3話 呼び名
お互い無言のまま、砂利の擦れる音だけが聞こえる。
視線をさまよわせていると、日が傾きつつあり、真っ赤に燃えるような夕陽が遠くに見えた。一緒に歩く相手が違えばもっと感動できたかもしれないが、残念だ。
「なんて呼べばいいかな。ドレイオ君?」
少しもこちらを見ようとしない。会話する気がまったく無い。
それ以前に、仲良くできるような言動でも行動でもないが、
このままの空気で広い牧場を二人きりで回るのは気が重い。
「レイ?レオ?ドレだとちょっと違うよね」初めてドレイオが足を止めて振り返る。
「なんて呼んだらいいかなって、思って。」
黒曜石のように光る髪が、冷たい風になびいた。
「嫌だったらもちろんやめるけど。僕は君ともっと話せたらいいなって――」
ドレイオの口元が、ほんのわずかに弧を描いた……ような気がした。
「好きにしろよ。……変な呼び名つけたら竜舎の掃除はお前がやれよ。」
「じゃあ、イオ。イオはどう?」
返事はない。
だが、歩く速さが心なしか遅くなっていた。
気に入った、ととらえていいのだろうか。
「センスねえな。……まあ、悪くねえけど。掃除は手伝ってやるよ。」
さらっと押し付けられている気がするが、もともとお前の仕事だろう、という言葉はこの際飲み込んでやる。
が、ここは前向きにとらえるのだ、エルグ。手伝うと言っているあたり、本当に気に入ったのかもしれない。
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再び沈黙が訪れる。なかなか話題が浮かばずにいると、ドレイオはしきりに草原の方を見て、真剣な表情で髪をいじっている。
「どうして、竜乗りになろうと?」
小石を蹴りつつ、どうしても気になってしまって聞いてみることにした。
「特に理由はねえ。お前はどうなんだ。」
昔見た竜のことを思い出す。息をぴったり合わせて飛んでいた。しなやかで、力強かった。
「あこがれたからかな。昔見て、自分もこうなりたいって思ったから。」
それまでは、縁のない世界で、どうせ自分には無理だと、ずっと思っていた。はなからあきらめていたのだ。平凡な自分がいる場面を想像できなかった。
「ありきたりで単純な理由だな。」
「でも、本気だよ。でも、あの時の自分じゃ、手を伸ばしても届かなかったけど。」
イオはそうかよ、とだけ言った。そっけない言葉とは裏腹に、その言い方はどことなく優しかった。彼にもあこがれている人がいるのだろうか。
石畳に切り替わった道をコツコツと踏み鳴らして歩いていると、左手に柵で囲まれた青々とした草原があった。そこで、2頭の竜が寝転がったり、草をはんだりと思い思いに過ごしている。
「やっぱりかっこいいな。」
ごつごつとした四肢。長い尾が機嫌よさそうに揺れている。と思うといきなりじゃれあい、併せるように駆けだした。
「ここは、放牧してるの?」
「それ以外の何があるんだよ。」
それにしても本当に広い。でも、見たところ柵があるが、このままでは飛んで逃げてしまいそうだ。
「これって逃げたりしないの?」
「あたりまえだろ。特殊な魔法で膜のように見えない柵があるからな。」
ほら、触ってみろ、と促されそっと指で触れるとたしかに壁のような硬質なものがある。
「見えなかったらぶつかっちゃうんじゃ。」
「ばかか。竜は賢いから分かるし、竜にははっきりと見えているんだよ。髭が発達しているし、鼻が利くからな。40キロも先まで分かる」
イオが一息に言う。どうやら好きなことになると、とたんに饒舌になるタイプみたいだ。
「あはははっ。ドレイオもすごいね。竜が好きなんだね。」
素直にすごいと思ったのだ。好きなことに夢中になれるのは素直にあこがれる。
「……ふっ。行くぞ、バカ。」
「ごめん。あ、今笑った。」
「笑ってねえよ、こっち見んな。」
寝ていた竜が不思議そうに体を起こしてこちらを見ていた。風が草を撫でるように揺らしていく。
夢中で走っていた二頭がふと立ち止まって空を見上げる。
「なにを見てるんだろう。」
「さあな。だがまあ……」
言いかけて言葉を切る。どうしたのかと問いかけると、猫のような瞳をさまよわせ、はぐらかされてしまった。
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「ここは竜舎だ。」
さらに進むと、見覚えのある青い屋根が見える。
初めに来たあの場所だ。
鋭い眼光を思い出して背筋が冷える。だが、ここは竜を育てる場所。竜乗りになるために来たのだ。怖がってばかりもいられない。
「二頭の竜が一つの建物に繋養されてる。」
ドレイオが指を2本立てる。体が大きいとはいえさすがに一棟に一頭ではないの か。
「へえ。それって仲がいい竜とかで?」
「まあ、大体はな。相性は気にする。気性が荒い奴は一頭だったりもするが……金がかかるからな。竜は。」
しかし、最初に開けた竜舎には一頭しか見えなかった。暗かったから見逃したのかもしれない。
「一頭でいる子もここにいるの?」気になって尋ねる。
「ああ。一頭だけな。そいつは本当に気性が荒くて。誰も乗れねえ。
お前なんか見たらびびって逃げ出すかもな。」
余計な一言だが、否定はできない。正直言って怖かった。
「その顔。もしかしてもう見たか。呆けた顔して。」
「もともとこの顔だよ。実は、ここへ来て最初に開けたのがその竜の竜舎だったかもしれないから。」
「エルドさんが最初にあいつを見せたのか。なかなかだな。」
「いや、迷子で入ったところだったんだけど。」
イオは腹を抱えて笑い始めた。
今まで無表情で、正論で殴りつけて女の子を泣かせていそうな男だったのに、途端に楽しそうになる。他人の不幸は蜜の味ということか。
だが、会った時よりはずっといい。
「この竜舎を回ったら、奥の訓練場に行くぞ。」
「分かった。そういえば、竜舎はこの二つだけなの?」
「だけって……お前なあ。これでも四頭の竜がいるんだぞ。貧乏牧場にそんな沢山の竜がいるわけねえだろ。こんなおんぼろ牧場に。まあ、少し離れてもう二つあるが、そっちは子竜用で今はいねえから関係ない。」
振り返ると、歩いてきた一本通った道がまっすぐに見えている。
入ってきた入口が近くに見える。
傾いてきた日の光に照らされた広大な放牧地と、ちっぽけに見える建物。スケールの大きさにただ飲まれるように、瞬きすら忘れていた。
「ほら、早く入ってこいよ。」
いつの間にか、先に入っていて竜舎の重厚な扉を開けて待っている。
背後で何かが光ったような気がしたが、気のせいだと後を追った。
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