47話 大和撃沈③
大和の艦橋を潰さんと超高速で肉薄するハルテンベルクのアドラー。
その死線の前に、艦隊上空を直衛していた三機の「六式空戦機仕様」が、阻止すべく強行割り込みをかけた。三条の電磁砲火が一斉にアドラーへと収束する。
だが──ハルテンベルクは、突撃のスロットルをミリ単位すら戻さなかった。
包囲する三機の射線。その絶対的な死線を、漆黒のアドラーは直線軌道を維持したまま滑るようにすり抜けていく。
人間の眼には完全な直進に見えたが、機体はコンマ数秒、数ミリ単位の『調整』の連続を出力していた。放たれた電磁徹甲弾はすべて、アドラーの外殻装甲からコンマ数センチ外れた空間を虚しく通り過ぎていく。
新人類の、人間の反射速度の壁を遥かに超越した演算能力。
その「怪物」の技量を察知した直衛機のパイロットたちは、電磁砲での撃墜を諦め、白熱する高周波ブレードを展開しての超近接肉弾戦へと瞬時に切り替えた。
一機目の六式が、飛行翼をきしませながら正面から突進する。
ハルテンベルクは吸い付くような挙動でわずかに左へスライドし、すれ違いざまに右腕の一閃を放った。火花を散らすブレードが六式の胸部装甲を骨ごと割り、戦機を海面へと叩き落とす。
すぐさま二機目が、執念深くその背後を捉えて肉薄した。
ハルテンベルクは減速すらしない。アドラーの首を百八十度反転させ、完全に真後ろを向いた状態で、腰部マウントの電磁砲を無造作に一発だけ放った。
照準を合わせる挙動すら、そこにはなかった。にもかかわらず、弾丸は二機目の六式の中心部へと正確に突き刺さり、主翼ごとコクピットを吹き飛ばした。
三機目の六式は、もはや生還を捨てた「特攻」の機動でアドラーの機首へ体当たりを試みた。
だが、ハルテンベルクの漆黒のブレードが弧を描いて一閃。真っ二つに両断された鉄屑は、爆炎を吹き出しながら、儚くパナマの海へと散っていった。
最初の敵機と接触してから、わずか四十六秒。
まさしく、人智を超えた機械知性がもたらす「瞬殺」だった。
大和の巨大な防弾ガラスが、目前にまで迫る。
ハルテンベルク機の手にする高周波ブレードが、最大出力で白熱した。
ドォォォォン! と、空間を激しく震わせる大轟音。
高周波の刃が、大和の艦橋側面の超重装甲板へと力任せに叩きつけられた。艦橋全体が、巨大な地震に襲われたかのように激しくのたうち回り、水雲はコンソールにしがみついて歯を食いしばった。
一瞬の後、凄まじい白煙が晴れる。
艦橋の防弾ガラスの外装には、融解した鉄が滴り落ちる、悍ましいほどに深い大傷が刻まれていた。
だが──装甲は、貫通していなかった。
大和の主要部や司令塔を守る装甲板は三年前の現代化改修によって『超硬スターライト』の追加装甲板が設置されており、その厚さは世界最高の「二百六十ミリ」。アドラーの高周波ブレードは装甲の半分まで食い込んだものの、その頑強な防壁を突き抜けるには至らなかったのだ。
水雲は、眼前のガラス一枚隔てた向こうに刻まれた融解の傷跡を見つめ、強張っていた表情をゆっくりと緩めた。
「……ふふ」
最初は、低く、喉を鳴らすような小さな自嘲。
それが、やがて確信に満ちた狂った高笑いへと変わっていった。
「──ははは! ははははは! 不沈ですよ、この大和は! 貴様らのような羽虫が何機群がろうとも、この偉大なる鋼鉄の巨艦を崩すことなど断じてできん! 帝国が誇る最高峰の科学技術と、六万八千トンの重装甲の前では、貴様らの武装などただの爪楊枝も同然だ!」
水雲は、割れた陶器と焦げ茶色のアールグレイが散乱する床を踏みつけ、ハルテンベルクをあざ笑うように叫び続けた。
だが、彼の哄笑をかき消すように、電測員の血を吐くような悲鳴が艦橋に響いた。
「──敵機! 本艦の直上、真上から超垂直急降下中ッ!」
「何だと……!?」
水雲が振り返る間もなく、大和の「背後」から、空気を引き裂く凶暴な落下音が轟いた。
大和の第二煙突。
排気効率を極限まで高めるために設計された、直径三メートルを超える巨大な排気口。排気を阻害しないよう蜂の巣状の防煙装甲こそあるが、その防御力は他の箇所に比べ明らかに脆弱であり、不沈戦艦における唯一と言っていい弱点。
ジークフリートは、言葉通り最初からそこを狙っていた。
ハルテンベルクによる艦橋への捨て身の突撃は、大和のすべての防空リソースと水雲の意識を完全に一角へ釘付けにするための、陽動に過ぎなかった。
『──おねえさま。僕、このでっかいアヒルのナカに入ってみるねえ?』
『ええ、いいわよジーク。素敵な旅を。お土産を忘れないでね』
スピーカーから流れる、ジークフリートの歌うような、おぞましいほど無邪気な声。
漆黒のアドラーが、大和の煙突口に向けて完全に垂直な急降下機動に入った。
高周波ブレードを機体の最前面へと突き出し、自らを一本の鋼鉄の矢に変えて突進する。煙突の入り口を覆う蜂の巣状の防煙装甲が、ブレードの熱量と数トンの落下質量によって、一瞬にしてひしゃげ、火花を爆発させながら弾け飛んだ。
アドラーは速度を落とすことなく、そのまま排気の煙が渦巻く暗黒の煙突内部へと、滑り込むように吸い込まれて消えた。
大和の艦橋が、不気味な静寂に包まれる。
「……煙突から、艦内に入り込んだ、だと……?」
参謀長が、カサカサに乾いた喉から掠れた声を漏らした。それは、戦場の常識を完全に破壊された者の、無力な呟きだった。
ドゴォォォン──!
艦橋の底、遥か地下深くから、くぐもった、しかし凄まじい重低音の連続爆発音が響いてきた。
一度、二度、三度。
駆動し続けていたメインボイラー、そして機関室が、侵入したアドラーの手によって内側から物理的に、蹂躙するように粉砕され始めていたのだ。
「機関室! 機関室、何が起きている! 応答しろ!」
水雲はマイクを掴み、喉を引き裂くように叫んだ。
だが、返答はなかった。主要な伝声管も電子回路も、内側からの破壊によってすでにずたずたに切断されていた。
次の爆発は、これまでとは比較にならないほど巨大だった。
艦橋の床が激しく跳ね上がり、天井の鉄板が剥がれ落ちて計器を圧殺する。
「──まさか、弾薬庫に火が……!」
誰かの絶叫は、最後まで言葉にならなかった。
──ドォォォォォン!!
大和の右舷から、海水を一瞬で沸騰させるほどの凄まじい炎の巨大な塊が噴き出した。間髪入れず、左舷からも同様の爆炎が突き抜ける。
機関部の誘爆。そして、三連装主砲の巨砲を稼働させるための、弾薬庫の主薬群へと火が完全に回ったのだ。
その大爆発の爆風と紅蓮の炎を背に浴びながら、大和の煙突口から、一機の黒い影が弾かれたように夜空へと飛び出した。
ジークフリートのアドラーだった。
全身の装甲に排気の煤と黒い焦げがこびりついていたが、その駆動系は、何一つ問題なく咆哮を上げ、マリアンネの待つ空へと上昇していく。
『──できた、できたあ! 「大和」の中って、思ったより広くて快適だったよ、お姉様!』
ジークフリートの嬉々とした声が、通信機から漏れ聞こえる。
その直後、戦艦大和は、完全に「崩壊」した。
爆発は連鎖を止めなかった。主弾薬庫からボイラー室、そして艦首の巨大な第一砲塔の基部へ。
内側から膨れ上がる狂暴な爆圧が、六万八千トンの鋼鉄の城塞を内側から引き裂き、引きちぎり、装甲を紙屑のように引き裂いていく。
水雲提督の立つ大和の艦橋は、一瞬にして巨大な炎の渦に包まれ、彼の官僚的な野心も、不沈の妄想も、そのすべてが紅蓮の地獄へと消え去っていった。
海面に、天を衝くほどの巨大な白い水柱が立ち上がり、パナマの空を真っ白に染め上げる。
やがて、その水柱が海面へと崩れ落ちた時──。
そこには、大日本帝国海軍の誇りであった、あの世界最大最強の戦艦『大和』の姿は、影も形も存在しなかった。
ただ、荒れ狂う太平洋の波頭の上に、黒い煙だけが、墓標のように虚しく立ち上り続けていた。




