71.地元での賭け事
昼近くまで惰眠をむさぼり、ようやくベッドから出たところにコルハンたちが迎えにきた。心なしかほこりっぽさがなくなっている。
きっとやれる範囲で身綺麗にしてきたのだろうなと、微笑ましさまで覚えてしまう。
「それじゃあ夜、いつもの酒場で」
「うん。まあ、あんまり嫌がったらなしってことで」
「そのあたりの引き際はわきまえてるさ」
にやりと笑ったコルハンとモトラは、クロウと肩を組んで普段行かない方面に消えていった。
「それじゃあ俺らも行くか。昼といっても食事時じゃないからな、少し暇つぶしでもするか」
アザールがそう言って前を行く。私はそのすぐ後ろをテマクと並んで歩き出した。今日のテマクは上は半袖のシャツ一枚に、下は裾の長いズボンだ。アザールも同じような服装で、やはり地元民らしくちょっとした小物でおしゃれを演出している。四人の中ではアザールが一番女性受けしそうだった。事実行き交う知り合いからよく声を掛けられている。
「アザール、隠し子がいたなんて知らなかった」
「んなわけねえよ、預かりもののお姫様さ」
「だと思った。可愛いお嬢さんだね。これでもお食べ」
私とクロウ二人だと、表通りしか歩かない。路地を入ったりする場所にはいかない。まだ詳しく知らないミハナダでは、危険度がわからないからだ。
アザールとテマクは地元民らしい美味しい露店をよく知っていた。ひょいと脇道を行く。ただし、警戒は怠っていないし、私を連れていても大丈夫と二人が判断しているのだろう。危険を感じることはなかった。
海の幸を甘辛く焼いて串に刺したものや、甘い蜜の果物をちょこちょこもらう。お金を払おうとすると笑って断られた。
「もらってばっかり……」
「ここいらはとくに地元だからなあ。知り合いばかりだ」
とアザールが笑う。漁港にはなっていない海沿いの広場はいくつもあって、まだ来たことがない場所で見世小屋もいくつか覗いた。
「よお、アザール! 賭けてかねえか?」
「毎年毎年懲りないな。総ざらいすることになるぞ」
通りに木の板が置かれている。そこにはマス目と数字がいくつも書き込まれていた。
話している相手がここの興行主らしい。他にも男が数人箱を持っている。
「ちょっと待っててな。賭けるなら俺に賭けておけ」
そういってアザールは思い切り伸びをして彼らの元へ向かった。
「アザールが挑戦するぞ!」
誰かが叫ぶとそこら中の見世から人がやってくる。後ろから押され前へ突き飛ばされたところをとって返していたアザールに拾われる。そのまま担ぎ上げられ、男たちの方へ連れられていった。
「なんだ、隠し子か」
「お前ら言うことがみんな同じなんだよ。預かりものだから、ここに置いといてくれ」
木の板は正方形で、縦横五マスずつ。中央が二十五で、他は周囲に数字が散っている。一辺の大きさは三十センチくらいだろうか。的としては結構小さく思える。
「三百ルールだ!」
集まって来た人たちが湧く。いつの間にかちゃっかりテマクも隣にいて説明してくれた。
数字を足して三百に近ければ近いほど勝ちだが、三百を越えたら負けだという。
ダーツみたいだなと思った。
実際投げるのはナイフだ。ペティナイフよりさらに小さかった。
数字同士はわりと近場に二桁のものと一桁のものがある。これは位置が決まっているらしい。
「線が太く書かれているだろう? あの上に刺さると二倍の得点になる」
テマクが教えてくれている間に、アザールは男と話し込み、他の仲間たちが箱を持って客の中を回っている。アザールが二の腕に赤い紐を結び、男が青い紐を結んでいる。金と引き換えに札を受け取っていた。一口いくらと決まっているようだ。
「二人で勝負するの? 胴元が興行費を取るでしょう? 二人だと利益なんてなくない?」
「本来は五人ぐらいでやるね。勝ったら多少の利益が得られるようにするな」
つまり八百長である。そうしないと次の回に人が集まらない。賭けの多い投げ手は勝てないように操作されるのだろう。
「ただ、アザールとあいつ、カヒットの試合は毎年のお約束でね。賭けなんてあってないようなもんだよ。賭けてるのもこのあたりの知り合いばっかりだな。二択の賭けなんて儲けられないのはみんな知ってる」
ナイフを三本ずつ持って、アザールとカヒットが並ぶ。
「順番はどうする?」
「コインで決めよう」
コイントスはこの世界にもあった。
先攻はカヒットになった。
投げる位置も私の知っているダーツよりずっと遠くからだ。
「これ、ナイフ同士がぶつからない?」
「だから面白いんだよ」
隣で金の集計をしている男が歯を見せて笑った。
「ナイフは三本のみ。交代で投げていって三本刺さったら得点になって、三本とも抜いて次は先攻後攻が逆になる」
「三本刺さったら?」
「そう。つまり、先攻後攻六本のナイフが刺さった時点で得点になるんだ。最初の二百点まではスイスイ進むけどな、最後の百点が難しいんだよ」
男の言うとおり、アザールとカヒットがそれぞれ百二十二点と百十八点を取った次のターンがまったく終わらないのだ。アザールが先攻、カヒットが後攻だった。
三本目のナイフが刺さらないのだ。つまり、妨害する。
二人とも基本的に枠の線を狙う。線は二色で書かれていて、どちらの得点かはっきりされていた。最初は二人とも二十五点の内側の線、つまり五十点を狙う。ただ、的が遠く思うように上手く刺さらず多少得点はばらけていた。
だが、ナイフが的ならまた別なのだ。
結局競りに競って、アザールがナイフをわざと落とさせ、その先の得点はカヒットにとって都合が悪かった。次、どのナイフが刺さっても三百点を超えるのだ。
「後半の数字の刻みがすごかったね!」
「こんな試合普通はやらんけどな、興行的にはまったく面白くない。無駄に時間を使うだけさ」
「腕が疲れる。魔物にナイフを投げるよりキツい」
そりゃあ、あれだけの精度求めて集中して投げていたら疲れもするだろう。
「呪符なら当てられるけど、ナイフは無理だなあ」
私がこぼすと、カヒットが驚いて私を見る。
「なんだ、嬢ちゃんはまじない師か」
「そうだぞ、優秀で、〈氷結〉が使えるんだ」
「はっ!? てことはお前ら……懐あったまってるんだろう。飯奢れよ!」
「牙で儲けさせてもらったな」
アザールに褒められて、カヒットたちに褒められて、少しこそばゆくなった。
こんなとき、同じまじない師のテマクはニコニコと話を聞いて、私が優秀だというくだりでは一緒になってうなずいていた。
自分ならちょっと嫉妬のような気持ちが渦巻いてしまいそうなのに、一緒に狩りに行ったときもそういった様子は一切見せなかった。
きっととても人間ができているのだろう。
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次は来週水曜日の更新です。




