9話 ファル・ゴルト
発:大ゲルマン帝国軍総司令部
宛:帝国総統官邸
偉大なる帝国総統閣下。
以下に、対米戦争計画「ファル・ゴルト」に関する戦略見積を申し上げます。
一、合衆国の軍事力について
陸軍兵力:正規兵力約三十万(州兵二百万)
保有戦機:約八百機
人口二億人に世界最大の資源地帯と工業力を有するアメリカ合衆国は、1940年に就任したロング大統領の政策のもと、極めて小規模な陸上戦力しか有しておりません。これはルーズベルト前大統領が方針転換しようとしていた大規模公共投資を、半ばクーデターのような手段で民主党代表候補となり大統領選を制したロング氏が拡大発展させたために、軍備拡張が後回しになったためであります。
ゆえに彼の国は、七年前に総統閣下の統率よろしきを得て打倒したソビエトロシアより、遥かに少ない犠牲と期間で征服できると予測されます。しかしカナダに居座る日英同盟が黙って見過ごすはずもなく、何らかの口実を以て戦争に介入してくることは目に見えております。
我ら帝国軍総司令部は、対合衆国制圧作戦「バルバロッサ」と同時並行で対日英牽制作戦「ビスマルク」を発動し、これに対処する所存であります。
また短期的には容易な相手であっても、中長期戦に移行すれば州兵の大量動員と工業力に物を言わせた兵器の大量生産により、合衆国は必ず反撃に転じるでしょう。
ゆえに「ビスマルク」で日英軍の介入を阻止しつつ、「バルバロッサ」で可及的速やかに大規模工業地帯が点在する合衆国東部、次いで資源豊富な中西部を制圧することが肝要であります。
二、北米における日英の軍事力について
陸軍兵力:約十万(在加日本軍含む)
保有戦機:約三百機
現在、日英同盟とアメリカ合衆国はいかなる安全保障条約も結んでおらず、日英が合衆国の危機に手を貸す法的義務は存在しておりません。しかし彼らは必ずや介入してくるでしょう。
何故なら、経済発展著しい日本はそのエネルギー供給を合衆国および中東からの石油輸入に大きく依存しているからであります。
我々が北米を完全制圧し、イラン帝国をはじめとした中東諸国に圧力をかけて日本向け石油輸出を停止させれば、工場が止まり、艦船が止まり、経済は縮み、軍の稼働率は地に落ち、国民生活は瓦解するでしょう。剣を交える必要すらありません。
蛇口を閉めるだけでよいのです。
以上のように、「ファル・ゴルド」は日本が反応弾を保有している目下の状況において、極めて合理的な戦略であります。
仮に日本本土まで攻め立てるとなれば、国家存亡の危機に彼らはなりふり構わず反応弾を使用する公算が高いですが、石油供給を断つだけであれば話は別であります。
干上がりながら自滅するか、帝国との講和を選ぶか。いずれに転じても、黄金の国を自称する日本は、そのメッキを剥がすことになるでしょう。
三、反応弾の使用有無について
現在、武装親衛隊管轄下に実戦配備された反応弾は四発。うち二発を北米作戦用に転用可能との報告を受けております。しかし帝国軍総司令部は、本作戦における反応弾の使用に強く反対するものであります。
その根拠として、日本の先例を挙げます。
六年前の第二次大戦末期、日本が北極圏カナダのデヴォン島において、我が北米派遣軍に見せつけるが如く反応兵器の実験を行ったことは、閣下もご承知の通りであります。
しかし総司令部の分析によれば、あの実験は帝国が反応弾を保有していないとの確信のもとに行われたものであります。
自分だけが持つ兵器は使える。しかし相手も持つ兵器は、使えば報復を招く。
日本はその単純な計算の上に立って、デヴォン島の引き金を引いたのです。
状況は変わりました。帝国が反応弾を保有したと知った今、日本はデヴォン島と同じ判断を下せません。ゆえに彼らは、こちらが先に使わない限り使用してこないと総司令部は判断しております。
問題はこちらが先に使った場合であります。
合衆国の都市に反応弾を投下すれば、戦争の大義は帝国から永遠に失われます。征服された合衆国民の抵抗は止まず、中立を保っていた諸国は帝国への敵意を固め、日本は反応弾使用の大義名分を得て躊躇なく引き金を引くでしょう。勝利の後に世界を治めることが、著しく困難となります。
レーヴァテインは、決して抜くべきではありません。我ら帝国軍が合衆国を征服し、経済封鎖であの小癪な黄色人種国家を干上がらせる。それだけで十分であります。
「ファル・ゴルド」完遂の暁には、我らがこの地球唯一の覇権国家として君臨し、千年帝国が実現することをお約束いたします。
総統閣下。我らゲルマン帝国軍将兵一同、これまでにも増した忠誠と献身を、閣下と祖国に謹んで誓うものであります。
総統万歳!
1952年6月22日
大ゲルマン帝国軍総司令部総長
元帥 フェルディナント・シェルナー




