24話 日英戦前史(1940年代)②
一方のドイツ帝国指導部は、大陸制覇とブリテン島占領という未曾有の戦果を挙げながらも、拭い去れぬ停滞に苛立ちを募らせていた。
バンクーバーへ移った英国亡命政府は健在であり、インド帝国は盤石、そして太平洋の彼方では日本が狂ったような速度で戦機と艦船を増産し続けていたからだ。
フューラーが地図に下した次の標的は、北米大陸──カナダであった。
日本海軍連合艦隊が睨みを利かせる太平洋からの侵攻は、正面衝突のリスクが高すぎる。そこでドイツは、大西洋側からの変則的な一手を指した。接収した英仏残存艦艇にスペイン・ポルトガルの艦隊を加えた「欧州連合艦隊」の結成である。
さらに、侵攻に大義名分を与えるため、ヴィシーフランス政府による「ケベック領土奪還」の旗印を掲げさせた。これは単なる侵略ではなく、欧州による正当な領土回復運動であると国際社会へ強弁し、アメリカ合衆国の世論を複雑化させる高度な情報戦でもあった。
1945年10月、ニューファンドランド沖。フランスの三色旗を翻した戦艦リシュリューを先頭に、欧州の全戦力を結集した大艦隊が、その威容を現した。
日英軍司令部は、アゾレス諸島への物資集積からこの動きを察知していた。
バンクーバーの英国亡命政府は、故郷を奪われた歴戦の部隊を東岸へ集結させた。彼らの胸に宿るのは、燃えるような復讐心と、これ以上は一歩も引けないという悲壮な決意だった。日本もまた、シベリアの雪原や大西洋の荒波を潜り抜けた精鋭と、最新鋭の戦機部隊を投入。カナダ東岸の防衛線は、質において世界最高水準の布陣となった。
しかし、「質」を凌駕したのは圧倒的な「量」だった。
独軍とヴィシーフランス軍の総数は防衛軍の3倍を超え、Ⅴ号・Ⅵ号戦機の波状攻撃が防衛線を次々と食い破っていく。1946年春、戦火はオンタリオに達し、バンクーバーまでの距離は日を追うごとに削り取られていった。
絶望的な戦況の中、東京からバンクーバーへ、世界を塗り替える一通の報告が届く。
発信元は内閣技術調査委員会。
「反応弾、実用化の見通し」
「イノベーション・デイ」から40年。宇宙船から回収された膨大なデータのうち、エネルギー関連の記述は長年「解読不能」とされてきた。だが、資源に乏しい日本はこの未知の領域に執念を燃やし、軍ではなく民間の学究徒たちが地道な探究を続けていた。
その過程で発見されたのは、制御を解かれたエネルギーがもたらす破滅的な連鎖反応。兵器として転用した場合の破壊力は、従来の火薬とは比較にすらならない、物理法則そのものを武器に変える次元の代物だった。
1941年、対独戦の機運とともにこの研究には「完全充足一個軍の編成費用」に匹敵する国家予算が投じられ、5年間の極秘開発を経て、1946年夏、ついにその「火」が完成した。
1946年8月15日、午前8時32分。
北極圏に位置する無人島・デヴォン島において、人類史に刻まれる「実験」が行われた。これは敵を殺すための攻撃ではなく、敵の戦意を折るための「誇示」であった。
閃光: 太陽が地上に降りたかのような光が北の空を焼き尽くした。
轟音と衝撃: 100km先の観測船を転覆させんばかりの衝撃波が海面を走った。
変貌: 島の南端は消滅していた。直径2kmに及ぶ巨大なクレーターが、そこにあったはずの地形を文字通り書き換えていた。
観測にあたった技術者は、震える手で記録に記した。
「我々は禁忌に触れてしまったのかもしれない」
その光景は、ドイツの偵察機によって確実にベルリンへと届けられた。
反応弾の威力を見たドイツ軍の前進は、その日を境に止まった。
公式な停戦交渉も、講和条約の締結もない。ただ、引き金が引かれなくなった。実質的な戦闘が止まり、世界に不気味な静寂が訪れた。第二次世界大戦は、勝者の歓喜も敗者の跪きもなく、「恐怖による均衡」によって幕を閉じた。
ベルリンの演説台で、フューラーは高らかに宣言した。
「我々偉大なる民族は、歴史上のいかなる勢力も成し遂げなかった偉業を達成した。欧州の統一、英国の制圧、そして北米到達。我々は完全に、永遠に勝利したのだ!」
この日、国号はドイツ帝国から大ゲルマン帝国へと改称され、千年の繁栄が約束された。
一方で、日英側は沈黙を選んだ。大陸を失い、カナダの奥地まで押し込まれた現状を勝利と呼ぶ者はいない。しかし、手元にある「反応弾」という切り札が、帝国のこれ以上の侵攻を阻んでいるのも事実だった。
1946年の秋。世界は、いつ砕けてもおかしくない薄氷のような平和、「冷戦」の季節へと足を踏み入れた。
誰かがこれを「反応弾による平和」と呼んでいたが、それも1951年初頭に大ゲルマン帝国が同じものを保有すると長く続かなかった。
かくして人類は、互いの相手が世界を滅ぼす力を持ちながら戦争を遂行する。言うなれば「制限戦略下での総力戦」という奇妙な三度目の大戦に至ったのである。




