4話 憧れの人
「メモ取っておけよ。これが寝床を綺麗にするやつで、こっちはエサ入れ。それでこっちは――」
「ちょっと待って。同じようなのあったけどこれは何?」
「話ちゃんと聞けよな。こっちは鬣を整える方だ。
そんなんでやっていけると思ってんのか。」
必死に書いていると、もう次の場所に移っている。急いで書いているせいで字は読めたものではない。
手元ばかり見ていると、足元の袋にかかとが引っかかる。イオの眉がわずかに動いた。視界がふっと傾き、立てかけてあった棒が石床に乾いた冷たい音を立てて転がる。
「ご、ごめん。あの、ほんとにわざとじゃなくて……すぐに直すから。」
「どんくさいな……ほら、棒をそこに立てかけろよ。倒すなよ。
……ったく。」
そう言うが、一応直してはくれる。あまりの自分のふがいなさに涙が出そうだ。
情けなく見上げると、心配するどころか竜舎の奥へ視線を向けている。あきれられただろうか。その意味を考える間もなく、のっそりとした重い足音が近づいてきた。
イオはわずかに眉をひそめた。 彼はその足音だけで、誰が来たのか察したようだった。
「おい。そんな言い方は無いんじゃないか、ドレイオ。新入りに教える、というのも立派な竜乗りを目指すならば必要なことだぞ。」
顔を上げると、手が差し出されていた。ドレイオではない、大きな手。
「大丈夫だったか。俺の名前はカイランだ。用があって事務所にいなくてすまないな。今日来たという新入りだろう。こいつが迷惑をかけたな。はははっ。悪い奴ではないから許してやってくれ。」
さっきの紹介の時、事務所にはいなかったはずだ。
ドレイオの肩をばんばん叩く様は、まるで主人公。幹のように太い腕に健康的に焼けた肌。本当に木のような背の高さ。小柄なドレイオは、年の離れた弟のようになされるままに肩を抱かれている。発光しそうなほどに陽の気をまとっている。
「ありがとう。その、僕はエルグです。よろしく。」
「ああっ!よろしくな!」
横でわしゃわしゃと髪を撫でられ遠くを見ている。先ほどまでの勢いの良さはどこかへ無くしてしまったようだ。してやったり。
これでは虎の威を借りる狐だが、ドレイオは見る限り逆らえないようなので少しこちらが優位に立っているということ。悪い気分ではない。
「カイラン、イリナはどこ行ったんだ。一緒にいたんじゃねえのか」
すっかり乱れた髪を苛立たし気に振っている。
「イリナか?見ていないぞ。ミレアなら放牧地へ行くのが見えたがな。」
「そうか。牧場をこいつに案内しろって言われてな。あとはここと訓練場だけなんだ。ちょうどいい、お前がやってくれ。俺は戻る。」
言うが早いが返事も聞かずに歩き出す。
「せいぜいうまくやるんだな。」
そう言い残すと、イオはポケットに手を突っ込んで余裕の面をしてさっさと逃げていった。
……押し付けて逃げたな、あれは。
「まいったな……まあ、気にするな。
イオはああ見えて、ちゃんとお前のこと気にしてるからな!」
カイランが豪快に笑う。自分とは違う種類の人間だと分かる。
その笑い声は、さっきまでの気まずい空気をぱんと打ち破るように軽快だ。
「ほら、顔を上げろ。ここに来たってことは、もう仲間なんだ。困ったら言えよ。俺はいつでも力になるからな!」
カイランは、太陽みたいに眩しくて、温かくて、見ているだけで胸の奥が軽くなる。物語の主人公と言われても納得してしまう。
「まずは体を鍛えるといいぞ。今の軟弱な体では竜に舐められてしまう!」
俺が教えてやるからな、と豪快に笑う。
「軟弱って。でもお手柔らかにおねがいします」
「おう!手加減は苦手だが任せろ!」
筋肉と思考が戦って思考が負けてしまったような、すこし残念なところがあるが、そのマインドは見習いたい。常に向上心を持つことが大事なのだという恩師の言葉を思い出す。
「心配するな。すぐにお前もビッグな男になれるからな。改めて、ここへようこそエルグ。 一緒に帝国一の竜乗りを目指そうじゃないか!」
そう言って差し出された手は、大きくて、迷いがない。エルグは深呼吸してカイランを見上げる。しっかりと背筋を伸ばしてその手をとる。
あの人は確実に英雄だった。背中から、目が離せなかった。
そうだ。竜乗りになるために。一番の竜乗りに。あの日あこがれたあの人のように。
ただ見ているだけの自分で終わりたくない。
がっちりと握手を交わした。まるで新しい仲間を歓迎するように、 竜の鳴き声が雷鳴のように奏でられていた。
お読みいただきありがとうございました。おそらく、次回の更新はまたすこし間が空いてしまいます。




