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15話 老兵死すべし①

日英独がカナダで着々と戦争準備を進める中、その渦中にあるはずのアメリカ合衆国は分断の時代にあった。

 

1952年大統領選である。民主党候補チャールズ・リンドバーグは、大西洋単独横断飛行で国民的英雄となった男だった。その後半生を政治に捧げ、ロング前大統領の路線を忠実に引き継いで孤立主義と対独融和を掲げ、大統領選に臨んだ。


「欧州から始まった戦争はアメリカの戦争ではない。カナダに日英の兵隊が来ているのも、大ゲルマンが攻めてくるのも、その延長線であり、どちらもアメリカには無関係だ」

 

そう言い切れる胆力と知名度が彼の武器だった。中西部の農村票と財界の一部が、その旗の下に集まっていた。

 

対する共和党候補ダグラス・マッカーサーは、陸軍参謀総長を経て政界に転じた職業軍人上がりだった。演説は硬直していたが、言葉の重さは本物だった。

 

「中立法は時代遅れの幻想だ。大ゲルマンや日英同盟を速やかに我々の楽園たる北米から追い出すべきであり、諸君らアメリカ国民にはそれ程度の実力がある」

 

軍備拡張と世界政策への関与を公約に掲げ、東部の大都市と退役軍人票を束ねていた。二人の主張は水と油だった。演説会場では怒号が飛び交い、新聞の論説欄は連日どちらかへの罵倒で埋まった。同じ世界に住んでいながら、まるで別の現実を生きているようだった。

 

カナダの停戦ラインが揺れ始めている事実は、両陣営の演説の中でそれぞれ都合よく解釈されながら消費されていった。いや、目の前の脅威が巨大過ぎるがゆえに、目を背けるしかなかったのかもしれない。


長引く不況の中でもアメリカの工業力は依然圧倒的であり、粗鋼生産量は第二位・第三位の大ゲルマン帝国と日本帝国を合わせた数値を優に上回っている。

だが、工業力と戦力は別物だ。

前の世紀なら、話は単純だった。銃と弾薬を用意して男たちを集めれば、半年もあれば戦える軍隊が出来上がった。南北戦争がそうだった。米国が行った最後の大規模な戦い、米西戦争がそうだった。人間の体は工場で作れなくとも、訓練すれば兵士になれた。

 

しかし今は違う。現代陸戦の主役は戦機と装甲車、すなわち工業製品だった。それを動かすには専門訓練を受けた搭乗員が必要で、その養成には少なくとも一年以上かかる。編成した部隊を実戦水準に引き上げるには、さらにその倍の時間が要る。大量動員をかけたところで扱える兵器がなければ意味がなく、兵器を揃えたところで使える人間がいなければ動かない。

 

合衆国陸軍の正規兵力は三十万。保有戦機は八百機あまりだが、実戦投入可能な水準にあるのは四半数にも満たなかった。熟練搭乗員の数はそれ以上に不足しており、日英独が北米に展開させている戦力に対抗するにはあまりにも非力だった。

二度の大戦を不参戦で無傷にやり過ごし、平和を謳歌した結果、合衆国は建国以来最大の軍事的危機を招いた。歴史の皮肉としか言いようがない。

 

それでも合衆国陸軍は、与えられた責務を果たそうとしていた。少ない手持ちでカナダ国境沿いの守備隊を増強し、参謀本部は戦時動員計画の改訂を急いだ。

しかし機能不全に陥った合衆国の政治機構は、そのささやかな抵抗すら許さなかった。

 

───

 

「動員は認められないですって!」

 

陸軍参謀総長アイゼンハワー大将に向かって、まさしく全アメリカ人の理想とする姿と精神を体現したような男が、書類の束を掲げて立っていた。

ジェイソン・リー中佐。三十四歳。ウェストポイント首席卒業、欧州駐在武官を経て現在はアイゼンハワーの副官を務める。身長六フィート一インチ、肩幅が広く顎が四角く、制服を着ると軍の広報ポスターに出てきそうな風貌だった。しかしその印象は外見だけの話ではなかった。清廉で、論理的で、正しいと信じたことは上官にも臆せず口にする。

部下への気配りを忘れず、上官への忠誠を曲げない。開拓時代の小説から抜け出てきたような男を、同僚たちは半ば呆れながら、半ば尊敬しながら見ていた。

そのリーが今、珍しく声を荒げていた。

 

「議会は現状を理解しているんですか。今まさに戦争が始まろうとしているんですよ。欧州やアジア太平洋ではない、ここ北米で!」

 

「いいから座れ、リー」

 

アイゼンハワーは静かに言った。怒ってはいなかった。ただ疲れていた。

 

「ロング大統領は恐れているんだよ。国民に平和を約束しながら動員をかけ、支持を失い、自身の後継者であるリンドバーグ氏が落選することをね」

 

「国家が無くなるかの瀬戸際で、政治家どもは次の選挙のことしか考えていない!」

 

リーは書類をアイゼンハワーの机に置いた。乱暴にではなく、ただ力が抜けたように。

 

「わかりました。全国動員は諦めましょう。ただ、西海岸だけでも部分動員をかけられないでしょうか」

 

アイゼンハワーは眉を動かした。


「続けろ」

 

「カリフォルニア、オレゴン、ワシントン州は軍備拡張支持が強い。世論調査でも六割以上がマッカーサー支持です。その地域に限定した動員であれば政治的反発も抑えられる。しかも西海岸は日本との太平洋貿易で経済的つながりが深く、対日英への姿勢は比較的穏健です。地続きでないぶん、大ゲルマン帝国への刺激にもなりにくい」

 

リーは地図を広げた。


「ここで部隊を編成し、訓練を積ませる。公式には国土防衛演習という名目で構いません。実態は前線への予備戦力です。実際の戦力はさておき、日英と大ゲルマン帝国に対して十分なブラフにはなります」


アイゼンハワーはしばらく沈黙した。それからゆっくりと口を開いた。


「リー」

 

「はい」

 

「さすがは合衆国陸軍の至宝と言われるだけはある。素晴らしい計画だ。ただ、私がすでに思いついていた点を除いてはな」

 

リーの手が止まった。


「……拒否されたと」

 

「電話口で一言だったよ」


アイゼンハワーは椅子に深く背を預けた。


「それも駄目だ。あり得ない、とね」

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