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46話 大和撃沈②

──1953年7月10日、午後零時三十一分。

その音は、鼓膜を物理的に引き裂くような金切り声だった。

大和の戦闘情報センター、そして艦橋全体を赤色の非常警報が真っ赤に染め上げた。

 

「──緊、緊急警報! 北北東方向より、超低空を巡航する多数の高速レーダー反応を確認!」

 

レーダーオシロスコープを凝視するオペレーターの声が、恐怖で上ずっていた。

 

「三十、四十、五十以上……! 誘導弾です! 敵前進基地より放たれた、V4超高速対艦誘導弾の波状発射を確認! ──本艦へ向けて直進中!」

 

「──対空戦闘、全艦一斉打ち方始め!」

 

参謀長が、肺が破れんばかりの声で叫んだ。

大和、そして空母『天城』『葛城』を中核とする輪形陣の護衛艦群──軽巡洋艦や駆逐艦が一斉にその回頭を開始し、各々の対空射撃管制を北北東の空へと向けた。

自動計算された弾道に従い、大和の12.7センチ高角砲群、そして無数の25ミリ三連装機関砲が轟然と火を噴く。

上空に僅かに残されていた日本海軍の直衛空戦機たちも、この超高速の巨大な「鉄の雨」を阻止すべく、電磁砲の火線を北の空へと一斉に収束させ、弾幕を形成した。

大和の重厚な防弾ガラスの向こう。

水雲は、微かなノイズに眉をひそめながら、愛用の白磁のカップを卓上へと置いた。水平線の彼方、空の境界が白熱する光球で埋め尽くされていく。

超極音速で殺到するV4誘導弾の群れは、第一機動艦隊が誇る鋼鉄の火網の前に、次々と空中で大爆発を起こして四散した。破片が白く泡立つ海面に雨のように降り注ぎ、凄まじい衝撃波が波紋を広げる。

 

「──敵誘導弾、迎撃率九十二パーセントを達成!」

 

緊迫した報告が艦橋に響いた。

 

「残存弾は六! 防空駆逐艦のFCSが、すでに個別にロックオンしています。問題ありません、追撃中です!」

 

水雲は、その完璧な迎撃シークエンスを横目で眺め、ふっと緊張を解いて美しく微笑んだ。

 

「……まるで、夏の夜の安っぽい花火ですね」

 

彼は、ふてぶてしく肩をすくめてみせた。

 

「これが、大ゲルマン帝国が極秘裏に隠し持っていた『超技術』とやらの正体ですか。随分と景気のいい、派手なだけの無駄骨だ。やはり、我が国の海軍力の足元にも──」

 

「──閣下、お待ちください!」

 

参謀長が、水雲の官僚的な勝利宣言を強引に遮った。

その瞬間、別の電測オペレーターが、まるで地獄の底から這い上がってきたような絶叫を上げた。その声には、先ほどまでの統制など微塵も残っていなかった。

 

「──南南西、海面密着超低空に、無数の熱源反応! 異常な高速で接近中!」

 

「……何だと?」

 

「海面スレスレを滑走しています! 高度三メートル以下! 波頭の乱反射により、レーダーが完全に捕捉できていませんでした! その数は……三十、いや、五十機以上!」

 

参謀長の顔面から、一瞬で血の気が失せた。

全艦のレーダー、そして自動対空砲の射撃管制は、北北東のV4誘導弾を迎撃するために、その電子的・物理的なリソースのすべてを使い果たしていた。

 

「V4」は罠だった。

ハルテンベルクは、全艦隊の視線を強制的に北へ釘付けにし、その完全な裏側。防空ドクトリンの死角である「海面スレスレの南南西」から、アドラーの大群を突入させたのだ。

南側の海面は、完全に無防備だった。

 

「取り舵いっぱい! 全艦、面舵! 防空砲、南へ指向させろ!」

 

参謀長が喚き散らす。

だが、その命令は大和の巨大な装甲を動かすにはあまりに遅すぎた。大ゲルマン帝国の黒い死神たちは、すでに第一機動艦隊の懐深くまで爪を食い込ませていた。

水雲は、窓の外を凝視した。海面から、信じがたい「何か」が、狂ったような速度で迫っていた。

黒い異形の影が複数、波頭を抉り、凄まじい水飛沫を背景に、しかし高度は完璧に海面三メートルを維持したまま、大和に向かって一直線に突進してくる。

Ⅶ号戦機──アドラー。

水雲は、落としそうになった紅茶のカップを両手で掴もうとした。だが、その白い指先は、不器用なほどにガタガタと震え、言うことを聞かなかった。

 

「……かい、回避。全艦、今すぐ回避行動を……!」

 

だが、先頭を駆るジークフリートのアドラーはすでに、自慢の高周波ブレードの白熱する死線を、外周の駆逐艦の喉元へと突き立てていた。


最初に屠られたのは、防空駆逐艦『涼風』だった。

ジークフリート機が超低空でその横をすれ違いざま、展開した高周波ブレードが、涼風の艦橋を横一文字に無造作にスライスした。指揮中枢を一瞬で失った駆逐艦は、黒煙を吹き上げながら惰性で進み、そのわずか二秒後──露出した魚雷発射管に引火、弾薬庫が誘爆した。

大轟音と共に艦体が真っ二つに裂け、紅蓮の炎が海面を焼き尽くす。

 

続いて、軽巡洋艦『阿賀野』が被弾した。

マリアンネ中尉の冷徹な一撃が艦尾の推進器を粉砕、艦尾から巨大な火柱が立ち上る。沈没こそ免れたものの、艦隊の防空の要であった巡洋艦は、その場で浮かぶただの鉄屑と化した。

黒いアドラーの群れは、止まらなかった。

護衛の駆逐艦八隻が、必死に南南西へ砲身を向けようともがいていた。だが、艦船の自動対空システムは、高高度から飛来する誘導弾を迎撃することに最適化されており、海面スレスレを時速数百キロで突進し、三次元的にのたうち回るアドラーを、至近距離で捕捉することは物理的な限界を超えていた。

奇襲開始から、わずか三分。

第一機動艦隊の「傘」を形成していた駆逐艦群の半分が、沈むか、あるいは戦闘能力を永久に失い、海面は血と重油の焦げ臭い黒煙で埋め尽くされた。

アドラーの狂鳥たちが、輪形陣の内側──空母群の領域へと、容易く侵入した。

 

「──空母を狙わせるな! 撃ち落とせ!」水雲は窓に顔を押し当てて叫んだ。

 

窓外の至近距離には、空母『天城』の広大なコンクリート甲板が見えていた。発艦作業を急ぐ天城の甲板上には、出撃を待つ燃料満載の艦載機、そして露出した航空燃料ホースが這い回っていた。

一撃でもまともな誘爆を許せば、超弩級空母は一瞬で海上の火葬場と化す。

 

「天城、葛城! 煙幕を展開し、全速で回避しろ!」

 

だが、彼の絶望的な命令が通信機にのる前に──

爆撃の悪魔、ハンス=ウルリッヒ・ルーデラ大尉の漆黒のアドラーが、天城の左舷へ肉薄していた。

 

「──日本人の巨大なアヒルめ。この熱帯で、綺麗に焼き鳥にしてやる」

 

ルーデラ大尉は冷酷に笑い、アドラーの質量そのものを天城の艦体にぶつけるように滑走。高周波ブレードが、天城の左舷外装を凄まじい金属摩擦の火花と共に削り取った。

飛行甲板の縁がズタズタに裂け、露出した格納庫の防爆扉が紙屑のように引き裂かれる。

格納庫内で燃料が誘爆し、天城の側面から、ドォォンと巨大な火球が噴き出した。

『葛城』の艦長は、独断で面舵いっぱいの緊急回避機動をとった。だが、数万トンの超大型艦の急旋回はあまりに緩慢であり、アドラーたちの超高速機動の敵ではなかった。

 

二機のアドラーが葛城の艦首から艦尾に向けて、文字通り直線的に滑走──高周波ブレードがコンクリート甲板を真っ二つに焼き、航空燃料を撒き散らして去っていった。

大和の巨大な副砲群が、ようやく南南西へその砲口を向け、火を吹き始めた。

だが、海面三メートルを波飛沫と同化しながら飛ぶアドラーに対し、大和の副砲のが物理的に合わなかった。大和の放った巨大な榴弾は、アドラーの頭上を虚しく通り過ぎ、遥か彼方の海面を爆発させるに留まった。

 

大和の艦橋。

水雲は、立ったまま、窓の外の地獄絵図をただ見つめていた。

手からこぼれ落ちたイギリス製のアールグレイの白磁カップは、大和の床に虚しく落ちて砕け散り、焦げ茶色の液体が、提督の磨き上げられた軍靴を無惨に汚していた。

 

「──閣下! 本艦に来ます!」

 

参謀長が、窓を叩いて絶叫した。

煙と炎の幕を切り裂いて、先頭を行く一機のアドラーが、大和の防空火器の死角を突いて真っ直ぐに向かってくる。

──ハルテンベルク中佐の機体。

その漆黒の死神は、大和の巨大な艦橋──水雲提督が立つ、そのガラスの向こう側に向けて、一切のブレなく、一直線に、死の高速で突進していた。

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