレナ湖という大きな湖がありますよ。澄んでいてとっても綺麗なんです。カイランさんにも見てもらいたいな。」

「ああ!いつか行ったときは案内を頼むぞ。」

 そりゃあいいな、と白い歯を見せた。


「そうだな。エルグ。君とはずっとここでやっていく仲間だ。俺のことは呼び捨てで構わないぞ。俺もそうさせてもらう」

「分かった。カイランさ、じゃなくてカイラン。」


 それでいいと頭を撫でられる。ドレイオにもやっていたので癖なのだろう。竜と関わりすぎて、人間の扱いも同じになっているのかもしれないと思うとかわいらしいと思えた。


 並んで歩いている歩幅が近くなり、やがてそろい始める。それが無性におかしくて、うれしい。


「ここが飼料庫だ。覗いてみるか?」

 竜舎のそばにある小さなトタンの倉庫を指さす。白い扉には「えさ」とダイナミックに太く書いてある。


 竜の食べ物と聞いて、真っ先に思い浮かべたのは肉だ。豪快に鋭い牙を使って貪っているのだろう。そうだとすれば、この倉庫の中身は。


「どうしたんだ。体調でも悪いのか?」


 黙り込んだエルグを心配してくれたらしい。顔色は普通だなと顔をのぞき込むのを慌てて止める。

「竜って肉を食べるよね。ということはこの中には沢山動物の肉が入っているのかなと思って。ちょっと怖がってただけ。」


 もしかすると死んだ動物がつるされているのかもしれない。いや、もしくはもっと野蛮な……


 カタコトになって「大丈夫」と言うと、カイランは大口を開けて笑い始めた。面白くてたまらないとばかりに。そして、ひとしきり笑うと、すまないと一言謝る。しかし、なおもこらえ切れないとばかりに扉をたたいた。


「竜は確かに肉を食べるぞ。だが、雑食だから実はなんでも食べる。この倉庫にあるのは専用の飼料と、牧草、乾燥肉と薬だけだ。驚かせたな。」


 怖がって損をした。確かに、毎日エサをやるたびに肉を与えていたらそれこそ金がかかる。あえてあのドレイオの言い方をまねればそういうことだ。


 扉が開くと、中には所狭しと並べられた名も知らないはじめましてのものばかり。餌なのだ、というのは理解はできるが。


「一度にどれくらい食べるの?」


 思わず聞くと、カイランは、そうだな、と少しあたりを見渡す。そして、言葉よりも見たほうが早いと結論付けたらしく、すこし中へ入っていった。奥までうず高くブロックのようになった草や袋に入った飼料が積まれている。


「大人の牝竜なら、一日100キロくらい食べるからな。」

 これくらいだ、とからだを広げて示してくれる。あまりにも多い量に圧倒された。牝、ということは牡はもっと食べるということなのだろう。やはり竜、恐るべし。


 夕方になったらエサやりも教えてくれるという。日が落ちたら竜舎に戻して餌をやるのだそうだ。

「重労働だが、それもすべて訓練になるからな。」


 人力で運んでいくのか、と絶句する。これはかなり先が思いやられる。それにしても、これからは覚えるべきことが多い。心身ともに充実した日々を送れそうだ。


「足元に気を付けろ。ここは数日の雨でぬかるんでいるぞ」

 倉庫を出ると、入口までの道から少しそれた階段へ案内された。警告されて足元を見ると、なるほど、確かに段差に泥が流れ込んでいていかにも滑りそうになっている。


「この先がさっき言っていた訓練場?」

 向きが変わった風が強く吹き付け、視界を遮る髪を押さえた。太陽の前を、それこそ飛ぶ竜のように。するすると雲が次々に流されていく。


「ああ、そうだ。もう少し行くと見えて来るぞ」

 急な階段を数段おり切り、さらに、木々に囲まれた道を進んでいく。囲まれているから入ってきた時に気づかなかったのだろう。


「結構離れたところにあるんだね」

 入口からも、竜舎からも離れている。これでは不便なのではないだろうか。大きなからだの竜を移動させるだけでも大変だろう、と思ってしまう。


「むしろ離しているんだ。訓練をしているところが放牧地と近いと他の竜が興奮して大変だからな。」

 それに、と伸びた木の枝をパキリと折って続ける。


「広い土地が必要っていうのが一番だな。そうしないと怪我をする。もちろん俺たちが、だ」


 地面に足をとられないように慎重に歩を進めていると、目の前が開けた。円形に切り開かれた広場のような場所が広がっていた。


「広い。ここ全部そうなの?」

「もちろんだ。ここがうち自慢の訓練場だ。カリネスの学校もここまで持っているのは少ないからな」


 誇らしげに説明する彼の瞳はキラキラとまるで小さな子供のように光っている。帝都の学校と言えば難関で知られ、竜乗りの試合でも上位を独占している強豪だ。そもそもが入学試験が狭き門であり、エルグでは背伸びしたって届かない、自分とは遠いところ。


 訓練場に眼を戻すと、丸いそれには何やら一本通路のような物が伸びていた。

「丸いところは競技をするエリアだよね。ならあの道は?」

 綺麗で、よく整備されているのが見て取れる。


「あれか。よく気づいたな。あれは竜が飛ぶ準備をする場所だ。竜は重いからな。」

「助走するってこと?」

「まあ。それが近いだろうな。息を整え、竜と同調し、ひとつになって駆けだす。それでやっと始まりってことだ。」


「竜も人間と似たところがあるんだね。人は飛べないけど。」


 すごいね、と褒めるとエルドさんの受け売りだけどなと照れくさそうにした。


 慣れない空気を取っ払おうとするように、そのためには筋肉をつけないといけないと彼が熱い筋肉愛を語り始めそうになった時。


 頬に冷たい何かが触れる。空を見上げると、晴れていた空はいつの間にか暗くなり、雲がよどんでいる。


「これはまずいな。」

 また雨が降り始めようとしていた。木の葉が風に吹かれて散っていく。


「また整備しないといけないってことだよね」

 雨が土に水玉模様をえがいていく。


「いや、違う。それもそうだが。一番は雷だ。この感じだと雷がなりそうだろ」

 確かに、と肯定する。


「大丈夫だ、まだ間に合う。

 その前になんとか竜を中に入れたいな。あいつら雷がなり始めるととんでもなくうるさくなるからな」


 そう言って汗と雨をぬぐう。


「手伝ってくれるな。新入りさん。」

 へたくそなウインクに、もちろん、と微笑んで見せた。


 走り出すと、背中越し遠くに雷鳴が小さく聞こえた。

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