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33話 作戦開始③

オンタリオ湖南岸、旧工業港の廃墟。

崩れ落ちた鉄骨と赤錆びたクレーンの影で、白城翔一少佐率いる第一大隊は、三番目となる独軍補給拠点の制圧を完了しつつあった。

吹き飛んだ巨大な燃料タンクから立ち上る猛烈な紅蓮の炎が、結氷した黒い湖面を不気味に照らし出している。

 

「──次の目標は鉄道中継点だ。第二小隊は北側から迂回、第三小隊は正面より突入せよ」

 

白城の声は、地獄のような戦場の只中にあってなお、冷徹なまでに穏やかだった。

傍らの副官が手元の電子地図をスワイプし、次の目標への最短侵入経路を検証している。

ここまで三つの拠点を蹂躙し、大隊が被った損害は軽微にとどまっていた。

後方陽動にまんまと釣られた独軍の守備隊は、弾薬も燃料も枯渇し、組織的な抵抗を試みる余力すら持たなかったのだ。何より、凍てつく五大湖の「氷上を渡って来る」という、陸戦兵団ならではの戦術的奇襲が完全に功を奏していた。

 

「白城少佐、このまま順調に推移すれば、今夜中に四番目の拠点を──」

 

副官が安堵混じりの声を上げかけた、その瞬間だった。

機内コンソールの広帯域電磁センサーが、金切り声を上げて警告を吐き出した。

 

「──ッ、頭上!」

 

白城は本能のまま、スラスターを逆噴射させて六式を横へ跳ばした。

だが、遅すぎた。

頭上の闇を切り裂いて急降下してきた「高周波ブレード」の光条が、六式の右肩装甲を肉ごと削ぎ落とすように深く抉った。凄まじい火花と衝撃。コックピット内のパラメーターが一斉に黄色に変色し、警告音が連続する。

 

「全機散開! 急降下奇襲だ! 繰り返す、頭上を警戒せよ──」

 

絶叫した副官の音声信号が、猛烈なノイズと共に掻き消えた。

廃墟を包む濃密な煙の向こうから、漆黒の影が次々と舞い降りてくる。

一機や二機ではない。五、十、十五──。

暗闇に明滅する炎を浴びて浮かび上がったのは、異様なほど有機的で、筋肉質な肩部装甲を持つ、あの忌まわしい輪郭だった。

Ⅶ号戦機──『アドラー』。

 

「第二小隊、面で応戦しろ!」白城は操縦桿を引き絞る。

 

右腕の駆動システムから深刻なエラー信号が出ているが、機体はまだ辛うじて動く。

 

「第三小隊は即座に離脱、この事態を至急本部に打電せよ!」

 

アドラーの起動シーケンスは狂っていた。

重装甲のレーヴェとは根本的に異なる、質量を無視した超高速機動。三次元の死角を突く方向転換と、物理法則をあざ笑うような鋭角の機動。第一大隊の六式群が電磁砲で反撃を試みるが、あまりに滑らかな残像を前に、火器管制システムの照準器がただ空転を繰り返す。

 

「敵の目標は隊長機だ。私から視線を外させるな、散らせ!」白城は指示を飛ばす。

 

だが、その白城の六式を捉えているのは、一機の狩人だけではなかった。

息の合った連携で射線を塞ぎ、彼を完全なキルゾーンへと追い詰めていく、三機のアドラー。

 

『──白城少佐』

 

ノイズを廃した通信回線から、氷のように透き通った穏やかな声が滑り込んできた。

 

『噂に違わぬ、じつに鮮やかな手際でしたよ。……ですが』

その声の主が誰であるかを、白城は即座に理解した。

『少々、調子に乗りすぎた。ここは一つ、お仕置き。受けてもらわなければね』

 

アーリア戦闘団、エーリヒ・クーメル中佐。

黒い鳥たちが、一斉に獲物の喉元へ牙を剥いた。


───

 

後方待機を命じられていた第七独立戦機大隊の電子コンソールに、最優先の割り込み緊急通信が入ったのは、午後七時を回った頃だった。

 

『──こちら陸戦兵団、第一大隊! オンタリオ湖南岸にて、敵の新型機アドラー複数機と交戦中!ら損害甚大。直ちに、直ちに支援を要請する!』

 

スピーカーの奥から、轟然たる爆鳴音と金属の断裂音が混じって聞こえる。

白城の声音は依然として理性を保っていたが、戦況が破滅の一歩手前まで追い詰められているのは、誰の目にも明らかだった。

一ノ瀬はコンソールの戦域マップに目を走らせた。

現在の任務は「全軍予備としての待機」。ここからの独断出撃は、明白な軍令違反となる。だが──奴らが出てきた以上、精鋭の陸戦兵団とはいえ危うい。

 

「大幡司令の直通回線を開け」一ノ瀬が鋭く命じた。

わずか三十秒の電子ノイズの後、大幡の濁った声が響いた。

 

『……全容は聞いている』大幡は短い沈黙の後、吐き出すように言った。

 

『第七大隊、ただちに陸戦兵団の救援に向かえ。──総司令部権限をもって、予備任務の解除を許可する。奴らを、叩き潰してこい』

 

「了解」

 

通信を切ると同時に、一ノ瀬はコックピットのハッチから身を乗り出した。

滑走路の冷たいコンクリートの上、鹿嶽がすでに自機の脚部に寄り添い、じっとこちらを見上げていた。

 

「聞いていたか、鹿嶽」

 

「ええ、漏れなくすべて」

 

鹿嶽は口元を歪め、冷え切った手を叩き合わせた。

 

「アドラーの複数機展開……。やはり、あの悪趣味なアーリア戦闘団ですか」

 

「おそらくな」

 

鹿嶽は、白く湿った息を吐き出した。

 

「また、あの化け物どもの顔を拝むことになるとは」

 

「嫌か」

 

「嫌ですね。……ですが、行かないという選択肢は、俺の頭の中にはありませんよ」

 

一ノ瀬はすでに、新造された『零式二型改』のコクピットへと身を滑り込ませていた。

 

「大隊全機、システム起動。これより出撃する。目標はオンタリオ湖南岸、旧工業港。陸戦兵団第一大隊が、新型アドラーを擁するアーリア戦闘団と交戦中だ。ただちにこれに急行、白城部隊を救援せよ」

 

複数の頼もしい肯定信号が、一ノ瀬のモニターに次々と点灯した。

中でも、桐島の応答シグナルが最も早かった。

 

『少佐』

 

不意に、七宮の震える声が通信に割り込んできた。

 

『アーリア戦闘団が来ているということは……あの機体の中に、伏野を殺した奴が、いるんですね』

 

「……分かっている」

 

一ノ瀬は、あえて冷徹なトーンで遮った。

 

「だからこそ、余計なことを考えるな。復讐は何も生まん、そして戦場で感情に流された奴から順に死ぬ。分かったな、七宮」

 

『……了解、しました。頭を冷やします』

 

重低音を響かせ、零式二型改のシステムが完全起動した。

シートから伝わる微細な振動は、長年付き添ってきたあの旧零式よりも、遥かに重く、そして頼もしい「質量」を教えてくれる。

 

「これより第七大隊は、全力出撃する。何としても友軍を救援する。行くぞ!」


極寒の夜を裂いて、新生第七大隊が凍てついた雪原へと滑り出した。

オンタリオ湖南岸まで、距離にして四十キロ。

地平線を赤く染め上げる、復讐と激突の地獄まで、もう時間は残されていなかった。

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