73.テマクの家族と商会
「片付けも手伝ってもらって悪いな」
四の鐘が鳴り終わってかなり経った。正直あちこち見て回ってもう十分だったし、子どもたちがキャッキャと片付けをしながら私に話しかけて手を取るので、ヤーシンとその父親オズカンはこれ幸いとアザール、テマクを片付け要員としてこき使っていた。
ちゃんと見張っていないといけない私がまったく放してもらえないのだから、彼らもここを去るわけにはいかないのだ。
「いやあ、今回はかなり早く終わったな、助かった」
もちろん慣れているヤーシンたちの手際がいい。だが、ただ単純に物を運ぶのは誰だってできる。二人の男が加わったことで助かったのは事実だろう。
私は子どもたちに色々と資材を説明されていた。これはこんな風に組み立てて、バラすときはこうやるのだと、細かく教えてくれるのだ。
実際子どもたちは本当によく仕組みを理解している。成長してやがては舞台に立つのだろう。
「カナン、港まで行こうよ」
「一緒に港に行こう」
足にぎゅっと抱きつかれて困ってしまう。
ちらりとテマクを見れば彼も苦笑していた。
「まあいいんじゃないか? 酒場に行くまでまだ時間もたっぷりあるし。ミハナダの半分くらいまでならその〈伝達〉も届くんだろう?」
アザールの言葉にうなずく。
「そうだね、港からいつもの酒場くらいまでなら大丈夫だよ」
本当はミハナダの端から端くらいまで余裕なのだが、そこは黙っておいた。
両手に花ではなく、両手に子どもをたくさん従えて、ヤーシンたちの荷馬車と移動した。大きな天幕が跡形もなく消え去り、折りたたまれ、荷馬車に載せられた。
「これだけの馬車が載る船って凄く大きいんだね」
「ああ、うちも一隻だけだけど、人と荷を運んで、帰りにもたくさんの荷物を載せてくる。片道一ヶ月はかかるんだ」
道すがらそんな話をしながら進む。港に近い広場だったが、先日テマクの家族に会った場所とはまた別だったので少し移動が長い。
「アザール!」
腰にきれいな飾りをいくつもつけた、女性が手を振っている。道の向こう側で、とても華やかな女性だった。
「エダ!」
応えて手を振るアザールの鼻の下は伸びきっている。そしてソワソワしていた。
「行ってきなよ」
私が言うと、テマクと私とそしてヤーシンを何度も見比べて、再度背中を押してやると、あとから追いかけるといって走っていった。
「あれが本命か……」
「俺の姉だね」
「えっ! 美人なお姉さんだね。この間のお魚のところにはいなかった、はず」
「姉は口が達者だから、商売の方だ。店の方にいるんだ」
テマクの家系は女性が強いのか? それともミハナダが全体的にそうなのだろうか。
「アザールは昔からエダに利用されてるから、わかっているんだろうに……」
「わかっていても美人を目の前にしたら男は腐抜けちまうんだ」
ヤーシンが肩をすくめて頭を振っている。港にはすぐ着いた。
小山のような、大きな船に私は驚きを隠せなかった。
「すごいねっ!」
「古くはなってるが、船の〈補強〉の紋様は俺が知っているから」
「それはいいね。まじない師に頼むと高いもんね」
〈補強〉は物によって紋様が違う。ハマムを作ったときにヒジキが言っていた。
「テマクはすごく家に貢献しているんだね。冒険者で自活していて、そのかたわら家業の手伝いをして、冒険者として稼いだ分からお金を入れて」
「海に出られないってわかったときは、家のお荷物だと絶望したけどな」
照れているテマクに、次の言葉をと思ったところで甘い匂いに包まれる。
「カナンまたねえ」
綱渡りをしていた女性たちだ。かわるがわるむぎゅっと抱きつかれる。
「旅の途中は貴方がいて安心だったわ」
「子どもたちの相手もありがとうね」
「抱きつくくらいなら魔導具は発動しないのね」
最後の女性が私の腕にはまった〈防護〉の魔導具を見ていう。
「そうだね。みんなに敵意がないのもあるね」
お別れの挨拶程度で発動していたら世話がない。
その代わり掏摸のような害成す行為には少し触れただけでも発動するのだ。大変便利な魔導具だった。
「じゃあ俺もぎゅっとしようかな」
ヤーシンが笑顔で手を広げたが、女性たちに背中や頭を叩かれていた。
「まあ、冗談はさておき。荷を積み込んでいる間に船長に挨拶に行こうか」
「親父に?」
「ああ、子どもが少し増えてるからね。以前と人数も違う。一応連絡はしているが、長い航海だ、筋は通しておくよ」
子どもたちと一緒に向かうという。
「カナンもカナンも!」
「一緒に行こう」
すっかりなつかれてしまった。私としてもちょこまかと動き回り、抱きついてくる子どもたちが可愛い。
「うちの商会の店舗はすぐそこだよ」
「ならまあ」
子どもたちと離れがたい気持ちは同じなので時間が許すのなら見送りまでしよう。
またもや両手に子どもたちを従えて、おしくらまんじゅう状態で向かう。行き交う荷車を器用にすり抜けて、向かった先にあったのは立派な店舗だった。二階立てて、白い壁の建物なのだが、窓という窓から花の鉢がぶら下がっている。
物をここで売るわけじゃなく、卸していると言ってたので店舗のような開かれた扉があるわけではないが、中に入ると手前にテーブルが二つ、その奥にたくさんの棚と事務机がいくつも並んでいた。そのどれもが紙や物で溢れている。
「ああ、ヤーシン、荷馬車は積み込んだか?」
「今やってもらっているところだ。事前に言っておいたように、大人が二人と、新しく子どもが三人だな」
「了解した」
がっしりと手を握り合って、挨拶なんて必要なかったんじゃないかと思うほど二人はとても親しげだった。
「それで、カナン。最後のお誘いなんだが、本当に俺らと行かないか? カナンの腕があれば俺たちの商隊も安泰なんだが」
「それだけ買ってくれているのはありがたいけど、墨はどうしたって迷宮にとりにいかないといけないし、迷宮からは離れられないよ」
こんなに熱烈に歓迎されるのは悪い気はしないが難しいことだった。
「そうか、残念だなあ」
ヤーシンは本当に悲しそうに首を振る。
「カナン」
テマクが私の腕を掴んだ。ぐいと引っ張られる。声のトーンが少しおかしい。焦っているような気配を感じて彼の方を振り返ろうとした。
だが、それを阻んだのは子どもたちだ。
「カナン、カナンも一緒に行こうよ」
「一緒に行けば家族だよ?」
「そうだな、カナンも家族になってほしいよな」
「うん!」
「カナン大好き。家族になろうよ」
子どもたちは笑顔で私の前に瓶を差し出した。くらりとめまいがする。
「親父!! もうそれは辞めたって言ったよな!?」
「テマク、金がないんだよ。大型船は維持費がかかる」
「だから! だから俺がいつも金を入れて……」
「テマク、あんなもんじゃ、一人分にもならないんだ。それにな、領主様の恨みを買ったが最後だ」
くらりと回る世界。目の端にテマクの青い顔。その後ろには港で会ったテマクの兄が、彼を羽交い締めにしている。
悪意に反応するはずの魔導具は、悪意のないもののには効かないのだ。
子どもたちはこれを悪いことだとは思っていない。
口を動かす前に、私の視界は暗転した。
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と、いうわけで、ラストスパートに入ります。
あと三週分くらいかな。
十月後半でミハナダの章はおしまいです。
次も来週水曜更新です。




