8.クロツルバミの迷宮
「今日は何階だ?」
「十三だよ!」
同じタイミングで降りてきた顔馴染みの冒険者だ。彼らは三人パーティーだった。
「俺たちは九階で毛集めだ。途中まで一緒に行こうや」
「いいけど先頭はそっちな」
私が言うと、話しかけてきたリーダー格の男がニヤリと笑う。
「〈探知〉をカナンが担当してくれるなら」
「わかった」
交渉成立だ。
相手が信頼できるなら、一緒に向かう方がいい。
彼らも銅級だ。確か中と下だったと思う。そのくらいの力量だと、クロツルバミの迷宮十階層は余裕だろう。
話していたのがコウという、剣士だ。他に剣も呪符も使うアルムと、珍しい双剣使いのレナン。男三人のパーティーだった。こうやって何度か行き交い、酒場で話をして多少は知り合う仲となっている。
「カナンが怪我をしたって聞いたが」
アルムが私の方を見て言う。元気に歩いているからどこを、と問うているのだ。
「ちょっとね。でももう〈治癒〉で治したから問題ない」
「羨ましいな。〈治癒〉の呪符は教えてもらえなかった」
まじない師は、緻密な呪符を書き切る胆力と、記憶力が物を言う。〈治癒〉の呪符はその中でも特に難しい部類だった。
「〈治療〉持ちは少ない上に恐ろしい大金を取られるからな」
「俺は運がよかった。拾われた先がまじない師だったんだ」
という設定にしている。村が魔物に襲われ拾われた。そこにクロウがいて、まじない師がいた。二人に助けられ、高齢のまじない師が亡くなったので冒険者としてやっていくことにした、と。
「カナンに才能があったのも幸いした」
クロウがそう言って私の頭をポンポンと撫でた。
「自分のものにするため努力をしたのはカナンだろう。アルムが金貯めて覚えたいっていうならまあ、応援はするけど、その間アルム抜きで迷宮探索は面倒だなあ。〈治癒〉を使うほどの傷を負ったら、正直呪符を使う前に迷宮の餌になっていそうだ」
前を行くコウの言葉にちょっときまりが悪くなる。私が何の苦労もなしに覚えられたのは、ランタンの魔女だからだ。ランタンの魔女は、その記憶を燃やさない限り、一度聞いたこと、見たことは忘れない。細部までしっかり頭の中で再現できるのだ。
その記憶を燃やすまでは。
「あ、そこの右手角の先、十メルに中型」
「了解」
定期的に使っていた〈探知〉の魔導具に気配が引っかかった。告げた瞬間、みんなが剣を構える。それまでの緩い雰囲気が一気に引き締まった。
まだ階段を一つ下ったばかりの二層目だ。この程度の場所では呪符を使うことなどない。戦闘において、呪符を使うのはよっぽどの段階だ。簡単にぽいぽい使っていたら金がかかって仕方ない。大赤字だ。
ワラン商会の護衛も、今回の分は間違いなく赤字だ。〈治癒〉の呪符分を入れなくても、〈防護〉の呪符を何枚も使った。魔物相手にあそこまで使うようなことはしない。相手が人だったからこそだ。
そして普段はあんな回数、魔物や人に襲われることなんてないのだ。あって行き帰りに魔物に一回ずつ。盗賊は十回依頼を受けて一回遭う程度。とても異常なことだった。
もちろん私も腰の剣を抜く。
だが、この面子で私が剣を振るう事態に陥ることはまずない。
それでも、まず剣を抜けと言われた。熟練者でも達人でもない私は、抜いて心構えを作るところからだ。
もう一度〈探知〉するが、相手は動く気配がない。
「気づかれてる」
すると、レナンが前に出て、通路に身を躍らせてナイフを投げた。気を引く。そのまま走り抜けた場所に飛びかかるグレーの毛皮を持つ犬型の魔物。ボズルトだ。
コウは盾を持っているので、ボズルトが私たちに晒した横腹を思い切り叩き向こう側へ押しやる。 四つ辻のそちらには先ほど走り抜けたレナンが剣を振り上げ待ち構えている。だが、ボズルトもやられっぱなしではない。盾に押され空中でもがきながら向きを無理やり変えた。
しかしそこへクロウが真っ直ぐ剣を降ろして首を飛ばす。
「相変わらず、すごい力だな」
「力じゃない。刃を入れる場所だ」
首が飛んだ瞬間絶命した魔物はそのまま通路の向こうへ跳ね飛ばされた。双剣を構えていたレナンはそれを綺麗に避けている。
「これの毛皮は?」
「ボズルトの毛はほとんど使われないだろう肉も不味いし、辛うじて爪かな。カナンの墨は骨だろう? 爪を持って行くならいいぞ」
「ボズルト程度の爪じゃいい墨にならない。いらないよ」
まじない師の墨の材料は、髪、骨、血の三つだ。私は骨を使う。骨はそのまま骨だったり、爪だったり、歯だったりと、その魔物の強さによって違うが、ボズルト程度の魔力がこもったものはもう必要としない。金のない頃少しだけ使ったくらいだ。
「いい鞄持ってるんだから入れていきゃいいのに」
「ボズルトは駆け出し鉄級の金稼ぎ用だ」
クロウは見向きもせず歩き出す。実際ギルドで募集依頼がされていたのはもう少しランクの高い骨なのだろう。私が欲しいのもその辺りだ。
「魔石はどうする?」
後ろからレナンに聞かれて、いらないと答えた。解体する方が手間だし、この階層の魔物に入っている魔石は小指の爪ほどの大きさだろう。それを探るのも面倒だ。血だらけになる。他の魔物が寄ってくる。
「私たちはいらない。いるなら好きにして」
三人も顔を見合わせて歩き出した。
順調に九階層を越える。
だいたい十階ごとに魔物の質が変わった。風景が変わる迷宮もあると聞くが、クロウと潜ったのは十六階まで。どこまでいっても薄暗い土でできた通路だった。
「それじゃあ俺たちはここを周回する。十階への階段までは一緒に行こうか?」
「大丈夫だよ」
気遣いに感謝して手を振り分かれる。
迷宮はこの切り替わりが大切だった。
切り替わりの層には、決して触れてはいけないものがある。迷宮へ入る者の心得として叩き込まれる。
今は三十層までならかなり隅々まで地図ができあがっている。迷宮都市に来て冒険者がするのはその都市迷宮の地図を買うことだ。
そして、その迷宮のルールを知ること。
クロツルバミの迷宮は、十の倍数の階に触れてはならない木が植わっている。ちょうどその階の中央にある。その周囲で殺生をしてはならない。魔物も人も、絶対に血を流してはならない。つまり、怪我をしたり血を流した者は近寄ってはならないのだ。かなり距離をとって大回りに移動しなければいけなかった。
さらに木に生った黄金色の実を採ってはならない。
この二つが守らねばならない迷宮の戒律だ。
戒律は迷宮ごとに異なっている。破れば恐ろしいことが起こると、大人は子どもを脅す。実際に恐ろしいことが起こりはする。
迷宮混合。
それまであった階層すべてが混ざり合い、魔物も人も巻き込みすべてがかき回され新しい迷宮が生まれる。戒律すら書き換えられた。一階に入ったばかりだったのに、十階に放り出され、命からがら逃げ帰ったという話も聞く。だが、ほとんどが迷宮混合の混乱で命を落とす。いきなりみたこともない強い魔物が目の前に現れることだってあるのだ。
反対に言えば、このクロツルバミの迷宮は、怪我をしたり血を流していないなら木の側を通るのが安全だった。しばらく魔物を警戒して歩くことは必要ない。
私とクロウはそれまでに血を流すようなこともなかったので当然その道を通った。剣についた血のりは事前に水で流す。
今日も黒い葉を茂らせた木は、地下に生えているとは思えないほど生き生きと枝を伸ばしていた。その先に金色の木の実が生っている。
『採ってみたい』
『ダメよ。迷宮混合を起こしたなんて知れたらもうこの街にはいられないじゃない。やっとゆっくりできるようになってきたんだから。絶対やめてね。それどころか、どこの迷宮都市からも疎まれちゃう』
ヒジキがおねだりをしてくるが、絶対ダメだ。
余所からの冒険者が街に馴染むには時間がかかるのだ。




