34話 再戦①
白城翔一の駆る六式の右腕は、すでに完全に沈黙していた。
駆動系を深々と破壊され、主兵装たる電磁砲の照準線は虚しくブレたままだ。残された左腕一本で、アドラーの高周波ブレードを辛うじて受け流し、装甲の損耗を最小限に抑えるためだけに機体を狂ったように動かし続けている。
包囲網を狭めてくる、三機のアドラー。
戦闘開始時こそ同数であったはずの戦力比は、撃墜と戦闘不全による離脱が重なり、気づけば四対九という絶望的な格差に開いていた。
新型機アドラーとの絶対的な性能差を考慮すれば、白城の部隊がここまで持ち堪えたこと自体が奇跡に近い。だが、それも限界だった。物量の差は、個人の技量で埋められる領域を超えている。
(あと何分、この機体が保つか──)
白城が脳内で冷徹なパラメーターを弾き出していた、その時だ。
『白城少佐。そろそろ、無駄な抵抗はお止めなさい』
通信回線に、クーメルの穏やかな、しかし絶対的な優位を確信した声が流れた。
『貴方と、貴方の部隊が示した勇気には敬意を表します。今すぐ武装を解除し、降伏されるなら……大ゲルマン帝国は貴方に「名誉アーリア人」の捕虜待遇を保証しましょう』
「丁重な申し出だが、耳が腐りそうだ」
白城は激しいGに耐えながら、不敵に笑い飛ばした。
「首輪を嵌められて飼い慣らされる豚になるくらいなら、凍土を駆けずり回る飢えた野犬のままで死ぬ方が、我々の性分に合っている」
『……極めて残念だ』
三機のアドラーが、吸い付くような挙動で同時に跳んだ。
白城が姿勢制御スラスターを最大出力にして地表へ沈み込もうとした、まさにその瞬間──。
横合いの闇から、空間を裂くような白熱の光条が一本、突き抜けた。
超極音速で放たれた120ミリ電磁徹甲弾が、先頭のアドラーの肩部複合装甲を正確に撃ち抜いた。轟音と共に火花が爆ぜ、アドラーの巨体が激しくよろめく。
不意の強烈な精密狙撃に、残り二機のアドラーが反射的に姿勢制御スラスターをふかして射線の外へ散った。
「白城少佐、無事か!」
耳慣れた、しかしこれ以上なく頼もしい日本語が通信回線を震わせる。
「一ノ瀬少佐か」白城はハッチ越しに息を吐き出した。「救援感謝する」
「礼には及びません。……強行軍のツケで、即座に戦闘に参加できるのは私を含めて八機だけですがね」
白く厚い蒸気を吹き出しながら、漆黒の『零式二型改』が、白城機の前に立ち塞がった。
「少佐」一ノ瀬が命じた。「動ける機体を集約し、後退を。ここからの正面は我々第七大隊が引き受ける。その隙に負傷機を退避させてください」
「了解した。ありがたく甘えさせてもらう。この借り、いつか返させて貰うからな」
白城は一瞬の迷いもなく即答した。戦場における不要なプライドを削ぎ落とした、本物の指揮官の判断だった。
「一ノ瀬少佐、気をつけろ。俺を追い詰めていた中央のあの一機──奴は、完全に別格だ」
「分かっています」
一ノ瀬は短く応じると、即座に大隊個別回線へと通信を切り替えた。
「第七大隊、全機聞け。陸戦兵団の後退を支援する。敵の注意を完全にこちらへ引き付けろ。ただし、新兵どもは絶対に単独で突っ込むな。浅見、桐島は新兵を挟むようにして、常に『三体一』以上の数的優位を作って当たれ」
『了解』
桐島が、無機質で力強い声で応じる。
「浅見、聞こえるか」
『聞こえてるよ』浅見の、どこか投げやりだが確信に満ちた声が返る。
『三体一ね。新兵の守り神なんて趣味じゃないんだけどさあ』
「文句は後で聞く。各自、散開!」
戦術フォーメーションは、実戦を重ねた彼らの呼吸で自然に構築された。
桐島が南と七宮の機体を引き連れて右翼へ。浅見が舞草と坂巻を率いて左翼へと展開する。それぞれが経験豊富なベテランを頂点とした、三機一組の突撃陣形だ。
「桐島」
『はい』
「七宮と南を、生かして連れ帰れ。それだけが、お前の任務だ」
『──了解』
「浅見」
『なんですか』
「舞草と坂巻を頼む」
『任せといて下さい。この可愛い後輩たちに、墓標を立てさせる気はさらさらないので』
一瞬の沈黙の後、通信が途切れた。
桐島機が雪煙を上げて急加速した。
南と七宮がその左右を固め、完璧な三角陣を描いて滑走する。桐島は一切の迷いなく、北側の廃墟に展開するアドラー群へと吶喊した。
「七宮、南、俺の尻についてこい。一歩でも前に出ることは許さん!」
『了解です!』七宮が応じる。その声は、驚くほど落ち着いていた。
『了解!』南も短く吐き捨てる。
正面から、アドラー三機がこちらの突撃を阻止すべく散開した。
桐島は最高速度を維持したまま突っ込み、相手の有効射程に入る直前、信じがたい急制動をかけて左方向へ急旋回した。
自らを囮とし、敵を誘い込むフェイント。アドラーの一機がその機動に釣られ、側面を晒したまま追撃に食いついた。
「──今だ、七宮!」
『おおおおお!』
七宮機の電磁砲が吠えた。放たれた徹甲弾は、食いついたアドラーの背部スラスターに直撃。爆発が装甲を吹き飛ばし、アドラーの姿勢制御が大きく瓦解する。
そこへ、旋回を終えた桐島機が死神のような滑らかさで背後から肉薄し、高周波ブレードでその息の根を止めた。
残る二機のアドラーが狼狽して散開する。
『逃がすか!』南が強引にその一機を追撃しようとスラスターを吹かした。
「南、単一の獲物を追いすぎるな! 射線を維持しろ!」
桐島がすかさずその背後をカバーし、逃げるアドラーの側面に牽制弾を浴びせる。
一方、南側の廃墟エリアでは、浅見が変幻自在の機動を見せていた。
舞草と坂巻を左右に従え、崩れかけた巨大な製鉄所の鉄骨群を縫うように超低空で飛ぶ。
「坂巻、右の遮蔽物の陰へ滑り込みな。舞草はそのまま私と並列。私が敵のセンサーを引っ掻き回す!」
浅見の六式が、廃墟の壁を蹴るようにして上空へ跳ね上がった。
あえて派手な推進光を撒き散らし、二機のアドラーの注意を強制的に引きつける。
アドラー群の電子眼が浅見に固定され、彼女を撃ち落とそうと照準を重ねた瞬間──。
「──撃て!」
坂巻機が鉄柱の影から滑り出し、アドラーの無防備な右側面へ電磁砲を連射。ほぼ同時に、正面の舞草機が残る一機の胸部装甲へ正確に一撃を叩き込んだ。
激しい炸裂音。
一機のアドラーが右腕を肩ごと喪失し、よろめきながら後退していく。
『ナイスぅ! その調子で追い散らしなさい!』
浅見の陽気な声が、ノイズ混じりの大気へと響き渡った。
戦域の中央、廃墟のコンクリート広場に一人立つ一ノ瀬は、コクピットの中で、周囲の交戦音に五感を研ぎ澄ませていた。
通信回線には、目まぐるしく変化する味方の声が飛び交っている。
南の焦りを制する桐島の冷徹な命令。舞草の精密な狙撃を褒めちぎる浅見の笑い声。そして、自身も戦闘に加わりながら、大隊全体の戦況を的確に把握し、最小限の言葉で指示を重ねる鹿嶽の声。
一ノ瀬はそのすべての気配を意識の端に置きながら、自身の正面を見据えた。
群れから離れ、廃工場の巨大な煙突の影に、一機のアドラーが静止していた。
激しく燃え上がる火炎の光を受け、その筋肉質な装甲が不気味に揺らめいている。
微動だにしない。
ただ、一ノ瀬が来るのを、確信を持って待っている。
『私の言った通りですね、一ノ瀬少佐。我々は惹かれ合う運命だと』
「ああ、だからここで断ち切らせて貰うぞ。クメール……!」
一ノ瀬は『零式二型改』のスロットルを前方に倒し、新型のプラズマジェットを深く咆哮させた。




