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48話 大和撃沈④

大和がパナマ湾の藻屑と消えてから、わずか三十分後のことだった。

パナマ沖二百マイル、漆黒に沈む大西洋の深海から、不気味な泡を吐き出しながら一隻の「超巨大な影」が海面を割って浮上した。

 

大ゲルマン帝国海軍・超大型潜水母艦『ルーデンドルフ』。

全長五百メートルを超えるその鋼鉄の巨躯は、甲板内に戦機を六十機以上も格納できる、帝国技術廠が長年にわたり極秘裏に建造し続けてきた潜水空母であった。

ハッチが開放され、煤と海水、そして硝煙に塗れた『アドラー』が次々と着艦していく。

待ち構えていた整備班たちが、息を呑むほどの緊張感の中で機体を受け取り、目まぐるしく走る火花と装甲の亀裂を確認し始めた。

ハルテンベルクは、最も最後に着艦した。

コックピットから降り立ち、濡れた黒いコートの襟を立てて飛行甲板を歩く。その視線の先、帰還しなかった機体の区画──十五機分の、がらんとした冷たい空白が彼の網膜に映り込んだ。

 

副官のクラーラが、音もなく背後に立った。

 

「損害報告です、中佐」

 

彼女のトーンは、いつも通り凍りついていた。

 

「戦死、十五名。重症、三名。──アーリア戦闘団、第一大隊の二十三パーセントを失いました」

 

「そうか。問題ない」

 

ハルテンベルクは、眉ひとつ動かさずに言った。

彼は艦内の暗号通信室へと直行し、ベルリンの、そしてホワイトハウスの主であるファルケン上級大将への超長距離極秘通信を繋いだ。

瞬時にモニターに映し出されたファルケンの顔には──彼の冷徹な軍歴においては珍しく、感情に似た温度が宿っていた。

 

『見事だ、ハルテンベルク』

 

ファルケンの低音の賛辞が、スピーカーを震わせる。

 

『超弩級戦艦大和を含む、日本連合艦隊十三隻を撃沈。先の大戦を合わせても、これほど劇的な大戦果はない。……君は、パナマの地でこれ以上ない最高の勝利をもぎ取ってみせた』

 

「お褒めに預かり、光栄です」

 

『十五機のアドラーとパイロットの損失は確かに小さくはないが……その代償に、第一機動艦隊の中核を完璧に磨り潰したのだ。日英米同盟は、失った太平洋の制海権を再編することに、今後数ヶ月は完全に追われる。本国から北米西岸への増援ルートも、致命的に遅延するだろう』

 

ファルケンは、そこで一度、大統領執務室の窓外へ視線をやった。

 

『惜しむらくは、パナマ運河そのものを、一時的に奴らの軍門に降らせてしまったことくらいか。まあ、もともと海軍力において劣る我が帝国には、いささか過ぎた水路ではあったがね』

 

「いいえ。閣下」

 

ハルテンベルクは、静かに言った。

ファルケンが、わずかに眉を動かす。

 

『……何?』

 

「パナマを彼らに一時的に譲り渡したことは、戦術上の誤りではありません」

 

ハルテンベルクの灰色の瞳に、不吉な三日月のような冷たい笑みが宿った。

 

「しかし──彼らは、あの地峡で、何一つとして『得て』はいませんよ」

 

ファルケンは、モニターの向こうで、ハルテンベルクの血の通わぬ貌をじっと凝視した。

 

『……ハルテンベルク。親衛隊の極秘輸送船が現地に運び込んだのは、対艦用のV4誘導弾だけではなかった、ということか』

 

「はい。……今頃、彼らは私の差し上げた『置土産』の温度に、気がついた頃でしょう」

 

───

 

合衆国連邦軍リー大佐率いる『第一戦機師団』は、洋上での大和轟沈という、天が崩れ落ちるような絶望の報せを浴びながらも、泥濘の進撃を停止していなかった。

 

「日本艦隊が沈もうが、大和が消え去ろうが、我々の任務は一ミリたりとも変わらん!」

 

リーの、引き裂かれそうな怒号が通信を走る。

 

「水門を落とし、運河を奪還する。ただ、それだけだ! 誰よりも前に走れ、アメリカ人達よ!」

 

満身創痍の米軍突撃部隊が、独軍が放棄した最終水門管理施設の、冷え切ったコンクリート内部へと強行踏破を果たしたのは──午後三時過ぎのことであった。

 

「──大佐、大佐! 至急これを見てください、狂っています!」

 

先行していたM24パーシングのパイロットから、至近距離のビデオ映像が送信されてきた。

水門の中央制御室。引きちぎられた配線と、不気味な冷却液が滴る床の真ん中に、見たこともない「異形の構造物」が設置されていた。

金属製の、鈍く光る円筒形。直径一メートル。

その周囲には、血管のように複雑怪奇な起爆信管と電磁ロック用の配線が張り巡らされ、その中央には、真っ赤な発光ダイオードに照らされる、不気味な三つ葉マークがあった。


リーは、その数式を三秒、凝視した。

一瞬で、彼のすべての毛穴から冷や汗が噴き出した。

 

「──全回線を開け!」リーは、狂ったように叫んだ。喉から血の味がした。


「今すぐ、広帯域の全周波数を開放しろ!」

 

「大佐!?」

 

「あのマーク、反応弾だ! 全員に伝えろ、敵味方問わず、今すぐこの水門から全力で離脱しろ!」

 

通信士が、全遮蔽回路を強制突破してパナマ地峡全域に回線を開放した。リーはマイクを両手で握りしめ、魂を削り出すように絶叫した。

 

「──こちら合衆国軍、リー大佐! 最終水門制御施設内部に、反応弾の設置を確認した! 繰り返す、敵味方の区別なく、ただちに水門から半径五キロ以上、全力で離脱せよ! 残された秒数は不明だ! 今すぐ機体を捨ててでも逃げろ!!」

 

その悲鳴に近い通信は、地峡を完全に震撼させた。

猛烈なパニックが、原生林を駆け抜けた。

リーの、あの歴戦の指揮官としての「嘘のない恐怖の声」が、すべての懐疑をねじ伏せたのだ。

独軍の残党も、即座にクモの子を散らすように逃走を開始した。彼らも、ハルテンベルクがこの地に何を埋め込んでいったのかを、本能的に、あるいは命令を通じて理解していたのだ。

 

二時間後──。

最初に、天が裂けるほどの「光」が来た。

遅れて、すべてを圧殺する「音」と、物理的な質量となった「超音波衝撃波」が、熱帯の原生林を何キロメートルにもわたって薙ぎ倒していった。無数の渡り鳥が、地獄の業火に焼かれながら空へと飛び立つ。

最終水門を中心に、反応弾が静かに、そして完璧に炸裂した。

巨大な円形のクレーターが地表を抉り、五大湖から流れ込む運河の水が、何百メートルもの高さの沸騰した泥水となって天へ噴き上がる。

あったはずの水門管理施設が、あったはずの運河の物理構造そのものが、一瞬で、消滅した。

そこにあったものが、跡形もなくなったのだ。

 

リーの迅速な決断により、部隊の離脱は辛うじて間に合っていた。爆発の超破滅的な規模に比して、日英米の人的被害は奇跡的に軽微だった。

だが、パナマ運河はそのすべての「機能」を完全に喪失した。


──

 

一ノ瀬は零式二型改のハッチを半開きにし、遠い天を黒く染め上げる、パナマ運河の巨大な煙を無言で見つめていた。

大隊の誰も、ただの一言も発しなかった。

七宮も、南も、鹿嶽も、桐島も──。

日本海軍の誇りであった大和が沈み、美しい空母が炎を吹き、そして必死で奪い合おうとした運河そのものが、跡形もなく消滅した、この狂った一日。

そのすべてを言葉にするための、感情のボキャブラリーを、彼らは持ち合わせていなかった。

 

「……少佐」

 

鹿嶽が、ようやく掠れた声を漏らした。

 

「何だ」

 

「……勝ったのか、負けたのか。俺には、もう何もわからん」

 

一ノ瀬は答えなかった。答えを出すこと自体が、この戦場における最大の欺瞞に思えたからだ。

まさにその時、コックピットの広帯域通信機から、激しい電子ノイズを突き抜けて、極めて強硬な「暗号命令」が割り込んできた。

 

『──こちら日英米連合軍・合同本部! 第七独立戦機大隊、一ノ瀬少佐! 緊急の最高軍令を伝達する!』

 

「……聞いている。述べよ」一ノ瀬は応じた。

 

『第七大隊は、ただちに陸路を反転。太平洋上の指定座標へと急行し、そこに待機する特設空母『天鳳』へ強行着艦せよ。繰り返す──直ちに着艦し、次の作戦行動の待機状態に入れ!』

 

一ノ瀬は、わずかに眉をひそめた。

 

「……こちら陸海軍の第七戦機大隊だ。陸軍の戦機部隊を、作戦行動中に直接海軍の空母に放り込むなど、編成上あり得ん。……何かの間違いじゃないのか」

 

『──間違いなどではない!』

 

通信の向こう、常に冷静であるはずの参謀将校の声は怒りと、悔しさと、そして剥き出しの憎悪によって、激しく震えていた。

 

『これは、統合軍総司令部総長・高野大将からの、直々の最高命令である。今この瞬間をもって、パナマ周辺に展開するすべての陸海空の精鋭部隊を集約する。我々の『大和』を、そして散っていった何万もの仲間たちを、不意打ちでなぶり殺しにした、あのクソったれ共(アーリア戦闘団)を地の果てまで追撃し、殲滅するためだ!』


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