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2話 はじめましての挨拶を

「すみません。誰かいらっしゃいますか?今日からお世話になりますエルグです。」


 門の近くには誰もいない。錆びているものの、昔は立派だったであろう形だけはしっかりした鉄門扉。恐る恐る覗いては見るのだが。父からは連絡は行っていて、このあたりで待っていてくれるという話だったのだが。かれこれ20分くらい待っている。日付も時間も何度も確かめたので間違ってはいないはずだ。


 ひまを持て余して風が舞い上げる落ち葉を眺めていたが一向に来る気配はない。勝手に入っていって良いのだろうか。


 見えるところには、目立つ大きな建物があった。丸みを帯びた青い屋根に、巨大な扉。あそこならば誰かはいるだろう。そう思ってその周りをぐるぐると見回すも、やはり人っ子一人いない。扉は開いていないが小さな窓から薄く明かりが漏れていた。しかし、カーテンがしまっているらしく中の様子はうかがい知れない。


「ごめんください。僕、連絡したエルグです。今日からここでー」


 鍵はかけられておらず、ノックして押すと、扉自体は重いもののなんとか人一人分程の間が空く。声をかけてみるが、返事はない。電気がつけっぱなしになっていただけなのかもしれなかった。初めて来る相手にいきなりこの仕打ちはないだろう。


 父の伝え間違いだろうか。それとも試されているのだろうか。あきらめて出て行こうとして初めて、奥から低くくぐもった重い音が響く。うなり声のようで、本能的に恐怖心を覚えるような。そして、聞こえる押し殺したような息遣いに気づく。


 目を凝らして見ると、薄暗い中で何かが動いていた。行ってはいけないと警鐘を鳴らす理性。9割の恐れに打ち勝ったすこしの好奇心に突き動かされ、思わず少し中に入る。全体像はぼやけるように見えないのに、それが何であるのかはすぐにわかった。岩のように大きな体を持つ竜。真っ赤な血のような双眼がこちらを睨んでいる。


 本当に、いるんだ。目を離せなかった。人間なんてすぐに食い殺してしまいそうなほどの大きさに背筋が冷える。竜も視線を決して外さなかった。射貫くような視線は捕食者が圧倒的弱者の小さな草食動物を見定めるようだ。どれくらいそうしていただろう。ぱっと明かりがつき、背後にいつの間にか長身の男が立っていた。


「すまないな。君が今日から来る子だね。時間を勘違いしていたようだ。」

「ああ、えっと。こちらこそすみません。勝手に入ってしまって。」

 構わないさ、と白髪交じりの頭をかく彼が、雇い主であり、ここの主であるエルド=トルヴィンだろう。

「竜は見たかい。」


 唐突に言われて思わず挙動不審になってしまう。

「はい。見ました。その、やっぱり大きいですね。」

 月並みな言葉しか出てこない。まだあの視線が忘れられない。お前なぞ、すぐにどうにでもできるという圧倒的強者の余裕を。

 言おうとしていた挨拶もすべて頭が真っ白になってしまい、思い出せない。汗で濡れた手を服で何度か拭く。


「そんなに緊張しなくていいさ。これから君はここで一人前の竜乗りになろうというんだ。もう少し誇りに思うといい。」

 どう受け取ったのか、笑顔で肩を叩かれた。おおよそ人見知りをしているとでも思われたのだろう。


 ここではなんだから、と事務所に案内すると言われ、並んで歩き始める。背の高いエルドさんは当然、足も長く。そのつもりはないのだろうが歩くのが速い。自然とこちらは速歩きになってしまう。


「君は竜は好きか?」

「はい。もちろん。昔父と一緒に大会を見に行ったことがあって。それからずっと憧れているんです。」

 エルドはそれはいい、と笑った。なんだか恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなる。

「このラグナリア帝国で、竜乗りは皆の憧れだからね。」

 石畳が硬く固められた土になり、砂利になっていく。見える景色が少し変わってくる。入口付近とは別の地域に来たように、木々が鬱蒼としていて森の中に踏み入っていくようだった。葉の擦れる音が拍手で迎え入れてくれているようで心強くなる。


 ここが事務所だよ、と指し示された先を見ると、小屋が建っていた。

 竜のいた巨大な建物と違い、小さいもので、古びた赤い屋根がところどころ剥げている。


「少し残念なぼろ屋だけれど、みんなここにいるんだ。君を見たいって集まっていてね。ぜひ紹介させてくれ。」

 ドアノブをひねって扉を引くと、悲鳴のような甲高い音が鳴る。


「どうにも建付けが悪いな。ほら、入って」

 促されるままに中に入ると、木の大きなテーブルが一つ置かれていて、その周りに人がばらばらと集まっていた。


「いらっしゃい。待っていたのよ、エルグ君?」

 明るい栗毛の髪を無造作に縛った女性が真っ先に歓迎してくれる。


「紹介しよう。俺の妻のミレアだ。この牧場で働く竜乗りたちや、他の働き手の世話もしてくれている。」

 これからよろしくね?と優しく差し出された手を取り握手に応える。出会って間もないものの、みんなの母といった雰囲気が伝わる。


「そして、ここにいるのが、これから一緒に過ごす先輩の竜乗りたちだ。」

 エルドがどこか芝居がかったように言った。先ほどから互いに話すわけでもなく、ただいるだけだというのに、自由気ままで、性格の濃さをうかがえるのだが。


「階段に座っているのがオルマ。そして、ソファにいるのがドレイオだ。」

「あら、あなた。カイちゃんとリナは?」

 ミレアが小首をかしげる。


「また後で紹介すればいいさ。竜舎の方だろう。まったく、来いと言っていたのだがな。エルグ。ここにはいないがカイランとイリナという子がいる。後で会ったら挨拶すると良い。」

 なるほど、いない二人もなかなかに癖が強そうだ。その時、今までこちらに一切気にも留めなかった二人が同時にこちらを見る。


「今日からここに入ることになりました。エルグといいます。その、よろしくお願いします。」

 慌てて自己紹介をした。もう少し何か言った方が良かっただろうか。だが、ここはもう少し様子を見たい。


「私オルマっていうの。よろしくね!なんて呼んだらいいかな、エルちゃん?」

 確かオルマ、と呼ばれていた子だろうか。金髪をお下げにした見るからに明るい子だ。


「なんて呼んでもらってもいいけど。ちゃんはちょっと恥ずかしいというか。」

「あ、そろそろ行かなきゃ。エルちゃんまた後でね」

 話を聞いていたのかいないのか。勢いよく駆けだしていく。

 ドタバタと走る音が彼女の言った方向を足跡のように知らせて来る。


「まあ、オルマったら。」

 うふふと優雅にミレアが笑う。きっといつものことなのだろう。

 モスグリーンの髪も相まってお花畑のようで、ふんわりと包み込むような気配のある人だ。そして、歩くたびに花のような良い香りがした。


「ドレイオ。エルグを一通り案内してくれないか。私は少し出かけてくる。」

 エルドが扉を豪快に開けて出ていく。


「私も仕事に戻るわね。家の方にいるから何かあったら呼んで頂戴。」

 勢いで傾いた“ウァロース牧場”と書いた古びた木の看板を直して出ていってしまった。

 呼ばれた黒髪の少年が振り返る。ドレイオ君。年は同じくらいだろうか。気だるげな釣り目気味の眼がこちらを睨む。

 何も言わずに、勝手にずかずかと歩いていく。入ってきた扉とは違う、裏口があるようだ。

 どうしたらいいか分からずにいると、


「何してんの。」

 吐き捨てるように言った。


 ついてこいということだろう。皆がオルマのようであったらそれはそれで鬱陶しいのだろうが、もうすこし愛想を学んだ方がいいのではないか。ミレアさんには早急に帰ってきてほしい。


 初対面でこの態度。少なくともこいつとは仲良くできないかもしれない、とため息を漏らしそうになる。牧場生活1時間足らず。



 すでにこの先を考えるときりきりと胃が痛む。……拝啓、お父さん。もう僕は帰りたいです。






見てくださってありがとうございました。マイペース更新ですがご容赦を。竜っていいね。

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