7話 第七独立戦機大隊①
1952年4月。
瀬戸内海を臨む岩国基地の演習場に、春霞がたなびいていた。轟音が地を揺るがしたのは、午前八時ちょうどだった。
演習場の端に設けられた待機ラインから、鋼鉄の巨体が一歩を踏み出す。全高十二メートル。六式統合戦機。帝国陸海空三軍が五年の歳月と膨大な予算を注ぎ込んで完成させた、現時点における日本の答えだった。
「一番機、スタートラインに着きました」
通信機越しに聞こえる声は、一週間前まで学生だった新人らしく、まだ少し硬い。一ノ瀬は観測台から双眼鏡を下ろさずに答えた。
「落ち着け、七宮。機体は逃げん」
「は、はい!」
六式の右腕が持ち上がり、模擬射撃姿勢をとった。先代の四式陸戦機に比べ、関節の動きが滑らかだった。四肢の出力も段違いで、重心移動の速さは遠目でもわかるほどだ。
「二番機、前へ」
一ノ瀬が指示を出すと、もう一機の六式が横に並んだ。こちらの操縦者は鹿嶽大尉。一ノ瀬と共に海峡戦線を戦った古参のはずだが、今日は動きが妙にぎこちない。
「鹿嶽大尉、腰が引けてるぞ。四式に乗ってる気でいるんじゃないか」
「……図星だよ、大隊長殿」
演習場のあちこちで笑いが漏れた。一ノ瀬は双眼鏡を外し、春の光の中に並ぶ六式の列を眺めた。八機。この新設大隊に預かれた新鋭機だ。
性能は申し分ないが、問題は乗り手が慣れていないことだ。だがそれもしょうがない。第七独立戦機大隊のパイロットの半数は、七宮のような十代の新兵。もう半分は第二次大戦の経験者だが、彼らが乗っていたのは重厚長大な陸戦機で、空戦機ベースの軽快な機体には慣れていない。
「全機、基本行動訓練を始める。まず歩行から確認だ。焦るな。六式はお前たちが思うより、ずっと扱いやすい機体だ」
春風が演習場を吹き抜け、待機ラインに並んだ八機の六式が一斉に動き始めた。
───
午前の試運転が一段落し、日が中天を過ぎた頃、大隊は格納庫脇の簡易講堂に集合した。
黒板の前に立つのは、陸軍技術廠から派遣された鶴木中尉だった。第二次大戦の従軍経験者で、当時も一ノ瀬の部隊に隊付技術士官として在籍していた。眼鏡の奥の目だけが妙に鋭く、抱えた資料の厚みが今日の座学の密度を予告していた。
「では六式統合戦機について説明します。六式統合戦機は大東重工の傑作機『零式空戦機』をベースに開発されたもので、ユニット装備を換装することで陸海空全領域の任務に対応できる、我が軍初のマルチロールタイプです。元が機動力に優れた空戦機ですので、四式陸戦機が亀なら六式統合戦機はまさに赤兎馬と言えるでしょう。では次に基本的な構造から──」
チョークが黒板を走り始めた。複雑な断面図が描かれ、専門用語が並ぶ。最前列の七宮ら新兵たちは熱心にノートを取り、搭載可能な兵装や最高速度など性能面について次々と質問した。
一方、鹿嶽らベテラン兵は稼働時間や整備性など、より実践的な部分に興味を示した。
どちらにしても、「習うより慣れよ」をモットーとする一ノ瀬の目論見通りの展開になった。午前中の虚ろな目はどこにもない。実機を触った後の人間は、言葉の受け取り方が違う。これでいい、と一ノ瀬は思った。
鶴木の講義が一通り終わり、最後の質問が出尽くしたのは、窓の外がすっかり夕暮れに染まった頃だった。
「以上で本日の技術説明を終わります」
鶴木がチョークを置くと、ぱらぱらと拍手が起きた。彼と顔見知りの鹿嶽が「ご苦労さん」と呟くのが聞こえた。一ノ瀬は最後列から立ち上がり、前に歩いた。鶴木と軽く目を合わせ、黒板の前に立つ。講堂がすっと静まった。
「改めて話す機会がなかったので、今ここで言う」
一ノ瀬は全員を見渡した。新兵の七宮、古参の鹿嶽、その間に並ぶ十数名の顔。疲労と、それでも隠しきれない高揚が混じっていた。
「第七独立戦機大隊、大隊長の一ノ瀬だ。着任の挨拶より前に訓練と座学を行ったのは、君たちに机の上より先に機体の感触を掴んでほしかったからだ。下手なまま戦場で死んでほしくない。それだけだ。許せ」
誰かが小さく笑った。
「この部隊は新設だ。寄せ集めと言われればそうかもしれん。新兵もいれば、第二次大戦を生き延びたベテランもいる。乗ってきた機体も、積んできた経験も、てんでばらばらだ」
一ノ瀬は一度間を置いた。
「だが俺は、それを弱点だとは思っていない。今日の座学を見ていてそう確信した。新兵は機体の理屈を知りたがる。古参は戦場での生存を考える。どちらも正しい問いだ。その問いが混ざり合う部隊は、強くなる」
静かだった。七宮がノートを握り直すのが見えた。
「世界がどう動いているかは、君たちも薄々わかっているだろう。この部隊に与えられた時間は長くないかもしれん。だから今日一日、無駄にしなかったことを俺は評価している」
一ノ瀬は直立し、全員を正面から見据えた。
「君たちの一層の精進を期待する。以上だ、今日は良く食って良く休め。解散」




