5話 1951年 統合参謀会議①
1951年12月。
帝都東京。関東大震災以降、二度の大戦を無傷で切り抜けたこの都市は、今や世界有数の大都市圏へと変貌を遂げていた。
震災復興計画が打ち出した碁盤目状の大通りには、イノベーション・ディ以降の技術を取り込んだ高層建築が年々その数を増し、丸の内や新橋の界隈では十階、二十階建ての事務所棟が当たり前の光景になりつつあった。大通りには自動車の列が絶えず、路面電車と入り混じって朝夕の交差点を賑やかに詰まらせた。銀座の百貨店には輸入品と国産品が並び、ネオンサインが師走の夜空を彩った。年末休暇を前にした街は、どこを切り取っても浮き足立つような明るさに満ちていた。
ただ一箇所を除いて。
霞が関の陸海統合本部庁舎だけは、年の瀬の弛緩した空気を寄せ付けなかった。窓の灯りが落ちることなく、制服姿の将校たちが廊下を足早に行き交う。交わされる言葉は短く、笑い声はない。師走の東京が浮かれるほど、その重さは際立った。
その中でも、地下に設けられた耐爆・対盗聴防御の高等会議室にいた十数名の男たちは、特に重い顔をしていた。
上座に座るのは統合軍総長・高野五十六大将。齢六十を超えてなお眼光の鋭さは衰えず、大型スクリーンに映し出された世界地図を静かに見下ろしていた。両脇には陸海空それぞれの組織と現場のトップ、そして外務省から派遣された連絡官が居並ぶ。
「では情報部から報告を」
長岡訛りの残る高野の一言で、統合軍情報部長の将校が立ち上がり、スクリーンに投影された地図を指示棒で示した。
「大ゲルマン帝国の現状について申し上げます。まず軍事力についてです。宣伝省は精鋭五百万と公言しておりますが、その数には同盟諸国のものも含まれており、帝国本軍の実際の総兵力は百万前後と推測されます。また、慢性的な人的資源不足に苦しむ経済界からの要望もあり、再び総動員体制に移行する可能性は低く、第二次大戦時の三百万人体制まで膨らむ可能性は限りなくゼロと情報部は予測しております。しかし、質となれば話は別です」
次に大ゲルマン帝国が保有する主力戦機と円グラフが描かれたスライドが映し出された。
「第二次大戦当時、世界に先駆けマルチロール型戦機を投入したゲルマン帝国軍はⅢ号・Ⅳ号を主力としており、両機種を合わせると全体の約半数を占めておりました。新鋭のⅤ号・Ⅵ号はまだ一割に満たず、全体から見れば大きな脅威ではありませんでした」
情報部長は指示棒をグラフの現在値へと移した。
「しかし現在の編成は様変わりしております。Ⅵ号と改良型Ⅴ号を合わせて七割以上。Ⅲ号・Ⅳ号の旧式機は予備役編入か廃棄処分が進んでおり、実戦部隊からはほぼ姿を消しました。第二次大戦を経験された皆様に、レーヴェの脅威を改めて説明する必要はないと思いますので、ここでは省かせていただきます」
重い沈黙が落ちた。本格的なマルチロール型たるⅤ号戦機「ヴォルフ」、対戦機戦闘に特化したⅥ号戦機「レーヴェ」は、先の大戦で日本製戦機を血祭りにあげた記憶がまだ新しい。
そんな空気を無視して、部長は話を続けた。
「さらに懸念すべき情報が一点ございます。ルール工業地帯にて、新型機と見られる大型機体の艤装作業が複数確認されております。Ⅶ号戦機アドラーの名称が諜報筋から上がっており、性能は未知数ですが、少なくともⅥ号を上回る脅威度であることは間違いありません」
室内にざわめきが走った。隣席の将校と顔を見合わせる者、腕を組んで天井を仰ぐ者。高野だけが表情を変えず、静かに次を促した。
「続けてくれ」
「はい。次に兵力の動向についてであります」
スクリーンが切り替わり、欧州東端からウラル山脈にかけての地図が映し出された。赤い矢印が東から西へ向かって幾本も引かれている。
「第二次大戦終結以降、ゲルマン帝国軍はソビエトロシアとのウラル停戦ラインに三個軍三十万の兵力を貼り付けてまいりました。しかし今年に入り、その配置に明確な変化が生じております。停戦ラインに展開していた帝国本軍の過半が東欧の同盟国軍と交代しており、帰還した部隊はライン川以西の本国駐留地へ集結しつつあります」
指示棒が大西洋を越え、北米大陸の北東部へと動いた。
「中東方面とは真逆の動きに加え、軍民ともに不自然なほど北大西洋航路の便数が増加しております。状況証拠を総合すれば、ケベック共和国……失礼、『傀儡東岸カナダ政府』への展開準備と見るのが自然であります。ヴィシーフランス経由でゲルマン帝国が後ろ盾となって独立させたケベックは、現在も我が盟友たる自由イギリス・カナダ連合と散発的な衝突を続けております。帝国がここに精鋭部隊を送り込めば、北米のパワーバランスは一気に敵方へ傾くでしょう」
沈黙が会議室を満たした。大西洋の向こうで動く駒が、やがてこの太平洋にも影を落とす。その連鎖を、この場の全員が頭の中で辿っていた。
「次に、帝国内の政治動向についてであります」
情報部長の声が、わずかに重みを増した。
「昨年十一月、ヴィルヘルム二世陛下が崩御されました。御年八十八。老衰と発表されておりますが、詳細は不明です」
誰も口を開かなかった。皇帝の死そのものより、その意味するところを全員が即座に理解していたからだ。ヴィルヘルム二世。帝国の看板に過ぎないと言われながらも、その老いた体が「帝国総統」の暴走に一定の歯止めをかけてきたことは、情報部の分析が一貫して指摘してきた事実だった。経済を立て直し祖国を真の覇権国へと導いた総統がどれほど権力を掌握しようとも、建国の正統性の源たる皇帝を無視することはできなかった。老皇帝はその権威だけで、踏み越えてはならない一線をフューラーに守らせていた。
「新たに即位したヴィルヘルム四世は、士官学校を経て武装親衛隊に籍を置いており、フューラーとの関係はヴィルヘルム二世の時代とは比べ物になりません」
「フューラーの茶坊主か」
高野の一言に、部長は頷いた。
「はい、事実上の傀儡であります」
スクリーンが再び切り替わった。砂漠の地平線を背景に、巨大なきのこ雲が立ち上る一枚の写真。
「今年七月、カザフのセミパラチンスクにて、ゲルマン帝国が反応弾の実験に成功したとの情報を入手しております。規模はまだ小型ですが、宇宙船データから派生した反応炉技術をベースにした独自開発と見られます。我々の配備ペースを当てはめれば、少なくとも二発以上はすでに実戦配備済みと推測されます」
今度のざわめきは、先ほどとは性質が違った。低く、重く、室内に広がって消えた。
「以上を総合しますと」
と部長は静かに続けた。
「停戦状態にあった第二次大戦は、事実上の終焉を迎えつつあると判断せざるを得ません。ケベックへの兵力展開、反応弾の実用化、そして皇帝の崩御。この三点が重なった現在、ゲルマン帝国が次の行動に出るまでの時間は、従来の想定より大幅に短い可能性があります」
高野は組んでいた腕をほどき、テーブルに両手を置いた。
「つまり、第三次大戦が始まるということか」




