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6話 1951年 統合参謀会議②

情報部長は頷き、まとめに入った。


「情報部の現時点における見立てを申し上げます。ゲルマン帝国の主たる目標は、北米における日英同盟勢力の排除であると判断しております。ケベックへの戦力集結は、まず自由イギリス・カナダ連合の戦力を叩き、続いて我が国の北太平洋における前進拠点を無力化することを企図したものと見ております。反応弾の保有は、その過程で我々の使用を躊躇させ、合衆国を中立に留め置くための抑止として機能させる腹積もりでしょう」


一拍置いて、部長は付け加えた。


「要するに彼らは、合衆国と正面からやり合うつもりはない。我々を孤立させ、各個撃破する。それが帝国の描く絵図と考えます」


「異議あり」


低く、しかし明確な声が割り込んだ。陸軍参謀総長・長田叡山大将だった。頬には十年物の切創があり、それが彼の貫禄を際立たせていた。


「情報部の分析は筋が通っている。だが一点、根本的な前提が違うと私は思う」


情報部長が反論しようとしたが、高野の手で遮られ、口を閉じた。


「ケベックに集結しつつある独軍の規模を、もう一度考えていただきたい。自由イギリス・カナダ連合の現有戦力は、我が陸軍の派遣部隊を含めても十万に満たない。それを叩き潰すだけなら、精鋭三個軍は過剰に過ぎる。象を仕留めるのに大砲は要らない」


長田は立ち上がり、続けた。


「ゲルマン帝国がもっとも恐れているものは何か。反応弾でも、我が国の連合艦隊でもない。合衆国の経済力だ。戦時経済に移行せず、二つの大戦で両陣営の戦争遂行を裏で支えたあの圧倒的な工業力が、機会と時間さえ与えれば必ずゲルマン帝国の喉元に刃を向ける。『ゲルマンの総統』は軍人ではなく政治家だからこそ、それを骨の髄まで知っている」


長田がスクリーンの前に立ち、指でワシントンとニューヨークの位置を静かになぞった。


「だからこそ時間を与えない。来年の大統領選で対独融和派のロング氏の再選が危うくなり、対抗馬が軍備拡張を公約に訴えている以上、合衆国を今のうちに潰さなければならない。ケベックへの兵力展開は、その布石に過ぎない。対日英のための戦力増強という名目は実に都合がいい。合衆国の世論は日英との対立も抱えているがゆえに、国境に積み上がる独軍を見ながら、我々への牽制と思い込んでくれる。いや、思い込みたがっている。自分たちが標的だとは、認めたくないからだ」


どよめきが起こった。


「ニューヨークまでケベックから陸路で十二時間。開戦劈頭に戦機部隊が一気に国境を突破し、大西洋艦隊が港湾を封鎖、反応弾の恫喝で首都ワシントンを麻痺させる。合衆国議会が宣戦布告を決議する前に東部の経済中枢を制圧してしまえば、あとは時間の問題だ。第第二次大戦でパリを落とした電撃戦の、北米版を奴らは再現しようとしている」


長田は静かに着席した。


「対日英という看板は囮です。本当の標的は初めから合衆国だった。そしてもし帝国がそれに成功すれば、次に向く先は言うまでもない」


高野は情報部長をちらりと見た。


「情報部の見解は」


情報部長はわずかに間を置いてから、絞り出すように答えた。


「……長田閣下の分析を、否定できる材料は我々にはございません」


───


それから二時間、会議室では侃々諤々の意見交換が続いた。対応策の選択肢、同盟国への通報のタイミング、合衆国への接触の是非。誰もが言葉を選びながら、しかし誰もが同じ重さを感じながら話した。結論めいたものは出なかった。出せる状況ではなかった。

閉幕の宣言とともに将校たちは無言のまま立ち上がり、会議室を後にした。廊下に出た長田が外套を羽織ったとき、背後から声がかかった。


「長田。少し付き合え」


振り返るまでもなかった。高野の声だった。地上に出ると、冬の夜気が頬を刺した。庁舎の車寄せに、車体番号のない黒塗りの官用車が一台、エンジンをかけたまま待っていた。運転席には高野の副官。後部座席のドアを高野自身が開け、顎でしゃくった。長田は一瞬だけ高野の目を見て、無言で乗り込んだ。

ドアが閉まると、車は霞が関の夜道へ静かに滑り出した。仕切りガラスが上がり、後部座席は完全に閉じられた空間になった。

しばらく、どちらも口を開かなかった。車窓の向こうを、年の瀬の東京の灯りが流れていく。先に沈黙を破ったのは高野だった。


「俺の代わりに言いたいことを言ってくれて感謝する。あれで、皆も覚悟が決まっただろう」


「『人は見たいものしか見ない』。情報部の連中も、あの場の大半もそうだった。ゲルマン帝国が本気で合衆国を潰しにかかるとは、認めたくなかった。そう認めれば、次に考えなければならないことが見えてくるからな」


長田は膝の上で指を組んだ。


「北米が制圧されれば、カリフォルニアやテキサスの石油輸出は止まる。同時にゲルマン帝国は、イランやサウジアラビアに対して日英への石油輸出を絞るよう圧力をかけるだろう。中東の原油が止まれば、代替はどこにある。中国の大慶油田か。インドネシアのパレンバン油田か」


「足りんな」


「足りない、では済まない話だ」


長田は車窓の向こうに流れる東京の灯りを見た。工場の明かり、百貨店のネオン、路面電車の窓灯り。この光景を支えているものが何かを、戦争が戦場ではなく経済力で決することを信奉する長田は誰より正確に知っていた。


「日本の一日の石油消費量は今や戦前の八倍を超えている。代替エネルギーの商業用大型反応炉発電はまだ研究段階で、我々の暮らしと経済は依然として石油の上に成り立っている。中国とインドネシアを合わせても、その三割を賄えるかどうかだ。経済は縮み、軍の稼働率は落ち、国民の生活が壊れていく。戦わずして、内側から自壊する」


しばらく沈黙が続いた。


「だから合衆国を見捨てるわけにはいかない、か」


と高野が言った。それは問いではなかった。


「敵とはいえ、合衆国が潰れれば我々も終わる。奇妙な話だが、それが現実だ」


また沈黙が落ちた。車は皇居の外堀沿いに差し掛かり、水面に東京の灯りが揺れていた。しばらくして、高野が不意に皮肉な表情を浮かべながら呟く。


「つまり何か、長田。俺たちは嫌いな隣人の家が火事になったら、消火を手伝いに行かねばならんということか」


「そういうことだ」


「しかも相手はこちらが来ても礼も言わんだろうし、火が消えたら消えたで、またこちらに喧嘩を売ってくる」


「おそらくな」


「まったく、割に合わん話だな」


「そう言うな」


長田は窓の外に目を向けたまま、静かに続けた。


「これまで他国の思惑に翻弄された我が国が、自分の意思で動く。割に合うかどうかなど関係ない。それだけで、俺はこの戦争に行く価値があると思っている」


「そうかい。俺にはそれこそ身の丈に合わん話だと思うがね」


高野は窓の外を見た。長田も窓の外を見ていた。同じ東京の灯りを、二人は黙って眺めていた。


師走の夜道を、コートの襟を立てた人々が足早に歩いている。ある者は家族の待つ家へ急ぎ、またある者は賑やかな店の灯りへと吸い込まれていく。同じ灯りの下で、同じ夜を生きている。

高野はその流れを見て、守るべきものを数えていた。

長田はその流れの向こうを見て、辿り着くべき場所を描いていた。

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