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8話 第七独立戦機大隊②

五月に入ると、岩国の緑が一気に濃くなった。


一ノ瀬が執務室に鹿嶽と鶴木を呼んだのは、その月の第二週だった。狭い部屋に折り畳みの椅子を三脚並べ、手に持つ電子端末には部下全員の訓練記録が入っている。


「部隊発足から一ヶ月。そろそろ各々の技量が分かってきた頃合いだ。誰を新鋭の六式に乗せるか決めたい。二人の意見を聞かせてくれ」


鶴木と鹿嶽はそれぞれ電子端末を取り出した。 


「ベテランから言うか」


鹿嶽が切り出した。


「一番の推薦はやはり桐島大尉だな。大陸戦線(西ロシア)で三年間、ゲルマン帝国軍のレーヴェやヴォルフを相手にしてきただけに、技量はずば抜けてるし機体の扱いも大隊で一番安定してる。口が悪いのが玉に瑕だがな」


「荒々しい戦闘機動が目立つが、訓練中の機体損傷ゼロ。数字が全てを語っている」


鶴木が記録を確認しながら言った。


「二人目は浅見中尉。陸軍空戦隊出身らしく、動きが読みにくい。教本通りには動かんが、その分奇手を打てる。扱いにくいが使いどころがわかれば怖い女だ」


「彼女は機体負荷のかけ方が荒い」


鶴木が渋い顔をした。


「先月、右肩関節の油圧ラインに過負荷をかけかけた。整備班が青くなっていた」


「だから俺が目を光らせる」


鹿嶽は意に介さず続けた。


「ベテラン勢は以上だ」


一ノ瀬は小さく頷いた。


「新人五人は」


鶴木がページをめくった。


「七宮から。理解が早い。質問の精度が一ヶ月で別人のように上がった。感覚より理論で機体を掴もうとするタイプで、習熟に時間はかかるが、一度身についたら崩れない。伸びしろは大隊で一番だと思っている」


「それと比べると、伏野は逆だな」


鹿嶽が引き取った。


「理屈より感覚。説明を聞くより乗った方が早い。機体との馴染み方が妙に自然で、初日から転ばなかったのはこいつだけだった。ただし詰めが甘い。慢心する前に締めておく必要がある」


「舞草は現時点では五人の中で一番遅れている」


鶴木が続けた。


「が、自分の欠点を良く理解し、改善のための努力を惜しまないタイプだ。報告書の精度が妙に高い。時間さえかければ彼女は化けるかも」


「四人目、南」


鹿嶽が言った。


「体格がいいしガッツもある。六式の持ち味を引き出すのが上手く、格闘戦向きだ。頭より体が先に動くタイプで、判断は速いが単純になりやすい。組み合わせる相手を考えてやる必要がある」


最後に鶴木が眼鏡を外して言った。


「五人目、坂巻。この五人の中で唯一、機体ではなく周囲を見ている。自分の操縦より仲間の位置を把握する方が得意なようで、編隊訓練での連携精度が突出している。単機では平凡だが、部隊の目として使えば光る」


一ノ瀬は七つの名前を頭の中で並べ直した。桐島と浅見。七宮、伏野、舞草、南、坂巻。それから入隊時の適性評価データ、その最下段に並ぶ一列の数値を改めて眺めた。


「やはりこの七人か」


鹿嶽が片眉を上げた。


「何か」


「遺伝適性評価だよ」


一ノ瀬は端末を二人に向けた。七名の名前の横に、それぞれ高い数値が並んでいる。既に実績のある桐島や浅見はもちろん、新人五人も全員、入隊時の検査で戦機操縦に関わる空間認知・反射統合・機体感覚の三項目が軒並み上位五パーセント以内に収まっていた。


「七宮が理論で機体を掴むのも、伏野が初日から転ばなかったのも、坂巻が周囲を見られるのも。訓練で培った部分はもちろんある。だが素地はとっくに決まっていた、ということだ」


鶴木が眼鏡を戻しながら静かに言った。


「私も最初にこの数値を見た時は驚きました。五人とも、戦機乗りのために生まれてきたような数字だ」


「気味が悪いとは思わんか」


鹿嶽が腕を組んだ。嫌悪ではなく、純粋な困惑のような声だった。


一ノ瀬は端末を伏せた。イノベーション・ディから五十年弱。宇宙船のデータが動力技術を変え、新素材を生み、戦機を生んだ。そして今や人間は生物の設計図である遺伝子を読み解き、誰が戦場に向いているかを数値で弾き出す時代になっていた。

それどころかこの分野をイデオロギーと絡めて最重視する大ゲルマン帝国では、カイザーヴィルヘルム研究所を中心に遺伝子操作された人類が既に誕生しているとも噂されている。


「俺が初めて戦機に乗った頃は、適性検査といえば身体能力と反射神経の測定だった。それが今は血の一滴で、こいつは戦機乗りになれると判定できる。便利なのか、恐ろしいのか」


鶴木がずれた眼鏡をなおす。


「私はありがたいですけどね。軍隊として、有限な人的資源を適材適所に配置したいのは当然。そのおかげで私達も優秀な同僚に恵まれ、戦場で生き残る確率が上がるんですから」


「ふっ、お前らしい合理的な考えだな。鶴木」


一ノ瀬は窓の外に目をやった。夕暮れの演習場に、整備を終えた六式が整然と並んでいる。あの機体に乗る七人は、生まれた時からそのために選ばれていたのかもしれない。そう思うと、指揮官として何とも言えない気分になった。


「で、一ノ瀬大隊長。俺の機体は四式陸戦機でよろしくて?」


鹿嶽の声に、一ノ瀬が苦笑した。部隊に配備された八機の六式の最後の一機。それは自分が乗るつもりなど毛頭もなかったからだ。


「八機目は鹿嶽、お前に乗らせる」


鹿嶽が一瞬、目を丸くした。それからすぐに眉をひそめた。


「では大隊長は」


「俺の機体は別に用意させた」


一ノ瀬は端末を操作し、格納庫の配置図を開いた。第三格納庫の端、六式の列から少し離れた区画に、一回り小さな機影が収まっている。


「零式だ」


沈黙が落ちた。


「……零式空戦機でありますか」


鹿嶽が確かめるように言った。


「第二次大戦時の旧式の」


「俺が乗ってきたやつを整備班に頼んで予備機の倉庫から引っ張り出させた。駆動系は最新のものに換装済みで、動力も新型に積み替えてある。足回りも手を入れた。見た目は旧式だが、中身は別物だ」


「しかし」と鹿嶽は副官として食い下がった。


「六式と比べれば装甲も搭載可能火力も──」


「劣る。わかってる」


一ノ瀬はあっさりと認めた。


「だが俺は大隊長だ。最前線で暴れる役ではない。部隊全体を見る目が要る。小回りが利いてどこにでも動ける機体の方が、俺には合っている」


鹿嶽がしばらく黙り込んだ。


「気に食わんか?」


「ああ、気に食わん。俺に新型を譲るということは、自分の方が腕が上だと言われているような気がしてな」


「ああ、その意味も込めている」


何の負い目も悪気もない一ノ瀬の返答に、鹿嶽は深く息を吐いた。反論の言葉を探しているようだったが、結局何も出てこなかった。


「……まったく。お前は昔からそうだよな。自信家のくせに嫌味がない」


鹿嶽は額に手を当て、天井を仰いだ。怒る気力も失せたという顔だった。


「わかった。謹んで拝命する」


「よし」


「ただし、いつか抜いてみせる。その時は覚悟しておけ」


「ああ、そうやって奮起してもらえると部隊も引き締まる。時間がない状況だけに、実に助かる」


一ノ瀬は軍人とは思えないほど無邪気な笑みで返した。その言葉と態度に、鹿嶽と鶴木はすぐに察した。


「……やっぱりか」


「ああ。三ヶ月後、北米大陸派遣軍に転属するのが内定した。時期が時期だ。これが日本で過ごす、最後の時間になるかもな」


鶴木が静かに眼鏡を拭いた。鹿嶽はそれ以上何も言わなかった。

一ノ瀬の予想通り、第三次大戦の幕開けはすぐそこまで迫っていた。

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