75.夜の海へ
ちょっと視点移動があるけど、大丈夫かな?
あまりにあっさりと街を切り捨ててる彼らに、私は目を閉じた。
なんとなくわかってはいた。人間だれしも己が一番可愛いのだと。魔物がいる世界だから余計にそのあたりの見切りが早い。
それでも、街には家族がいるのに。
私が一瞬でも憧れ、羨ましくなった彼らの実体がこれなのだ。
あまりに残念で、吐き気がする。
「さあ、カナンも船室に戻れ。眠っている方が楽ならまたあの薬をもってくるぞ。足下がふらついている。船酔いもあるだろうが……」
ヤーシンが両手を広げ近づいてくる。
船員たちは私の存在などまるでないかのように自分たちの仕事を再開している。船のスピードをあげるよう、新しい帆を張っていた。
「しばらく揺れるぞ? 慣れていないときついだろう。さあ、おいで」
船の縁は、場所によるが私の背より少し低いくらいの高さだった。辛うじて街が見えるくらい。頭が出ていれば、あと少し。私も冒険者だ。やってのけられる。
船の縁を右側にして、甲板を蹴ってジャンプする。縁に最初のジャンプで肘をかける。そのまま腕を支点にして宙で身体をひねり、足が真上にむかうようにして、あとは体重を掛ける位置だ。
「カナン!?」
ついでに足が船の外側に当たったところで思い切り海側の船肌に蹴りを入れる。
真っ直ぐ落ちて、船の進行に巻き込まれる方が怪我をしそうだった。
頭上で身を乗り出しこちらに手を伸ばすヤーシンがいた。
「ざまあみろ!」
大声で言ってやる。
ふざけるな! お前ら全部まとめて始末してやる!
ぎゅっと身体を丸めて、海面に身体を打ち付ける衝撃に耐えた。飛び込み競技のようにするっと水しぶきが一切あがらないような素晴らしい潜りができればいいのだが、そんな技術はない。
だからなるべく当たる面積を減らすしかなかった。気絶しないことだけに気をつけなければならない。
衝撃というよりも殴られたような感覚だ。
けれど、意識を飛ばすことはなかった。私の身体は深く深く海の底へ向かう。
『ランタン』
もう、海面に光は届かないだろうというところで、私の左手にピンクの炎を灯したランタンが現れる。
海の中でぼんやりと消えない光が暖かさすら感じさせた。
『とりあえずまず……宿に移動しよう。濡れるから、バスルームに』
泡と一緒に炎が私の身体を覆うように広がる。
きれいだなんて一瞬思って、塩水まみれの私の身体が空の浴槽にはまっていた。
すぐさま左耳を叩く。
『クロウ! ロアーナのやつ逃げた! 私になんとかしろって!! 今、宿まできた。そっちは無事? すぐにこっちに呼ばなくて平気?』
『呼ばなくて大丈夫だ。カナンはカナンの仕事をしてくれ』
つまり魔女としての責務を果たせと、そう言われた。
「ヒジキ! ちょっとまって、いろいろ考えないといけない。でも時間もない。ああ、あいつに使う記憶を書き取る暇もなさそう。やっぱり日頃から書いておかないとだめだ」
準備、備えは必要なのだ。
今ヒジキに渡している記憶だけじゃ足りなさそうだ。
まず何をしてどうするべきか、優先順位をと考えれば考えるほど思考が空回りする。
「もう、いい。まずは外見を変える!」
花の祭は五日続く。
中日から花の魔女へ感謝の意を込めて海に花を捧げ出す。
海には花が溢れていた。
冒険者ギルドもこの五日間は暇だった。たまに偏屈が祭そっちのけで迷宮に潜ったり、前半で金を使い果たしてしまった冒険者が後半遊ぶために半日潜ることもあった。
だから、出勤人数をかなり減らしてはいるが、人がいないわけではない。
ただ、普段よりずっと少ないだけだ。
夜も遅くなり、五の鐘が鳴って少しした頃。地面が揺れた。
職員たちは気のせいかとあたりを見渡す。暴れているような冒険者もいない。だが、また続けてズンと揺れた。今度は気のせいではない。
さらに地面が細かく、響くように揺れる。
ギルド長が部屋の扉を大きく音を立てて開けた。
「迷宮門を締めるぞっ!」
大きな怒号がギルドを震わせると同時に、解体場から男衆が飛び出してきた。誰もが大急ぎでギルドから出て、門に向かう。先頭はギルド長だ。
門は三つだ。一番内側の迷宮に近いものは簡単に開くし閉まる。
それは二番目に到着した職員がすぐさま魔導具を発動した。
そして次は二つ目の扉だ。これは重い。かなりの重量がある。魔力を流すことによってゆっくり着実に閉まっていく。ここへギルド長が魔力を通し始めていた。
一番外側は人力だ。二番目を閉めているギルド長が通れるくらいの隙間を残して、職員総出で重い扉を押すのだ。
「ギルド長、一の扉が!!」
ミシミシと音をたて、変形していく。内側から押されている。門は金属でできており、向こう側は見えないが、獣の咆哮が立て続けに響いた。
「閉めろ! 間に合わない!」
「ギルド長もこちらへ!!」
「いや、いい。この門が閉められたら内側から三回叩く。開けてくれ」
二の門はまだ四分の一残っている。
「早くしろ!」
急かされて、職員たちは扉を閉めた。
そのとき、警鐘が鳴り響く。街のあちこちに備え付けられている、有事の際に鳴らされるものだ。始まりは迷宮そばのギルドだった。音が聞こえ、聞こえたものが近くの警鐘を鳴らす。
またたくまに街中へ警鐘が広がった。その頃になると、近くの酒場にいた冒険者たちもギルドへ駆け込んできていた。
そして、異常さを知る。
地鳴りはもちろんだが、海が近いとはいえむせかえるような潮の匂いが迷宮の方向から漂い、獣の鳴き声が聞こえてくる。
誰の目にも、氾濫が始まったことがわかった。
建物の二階へ。ミハナダの氾濫は海で溢れる。船に乗って逃げようとする人々もいた。または、街の外へ。しかし今は夜だ。昼間より夜の方が魔物は活発に活動する。警鐘はどこも狂ったように叩かれた。何か危険なことが起きた。逃げろ、備えろと。
クロウたちも酒場から大急ぎでギルドへやってきた。店の外に出たコルハンが、潮の匂いに顔色を変える。
「盾を持ってくる」
モトラがそういって反対方向へ走っていくのを見送る。
「カナンに連絡はとれるか?」
クロウは警鐘を聞いたときからカナンに呼びかけていたが反応はなかった。
首を振ると、コルハンはうなずく。
「警鐘に街が混乱しているからな。移動中なんだろう。十中八九氾濫だ。悪いな、この間銀級にしちまった」
「いや、仕方ない」
銀級は緊急時ギルドに協力する義務がある。彼らの後押しがもあって試験もなしに上がれたのだが、つまりはたから見てもその域に達していたのだろう。遅かれ早かれだ。あとはタイミングの問題で、コルハンが悪いわけではなかった。
そうやってギルドの中に入ったところでそれまでなかった地を這うような獣の咆哮が聞こえた。
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最後の戦いです。
次はまた来週水曜日に。




