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30話 突号作戦②

一ノ瀬に招集がかかったのは、翌日の正午ちょうどであった。

指定されたのは、総司令部庁舎の地下最深部に位置する第一大会議室だった。開戦以来、防衛線の崩壊を防ぐための血臭い作戦協議が重ねられてきた部屋であり、入室には厳重な二重の身分証提示と、電磁シールドボックスへの通信端末の預け入れが義務付けられていた。

重厚な防音扉を開けると、室内はすでに異様な熱気に包まれていた。


細長い不整形なテーブルを囲むように並ぶ顔触れは、一ノ瀬の知る者と、見知らぬ者が混在していた。第七大隊と同じく、オンタリオの地獄で後退支援に骨をすり減らしてきた各大隊長たち。そして、昨日バンクーバー港に降り立ったばかりの、陸戦兵団の将校たち──その中には、白城翔一少佐の姿もあった。物腰柔らかな横顔のまま、隣の副官と淡々と言葉を交わしている。

一ノ瀬が指定された席に着くと、間を置かず司令官の大幡が入室してきた。

室内の将校が一斉に起立し、硬質な着剣音が響くような敬礼を捧げる。大幡はそれを手で制し、着席を促した。

 

「全員揃ったな。始めるぞ」

 

参謀長が大型スクリーンの前に進み出ると、部屋の照明が落とされた。映し出されたのは、オンタリオ州を中心とした北米東部の精緻な地形図だった。

 

「日英合同軍、冬季反攻作戦──作戦名『突号』。その概要を説明する」

 

ざわめく大隊長たちを冷徹に見下ろしながら、参謀長の指示棒がオンタリオ湖の広大な水面を叩いた。


「現在、独軍の主要補給拠点はオンタリオ南部に集中している。ケベックから伸びる補給線の大動脈は、湖沼と平野を縫うように走っており、冬季においては積雪と結氷によって輸送効率が著しく低下する。これが第一の前提だ」

 

指示棒が、敵の防衛線の後方をなぞる。

 

「第二の前提。独軍は現在、破竹の進撃と引き換えにその脆弱化した補給線の防衛に過剰な兵力を割かざるを得なくなっている。結果として前線への増援・ローテーションは滞り、戦力密度は低下。──つまり、今この瞬間が、大ゲルマン帝国軍の最も脆いタイミングである」

 

室内に、乾いた緊張のざわめきが走った。

 

「突号作戦の骨子は、大きく分けて三点」

 

スクリーンに、血の滲むような赤の矢印が三本、鋭く描き込まれた。

 

一、湖上奇襲: 陸戦兵団によるオンタリオ湖南岸への奇襲強襲。敵の心臓部たる補給拠点を直接粉砕し、前線への大動脈を寸断する。

 

二、正面反攻: 敵兵站の混乱と麻痺に乗じ、日英陸軍主力部隊が東方へ向けて一斉に反撃を実施。押し込まれていた防衛線を一挙に奪還する。

 

三、各個撃破: 連絡線を断たれて孤立した独軍の前線部隊を包囲し、退路を断って一網打尽にする。

 

参謀長は一度言葉を切り、室内をギロリと見渡した。

 

「以上が作戦概要だ。各部隊の詳細な役割は、この後説明する」

 

大幡が低く、濁った声で引き継いだ。

 

「一つ、ハッキリ言っておこう。この作戦は、大いなる博打だ。成功の保証などどこにもない。だがな、打って出なければ我々は遠からず確実に押し潰され、敗北する。その認識を全員が血肉に刻んだ上で、己の任務を完遂せよ!!」

 

室内は水を打ったように静まり返った。スクリーンから放たれる赤い矢印の光が、壁に不気味な影を落としている。


参謀長が再び声を張った。

 

「各部隊の具体的な任務を詳述する。まず、主攻たる陸戦兵団。第一、および第二大隊が中核となり、完全結氷したオンタリオ湖を強行突破。南岸の独軍兵站拠点を蹂躙する。氷上高速機動と水上展開を複合した、敵の意表を突く完全な奇襲だ。この強襲の成否が、本全軍作戦のすべてを左右する」

 

白城は表情を変えず、ただ静かに一度だけ顎を引いた。

 

「続いて日英陸軍主力。第九師団および英連邦軍第五十一師団を主軸とし、東方への本格攻勢を開始。側背に回り込む機動部隊と連携し、孤立した敵の防衛線を剥ぎ取る」

 

指示棒が、凍てつく地図の最北部、寂寥たる荒野へと移動した。

 

「そして──」参謀長が、一ノ瀬の座る一角へ冷たい視線を向けた。


「第七独立戦機大隊。一ノ瀬少佐」

 

室内の視線が、一斉に一ノ瀬へ集中した。

 

「第七大隊には、本作戦において極めて特異、かつ重要な役割を担ってもらう」

 

スクリーンに、一本の孤立した矢印が追加された。北へ向けて、単独で突き刺さる絶望的な矢印だ。

フレンチリバー北方への単独陽動攻撃。

 

「作戦発動の四十八時間前、第七大隊は当該地域の独軍陣地へ強襲を敢行せよ。目的は二つ。第一に、これまでの凄惨な後退戦において独軍参謀部にその功名を轟かせた『幽霊大隊』の健在を誇示し、北方からの大規模反攻が主攻であると錯覚させること。第二に、敵の機動予備戦力を可能な限り北へと誘引し、陸戦兵団が突入するオンタリオ湖南岸の防備を希釈すること」

 

つまり、最悪の囮か。

一ノ瀬は表情を一切崩さず、その事実を胃に落とし込んだ。

第七大隊は、これまでの退却戦で、良くも悪くもドイツ軍に「最も油断ならない厄介な連中」として認識されている。その生存率と知名度を、最高の効率で使い潰そうという意図だった。

参謀長が事務的に付け加える。

 

「陽動任務完了の暁には、第七大隊は即座に戦線を離脱。本攻勢の全軍予備として後方に待機せよ。作戦中の不測の事態における、緊急投入の切り札とする」

 

室内に微かなざわめきが戻った。

 

一ノ瀬はただ、北を指す孤独な矢印を見つめていた。囮、そして予備。後退支援という泥水を散々すすらせた挙句、今度は最も目立つ標的として戦場に晒される。

大幡が、椅子の背にもたれたまま、ちらりと一ノ瀬に視線を送ってきた。一ノ瀬はその濁った瞳を、真っ直ぐに見返した。

 

(休養と補充を優先手配して、義理を果たしたわけか)


視線が交錯した刹那、大幡はわずかに、本当にわずかに目を逸らし、手元の端末へ視線を戻した。

 

「質問がある者は」

 

参謀長の声に応じ、いくつかの手が上がった。だが、一ノ瀬の手が上がることはなかった。

彼が戦場でやるべきことは、すでにその歪んだ地図の上に、残酷なほど明瞭に描かれていた。

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