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4話 日本戦前史(〜1930年代)②

1914年に勃発した欧州大戦は、それまでに行われた戦争とは比較にならないほど凄惨を極めた。


鉄条網と機関銃が戦場を支配し、両陣営の将兵は地面に穴を掘って籠もるほかなかった。西部戦線では国境から大西洋岸まで数百キロにわたって塹壕が走り、そこを挟んで何十万という兵士が泥と雨と砲煙の中で膠着し続けた。百メートルの前進のために一個師団が消耗するような戦いが、年単位で繰り返された。


膠着を破ろうとする試みが繰り返されるたびに、新しい殺戮の道具が登場した。毒ガス、戦車、航空機。だが数十キロにわたる防衛線をまるごと突き崩すには、いずれも決め手に欠けた。

そうした状況の中で、ドイツ帝国は別の解を模索していた。イノベーション・ディ以降に急速に進んだ動力技術と新素材の研究は、欧州列強の軍事技術者たちも当然注目していた。だがドイツの技術陣が選んだ方向は、英仏が推し進めた戦車の大型化や航空機の高速化とは根本的に異なっていた。彼らが目指したのは、人が乗り込んで操る、人の形をした戦闘機械だった。


人型であることには理由があった。戦場は本来、人間のために作られた地形にある。家屋が建ち並ぶ村落、段差の多い丘陵地、塹壕が交差する複雑な地下構造。車輪も無限軌道も、そうした地形では必ず限界を見せた。だが二本の脚は、人間が歩けるところなら原理的にどこへでも踏み込める。そして何よりも、人間の拡大版の兵器であれば、ドイツ帝国陸軍が信奉する歩兵中心の機動戦術をそのまま当てはめることができる。良い意味でも悪い意味でも、プロフェッショナル気質のドイツ人らしい選択であった。


大戦中盤の1917年、ドイツ帝国は東部戦線に試験運用として初めて人型戦闘突撃機を投入した。兵士たちはそれを略して戦機(FA)と呼んだ。その真価が示されたのは、同年九月のリガ攻勢においてだった。

ブルフミュラー大佐の統率よろしきを得て精巧かつ猛烈な砲撃をロシア軍に叩きつけると、混乱する敵陣地に向け、戦機五十機を先頭にドイツ突撃隊が吶喊した。生身の歩兵に比べ強固な装甲と破格の火力を備えた戦機は、安々とロシア軍塹壕を蹂躙した。鉄条網は長大な脚で踏み越え、機関銃座は鋼の腕で押し潰した。孤立した抵抗拠点には後続の歩兵部隊が背後から回り込み、制圧した。退路を断たれたロシア軍守備隊は、組織的な抵抗を維持できないまま次々と崩れた。


リガは四十八時間以内に陥落した。

捕虜の数は二万五千を超え、砲三百門が鹵獲された。ドイツ軍の損害は攻勢規模に比して驚くほど軽微だった。西部戦線でソンムやパッシェンデールが示した「百メートルに一個師団」の消耗法則を、戦機を用いた浸透戦術は完全に無効にしてみせた。

ドイツ参謀本部はこの戦果に狂喜し、事実上の帝国最高権力者たるルーデンドルフは来季の大攻勢に備え、戦機を大量生産するよう産業界に命じた。


そして来る1918年3月、リガ攻勢の拡大発展版たるガイガーシュラハト(皇帝の戦い)が発動した。数百機に膨れ上がった戦機の群れが英仏の防衛線を次々と食い破り、西部戦線は瞬く間に崩壊した。前進を止められないまま英仏軍は後退を重ね、翌月にはパリが陥落。主力をフランス本土で壊滅させた英国はドーバー海峡を挟んで孤立した。二年間の睨み合いの末、英国は1920年にドイツ帝国へ講和を申し入れた。六年間にわたる欧州大戦は、ドイツ帝国の勝利という形で幕を閉じた。


講和会議の結果、世界は三つの重心によって分断された。


一つは、フランスを半属国とし東欧に多くの衛星国家を抱えることになった欧州勢力の盟主、ドイツ帝国。


もう一つは、大戦に不参加ながらも他列強とは隔絶した工業力と資金力で両陣営の戦争遂行を支え、南北アメリカ大陸を自国の勢力圏と自負するアメリカ合衆国。


そして最後の一つは、欧州で孤立しながらもインド帝国を筆頭とした植民地を護り抜き、何よりも戦争の傍らで自国を超える経済大国に上り詰めた同盟国を擁する、日英同盟勢力である。


三勢力はそれぞれの論理で利害をぶつけ合い、講和後も国際会議のたびに火花を散らした。その摩擦が最も鋭く集約されたのが、太平洋だった。英国の委任統治領、ドイツ帝国の南洋基地群、アメリカ有するハワイとフィリピン、そして日本の商船航路。


四者の権益が広大な海域に折り重なり、小さな衝突と瀬戸際外交が絶えなかった。欧州が燃えた後、次の火薬庫は太平洋に移っていた。


先手を打ったのはドイツ帝国だった。ドイツにとって太平洋は、欧州の覇権を脅かすほどの死活的利益を持つ海域ではなかった。だからこそ、本土から遠く離れたこの海を、日英と米国に対する圧迫の舞台として冷徹に利用できると考えた。

講和条約でフランスから割譲されたマダガスカル、ベトナム沿岸の諸港、そしてかねてより保有するトラック諸島。ドイツ海軍はこの三点を結ぶ弧状の前進基地網を整備し、インド洋から西太平洋にかけての航路を射程に収める体制を着々と構築した。潜水艦部隊には大型の外洋型が配備され、通商破壊を想定した長大な航続距離と魚雷搭載量が与えられた。加えてドイツ海軍が力を注いだのが、快速巡洋戦艦による通商襲撃戦力の整備だった。重装甲よりも速力を優先したその艦は、鈍重な護送船団を蹴散らして姿を消す、大戦中にドイツが磨き上げた海上ゲリラ戦術の体現だった。

艦隊決戦ではなく、締め付け。正面からではなく、航路から。相手の喉を絞めれば、巨体も膝をつく。ドイツ海軍の思想は一貫していた。


一方、アメリカも黙っていない。ドイツの動きを見た議会は、かねて海軍長官ダニエルズが提唱していた大規模海軍拡張計画を承認した。戦艦、巡洋艦、駆逐艦を一気に増勢し、いかなる勢力とも単独で渡り合える艦隊を目指すというものだった。同時にハワイのパールハーバーとフィリピンのスービック湾の基地整備に巨額が投じられ、太平洋に睨みを利かせる前進拠点が急ピッチで強化されていった。


そして日本もまた、ぬるま湯から熱湯に変わりつつある太平洋情勢を察し、八八八艦隊計画を発動させた。戦艦・巡洋艦の大量建造で米独に対抗できる正面戦力を整える一方、日本海軍が特に熱心に研究したのが、大戦末期に英国が実用化した空母だった。


日本海軍はそこに独自のアレンジを加えた。

イノベーション・ディ以降の動力技術によって小型軽量化が進んだ戦機を、空母の甲板から運用できないか。陸上での浸透突撃を得意とする戦機を洋上に持ち出し、敵艦隊の近傍で肉迫攻撃させる。あるいは島嶼の守備隊を、艦砲と航空機の援護のもと海軍戦機隊が電撃的に粉砕する。荒唐無稽に聞こえたその構想を、海軍省の一角で真顔で検討する将校たちがいた。


背景には、日露戦争の事実上の敗戦がもたらした陸海の力学的変化があった。歴史的大勝を収めた海軍に対し、陸軍は戦争全体の勝利を潰した戦犯として国民に吊るし上げられていた。筋違いも甚だしい話だった。直接の原因は奉天上空から落下してきた得体の知れない舟にあったのだが、海軍も政府も、咎が自分たちに及ばぬよう陸軍を庇うどころか積極的にスケープゴートに仕立て上げた。


その結果は予算に現れた。大戦景気と列島改造の時代を通じて膨らみ続けた国家予算の中で、陸軍への配分だけは一貫して削られ続けた。師団数は戦前からさらに減り、装備の近代化は後回しにされ、将校の士気は徐々に腐っていった。かつて大陸を闊歩した帝国陸軍は、いつの間にか本土の海岸線を守ることだけを使命とする内向きの軍隊に縮んでいた。

そのしっぺ返しは海軍に来た。太平洋で米独と渡り合い通商路を護り切るには、島を奪い、守り、叩き出す能力が不可欠だった。しかし陸軍はあてにできない。ならば海軍自身が陸戦力を持つほかない。海軍陸戦隊の拡充と、空母から展開する戦機による島嶼強襲という構想は、そうした切実な要請から生まれた必然だった。


やがて1930年代中盤、米独の太平洋戦力に対して優越する艦隊をやっとの思いで手にした日本海軍は、同時に四個師団五万人以上の陸上兵力(陸戦兵団)を指揮下に置く、世界史的に見ても異形の存在になっていた。


ともかく世界の目が太平洋に注がれていた1930年代。誰もがこの海域をアジアのバルカンになると予想していたが、次の戦争の火蓋は誰もが予想しなかった場所で切られた。


発端は、ドイツ帝国内部の権力闘争だった。第第一次大戦の勝利によってドイツ軍部、とりわけルーデンドルフ以来の参謀本部閥は絶大な威信を手に入れていた。皇帝ヴィルヘルム二世は名目上の君主であり続けたが、実質的な政策決定は軍の意向なしには動かなくなっていた。帝政の看板を守りたい皇帝にとって、それは我慢ならない状況だった。


そこに近づいてきたのが、とある新興政党だった。軍部とは別の大衆的基盤を持ち、熱狂的な民族主義で街頭を埋め尽くす彼らは、皇帝の目には使い勝手のいい対抗勢力に映った。ヴィルヘルム二世はナチスを手駒として軍部を牽制しようと目論み、党内でフューラー(指導者)と呼ばれる男に政治的な足場を与えた。


だが皇帝の算段は甘かった。手駒はいつの間にか主人の手を離れ、帝国そのものを塗り替え始めた。1933年、「帝国総統」に就任した男は合法的な手続きを積み重ねながら帝国政府の中枢を掌握し、その後欧州に再び地獄を創り出すのであった。

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