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31話 作戦開始①

演習場の空には、六式の重苦しいエンジン音が絶え間なく轟いていた。

鹿嶽の号令のもと、再編された第七独立戦機大隊が繰り返す隊形演習。突号作戦における陽動任務に向け、僚機同士の連携精度を極限まで叩き込むための過酷な訓練だ。一ノ瀬はそれを遠目に確認し、メイン格納庫の奥へと向かった。

 

鶴木からの呼び出しがあったのは、朝の訓練開始から三十分後のことだった。


「少佐、見ていただきたいものがあります」──その短く、しかし含みのある言葉だけが耳に残っていた。

 

格納庫の最深部、通常は廃棄部品が積み上げられる区画に、鶴木は立っていた。周囲を数名の整備班員が囲んでいる。

 

「……これは」

 

鶴木が遮光シートを剥ぎ取ると、一ノ瀬の足が止まった。

 

「零式の発展型です」

 

鶴木が眼鏡を押し上げながら答える。

 

「正確には、六式の開発過程で並行して研究されていた実験機です。かつて本土の技術廠で設計が進んでいましたが、六式の制式採用が決まった煽りで予算を凍結され、開発中止の憂き目に遭いました」

 

「それがなぜ、この最前線にある」

 

「本土の旧友を伝手に、私が引っ張り出しました」

 

鶴木は事もなげに言った。


「少佐が旧式となった零式で戦い続ける背中を見ていて……もし、この機体が完成していればと何度思ったことか。本土の保管倉庫に眠っていた試作個体を、補給船団のコンテナの隅に混ぜて送ってもらいました。非公式かつ横領に近い手続きでしたから、少々面倒なことになりましたがね」

 

一ノ瀬は機体に歩み寄った。

零式の面影は色濃い。全体的なフォルムは一ノ瀬が乗り慣れたあの愛機に近いが、細部が洗練されていた。肩部の装甲は厚く、関節構造は複合式に強化されている。脚部には微細な機動を補助するスラスターが増設され、胸部の装甲は六式の設計思想を取り入れた形状へと再設計されていた。

 

「出力は」

 

「零式比で三倍です。六式と同等以上の出力、零式の機敏さを維持したまま、装甲と火力を底上げしています。六式と零式、両者の長所を統合した『理想の過渡期』といえる設計です」

 

「動くのか」

 

「基本的な稼働確認とシステム照合は完了しています。ただ、実戦運用データは当然ながらゼロです」

 

一ノ瀬は機体を一周した。かつてアドラーに両足を切断された時の感覚が、手のひらに蘇る。あの時、零式の限界を痛感していたからだ。だが、これなら。

 

「名称は」

 

「開発コード『零式二型改』。制式名は与えられていません。葬られた機体ですから」

 

一ノ瀬は機体の前に立ち、コックピットを見上げた。零式より少し高い位置にある。乗り込む角度すら違う。慣れる時間は必要だが──アドラーと再び対峙するなら、今のままでは足りない。

 

「鶴木、整備は間に合うか」

 

「突号作戦の開始までに、という意味でしたら」

 

「そうだ」

 

鶴木は腕を組み、わずかに苦渋の表情を浮かべた。

 

「徹夜の連続になりますが、最低限の実戦投入には対応させます。ただ、少佐、操縦習熟の訓練時間が……」

 

「一日あれば十分だ」

 

一ノ瀬の即答に、鶴木は一度眼鏡を外し、布で丁寧に拭いてから掛け直した。

 

「わかりました。やってみせます」

 

一ノ瀬は機体を見上げた。零式の魂を宿し、より冷酷に研ぎ澄まされた刃。

 

「鶴木、礼を言うぞ」

 

「整備班の仕事です」

 

鶴木は短くそう返すと、すぐさま作業灯を手に取り、機体の腹部へと潜り込んでいった。


───

 

一週間後。突号作戦は発動された。

2月26日、午前3時。

オンタリオ州北部の夜空は澄み渡り、零下15度の冷気が支配していた。機体の装甲が凍てつき、金属が軋む音が静寂に響く。

 

「全機、出る」

 

一ノ瀬の通信とともに、零式二型改のエンジンが静かに目覚めた。零式の鼓動に近いが、一回り重く、頼もしい。

第七大隊がフレンチリバー北方の独軍陣地を蹂躙したのは、黎明の直前だった。

狙いは撃破数ではない。「大規模反攻」の存在感を敵参謀本部に植え付けること。レーヴェの重装甲を電磁砲で穿ち、指揮通信車両を優先的に粉砕し、陣地の要衝をかき乱しては霧のように消える。それを三箇所で繰り返した。

敵は即座に反応した。情報部の報告によれば「独軍北方軍集団、機動予備を北部へ緊急集結中」。

 

「目論見通りだ」

 

地図上の赤い矢印が北へ向くのを見て、一ノ瀬は冷ややかに告げた。「任務完了。全機、戦域離脱する」

損害は四式二機、大破一。しかし乗員は全員無事だった。


───

 

2月28日、午前0時。

突号作戦、第一段階。

オンタリオ湖の氷上を、陸戦兵団の影が滑り出した。白城少佐の第一大隊が先頭を行く。月のない漆黒の夜、冬季迷彩を纏った六式たちが、氷面に反射する星明かりを背に、音もなく南岸へ迫る。独軍の哨戒網は北方の陽動に完全に吸い寄せられており、湖を渡ってくる部隊など、彼らの想定には存在しなかった。

午前2時17分、南岸の補給拠点が轟音と共に炎上した。

「第一拠点、制圧」

白城の冷静な声が通信に乗る。続いて第二、第三と、補給線の中枢が次々と火を噴いた。

夜が明ける頃には、オンタリオ南部の独軍補給網は機能不全に陥っていた。前線への弾薬と燃料の供給は絶たれた。


作戦初期の状況は順調そのものであり、凍てつく戦場は、大反攻の序曲に沸き立っていた。

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