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29話 突号作戦①

バンクーバー港には、刺すような朝靄が立ち込めていた。

一ノ瀬と鹿嶽は身を切る潮風に耐えながら岸壁に並び、巨大なクレーンが輸送船の甲板から鋼鉄の塊を吊り上げる光景をじっと見つめていた。

厳重に封印されたコンテナが次々と荷降ろしされていく。その中身は、最新鋭の「六式戦機」の交換パーツ群だ。大幡司令が口にした通り、本土からの最優先手配は、欺瞞偽りのない事実として目の前に転がっていた。

 

「……六式だけで、まさか八機も回してくるとはな」

 

鹿嶽が、白い息を吐き出しながら呟いた。

 

「ああ。残りの穴埋めには、重装型の五式改が補填される。大隊の定数はこれで揃う」

 

一ノ瀬が応じる。

 

「まだまだ総数が限られている六式に、前線じゃ引く手あまたの五式改だ。大幡司令、えらい大盤振る舞いじゃないか。それだけ次の『ツケ』が重いって証拠だろうが」

 

少し離れた岸壁の端では、整備班長の鶴木が眼鏡を霧で曇らせながら、受領書類を片手に班員たちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしている姿が見えた。彼らの手によって、傷ついた大隊は急速に牙を取り戻しつつあった。

しかし、一ノ瀬の視線はすでに自らの大隊のコンテナから外れ、隣の第3岸壁へと向けられていた。

そこには、もう一隻の大型輸送船が接岸していた。そちらからも次々と「戦機」が降ろされていたが、その外殻の色彩は、一ノ瀬たちの見慣れた均一なオリーブドラブではなかった。

 

白、灰、そして暗緑──周囲の寒涼な景色に溶け込むような、鮮烈な「冬季迷彩」だった。

それも一機や二機ではない。クレーンが唸りを上げるたびに岸壁へ整然と並べられていく鋼鉄の巨躯を、一ノ瀬は無言で数え続けた。

 

「……陸戦兵団か」

 

鹿嶽の言葉に、声音から軽薄さが消えた。

 

「ああ。間違いない」


陸戦兵団。陸海統合軍の中でも、強襲・地獄の先陣を専門とする独立精鋭部隊。

通常の戦機部隊が戦線での機動戦や防衛・維持を主任務とするのに対し、彼らの運用思想は極端なまでに攻撃へ傾斜している。敵陣地への直接挺身、後方攪乱、要塞の強行制圧。第二次大戦では太平洋と大西洋の両洋で、数々の不可能を可能にしてきた軍狼たちだ。

その陸戦兵団が、このバンクーバーに集結しつつある。

しかも、北米の冬を象徴する偽装を纏って。

 

「白城少佐の、第一大隊だな」

 

鹿嶽が機体に刻まれた部隊章を鋭く見咎めた。

 

「見ろ、流石精鋭部隊だ。全機が六式だ」

 

白城翔一少佐。

陸戦兵団司令・縞野将軍の懐刀であり、前大戦では太平洋から大西洋まで、あらゆる死線を最前線で踏み越えてきた男だ。物腰は貴族のように優雅で、平時は紳士的な好男子だが、ひとたび戦機に乗り込めば、狂暴なまでの闘志で常に先陣を駆ける。青島攻略戦、トラック諸島強襲戦──彼が戦場に姿を現す時、それは常に、巨大な攻勢作戦の前兆であった。

 

「壮観を通り越して、不気味だな」

 

鹿嶽が腕を組み、顎の骨を鳴らした。

 

「ああ」一ノ瀬の瞳に、冬の冷たい光が宿る。


「これほどの精鋭をお呼びしたんだ。ここからの戦争は、これまでの泥縄の防衛戦じゃない。……反転攻勢だ」

 

「大幡司令が言っていたな。再編が終わったら、話があると」

 

「ああまず間違いなく、あの陸戦兵団との共同任務だろうな」

 

一ノ瀬は、岸壁を埋め尽くしていく冬季迷彩の六式を見つめていた。その数は今も増え続けている。

これまで自分たちが後退支援で使い古してきた戦機とは、纏う空気が根本から違っていた。前に出ること、敵の防衛線を食い破ることだけを求めて最適化された兵器。

守るための鉄ではない。奪うための、そして殺すための鉄だ。

 

鹿嶽が短く、冷ややかな息を吐き出した。

 

「やはり一ヶ月休暇は、地獄の片道切符だったか」

 

「そういうことだ」


二人はしばらく、無言で岸壁を眺めていた。だが、鹿嶽がふと眉をひそめ、視線を険しくした。

 

「……しかし、一ノ瀬。一つ、酷く腑に落ちんことがある」

 

「何だ」

 

鹿嶽は陸戦兵団の機体を顎で示した。

 

「陸戦兵団の本領は、本来『上陸作戦』のはずだ。強襲揚陸艦や空母から直接沿岸に文字通り叩きつけられ、橋頭堡を強奪する。前大戦の青島でも、トラックでも、諸島作戦でも、奴らはそういう戦い方をしてきた。……だが、ここはカナダだ」

 

鹿嶽は言葉を続ける。


「陸続きの広大な泥沼に、なぜ上陸戦の専門家を呼び寄せる?  陸戦兵団の強みは海からの奇襲性だ。陸から陸へ平押しをかけるなら、通常の機甲師団や重戦機大隊のほうが遥かに打撃力がある」

 

一ノ瀬は海霧の向こう、冬季迷彩の装甲を見つめたまま、地政学的な記憶を脳裏に展開した。

 

「……海ではないが、水はある」

 

「何?」

 

「五大湖だ。エリー湖、あるいはオンタリオ湖」

 

一ノ瀬の声が低くなる。

 

「独軍は現在、占領しオンタリオ南部に巨大な兵站拠点を集中させている。だが、その大動脈たる補給線は、五大湖の湖岸線に完全に露出している部分が多い。……陸路から正面突破を試みれば、防衛線に阻まれて泥沼の消耗戦になる。だが、湖側からの接近なら話は別だ」

 

鹿嶽が目を見開いた。


「湖上からの強襲、か」

 

「そうだ。陸戦兵団で湖岸の港湾施設を直接強襲し、大動脈を根こそぎ切断する。独軍の想定し得ない方向からの、完全な側背奇襲だ」

 

「陸戦兵団を、この極寒の地に引き込んだ理由がそれなら……確かに、すべての辻褄が合う」

 

鹿嶽は腕を組み直し、複雑な表情で吐き捨てた。

 

「で、大隊長。その湖上強襲戦での俺たちの役回りは?」

 

「わからん」一ノ瀬は答えた。


「だが、少なくとも……これまでのような、惨めな後退戦ではないことだけは確かだ」

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