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45話 大和撃沈①

一方その頃。パナマシティ沖に展開している第一機動艦隊にも、米軍第一戦機師団の苦境と砲撃支援要請が届いていた。

大和の艦橋に、通信士が報告を持ってきた。

水雲提督は、それを聞きながら紅茶のカップを口に運んだ。アールグレイだった。この炎天下に温かい紅茶を飲む習慣は、若い頃に英国の海軍大学に留学していた頃に身についたものだった。帝国海軍の提督としては些か変わった趣味だったが、水雲はそれを隠す気もなかった。

 

「米国の同業者は、えらい苦境に立たされているようですね」

 

水雲は通信書を副官に返しながら言った。声に同情の色はなかった。どちらかといえば、予想通りだ、という落ち着きがあった。

 

「閣下、砲撃支援の要請が来ております」と参謀長が言った。「大和の主砲を使えば、独軍の密集した陣地を一撃で」

 

「御断りしましょう」と水雲は言った。紅茶をもう一口飲んだ。


「天城と葛城に連絡。遊ばせている空戦機隊を支援に向かわせなさい」

 

参謀長が眉を上げた。


「しかし閣下、現地の要望は明確です。戦機による航空支援では火力が不足する可能性が」

 

「航空支援で十分です。第一航空隊を発進させなさい」

 

「それでは現地の要望に応えられません。それに、航空隊を出せば艦隊のエアカバーが薄くなります。このタイミングで艦隊上空が手薄になるのは」

 

「私の判断です」と水雲は遮った。


「それに仮に、敵がこの隙を狙ってこようとも、この『大和』がある。我が帝国技術の最高結晶であり、絶対不落の防空性能を誇るこの私が座す城がね。第一機動艦隊の安全性など、端から議論に値しない。……そうは思わないかね?」


穏やかな声だったが、それ以上の議論を受け付けない響きがあった。

参謀長は一歩引いた。

 

水雲はカップを置き、窓の外のパナマ湾を見た。

理由は単純だった。砲撃支援というのは、乱暴に言えば、友軍の近くに巨大な鉄塊を撃ち込む行為だ。密林の中で敵味方が入り混じっている状況で大和の四十六センチ砲を使えば、米軍の被害は避けられない。

被害が出れば誰の責任になるか。判断を下した自分の責任になる。

レセップス作戦はここまで順調だった。作戦三日目にして最終水門に迫り、世界はこの作戦の成功を確信しつつある。この戦いに勝てば、水雲提督の名は歴史に刻まれる。連合艦隊司令長官の椅子が現実味を帯びてくる。

その状況で、最後の最後に味方を撃つリスクを冒す必要があるか。

航空支援で十分だ。多少時間がかかっても、米軍がそれだけ損害を出しても、艦砲射撃よりは政治的に安全だ。

水雲は紅茶のカップを再び手に取った。

 

「航空隊の発進を急がせなさい。それと、この件の詳細を私の判断記録に残すよう」

 

参謀長は敬礼した。顔には何も出さなかったが、その目には何かが宿っていた。

水雲はそれに気づかなかった。あるいは、気づいていても気にしなかった。


 ───


生い茂るマングローブの根元が這う、海岸線からわずか五キロ内陸に入った深い熱帯の湿地帯。

そこに、アーリア戦闘団の「カモフラージュ基地」が、不気味に息を潜めていた。

鬱蒼としたヤシの葉と電磁遮断ネットの底で、五十六機の漆黒の『アドラー』が整然と並び立っていた。機体からは、排気熱による不気味な陽炎が立ち上り、ジェネレーターの重低音はすでに、いつでも跳べる超低周波の咆哮を上げている。

 

午後零時十七分。

『──敵空母『天城』『葛城』より、空戦隊の発艦を確認』

 

ヘッドセットから、クラーラによる完璧に抑揚を排除した電子音声が流れた。

 

『天城より六、葛城より八。計十四機──。北北東の地峡深部へ向けて変針。艦隊上空、直衛機の密度低下。……防空網に、計算通りの「穴」が発生しました』

 

「──あはっ! 本当に、あのマヌケな黄色いお猿さんたちは、お空を空っぽにしちゃったねえ、お姉様?」

 

アドラーの個別コックピットから、まるで歌を歌うような、高く澄んだ少年の声が漏れた。

アーリア戦闘団・第二小隊長、ジークフリート少尉。

ハルテンベルクと同じ「ライプニッツ研究所」で製造された、遺伝子操作による完全双子の弟。だがその端整な少女のような貌には、他者の肉体を損壊することに対する、致命的な幼児性の狂気が宿っていた。

 

『そうね、ジーク。本当に、お可愛らしいおさるさん(旧人類)たち』

 

通信回線に、まったく同じ周波数の、しかし遥かに湿り気と冷徹さを帯びた少女の声が重なる。

双子の姉、マリアンネ中尉である。

 

『前大戦でトラック、青島を焼き払った忌々しき『大和』撃滅は、我らがフューラー(総統)の御意志。お姉様と一緒に、成就させましましょうね』

 

「おねえさま、おねえさま! 僕、あのでっかい大和の煙突の中に、電磁ブレードを直接突き刺してみたいなぁ!」


『ええ、いいわよジーク。あなたの好きなように、あの鉄クズを切り裂きなさい』


『おいおいお嬢さん達、盛り上がっているところ悪いが、ちょいと静かにしな』


二人の狂気じみた戯れを、低く、ぶっきらぼうながら芯のある声が遮る。

アーリア戦闘団・突撃隊隊長、ハンス・ルーデラ大尉。

前大戦では西で東で帝国軍の電撃戦を空から支え、「蒼空の悪魔」として数百の戦車と艦艇を一人で屑鉄に変えた、大ゲルマン帝国軍きっての猛者。党の思想に心酔する親衛隊であり、彼は通常の生まれながらその卓越した技量から、ハルテンベルクによってこの死地へと直々にスカウトされた、戦闘団最強の突撃隊長だった。


「俺たちの新しい隊長さんが、何か喋るようだぜ」

  

ハルテンベルクが前に出た。

コックピットから降りて立った彼の姿は、黒い制服に午後の陽光を受けて、密林の緑の中で異質に際立っていた。

 

「諸君」

 

声は大きくなかった。しかし全員が静まった。

 

「我々はパナマの密林に潜んで何日待ったか。敵が来るのを待った。敵が前進するのを待った。敵が油断するのを待った。その時が今来た」

 

誰も声を上げなかった。全員が聞いていた。

 

「十二年前の十二月八日、あの艦隊はトラック諸島に奇襲をかけた。我が帝国の東洋艦隊を、眠っている間に焼き払った。今日、我々は同じことをする。ただし我々は、昼間に、相手の目の前でやる」

 

「……ほぅ。奇襲ではなく、正面からの処刑か。いい趣味だ」

 

ルーデラ大尉が、その鋼鉄のような口角を獰猛に歪めた。

 

「その通りだ、ルーデラ大尉」ハルテンベルクは、コックピットのシートへと深く身体を沈め、操縦桿をその白い指先で握りしめた。


「劣等人種どもの創り上げた『無敵の象徴』を。大和を、正面から、塵も残さず叩き潰す。……全機、発進!」

 

その掛け声と共にドォォォォ! と、五十機を越えるアドラーの人工筋肉が一斉に収縮し、地表を揺るがす駆動音がジャングルを吹き飛ばした。

偽装ネットがズタズタに引き裂かれ、黒い死神たちが、滑走路から青い太平洋の空へと、矢のように飛び立っていく。

空は、恐ろしいほどに青かった。

大洋からの冷たい風が、これから始まる「大虐殺」の予兆を乗せて、激しく吹き荒れていた。

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