70.ヤーシンの見世物小屋
「カナン! クロウ! こっち」
並んで金を払っている人を押しのけて、子どもたちに保護され中へ連れていかれた。こういった興行は、金と引き換えにござのような敷物をもらう。それが自分のスペースだ。そのござを空いているスペースに押し込んで座るのだ。身体が大きな人は大きなござ分を払えと言われる。
身体の大きさに比例して金額が上がるという大変合理的な料金体系ではあるが、無理やり入ってくる者もいるのでそれで喧嘩になっているのを見たことがある。
喧嘩になるとだいたいつまみ出されるので見世物小屋の外でさらに揉めることになるのだ。
私とクロウの席は言っていた通り一番前で、そのござに子どもたちが何人も座っていた。
「どうぞお楽しみください」
私たちに席を譲ると手を振りながら奥に戻っていった。
「なんだ、いい席に座ってるなあ」
後ろにはなんとコルハンたちだ。
「あれ、みんなもきてたの?」
「ここの興行は有名だ」
「毎年くるけど人気だな」
「明日にはもう街を出るから、夜は今日のこれが最後だ」
「えっ? 今日までなの?」
まだ祭の中日だ。
「そういったところも多いぞ。終わりまでいたらここを離れるのに時間がかかるからってな」
「オズカンの商隊は、いつも荷車ごと親父の船に乗って次の街へ行くんだ」
テマクが言う。
「漁師じゃなかったの?」
「魚ももちろん捕る。けどそれだけじゃなくて大きな船は荷や人も運ぶ」
漁師の息子くらいに思っていたが、テマクはもしかしてかなり大きな商いをしている家の子なのか?
「この場所は一等地だからな。広くて人通りも多い。場所代もかかるだろう」
ござ席もあるが、ござがなくなればあとは立ち見だ。ござ席には銀貨二枚をとられた。確かにかなり高い。それでも人が押して押されて大変な詰め込みようだ。人気なのは間違いなかった。
と、突然場内の照明が消える。
次に明かりがついたのは三つの櫓のうちの一つだ。そこからひらひらときれいな薄衣をまとった女性が綱を渡りだす。とても長い布を身体に巻き付けている。
流れる音楽とともに女性が一人二人と増えていき、落ちた。
「ひゃっ!」
「くっくっ、黙っとけ、カナン」
「口を押さえておけよ」
落ちたと思った女性は器用に綱を足の甲で引っかけてぶら下がっている。薄衣がくるくると逆さまになった彼女の手によって回り出す。その上ではまた別の女性が綱の上で跳ねだすのだ。
アザールに言われた通り、私は自分の手で自分の口を塞いだ。
商隊にいた女性たちは確かにきれいな人ばかりだった。それが遠目でもはっきりするよう濃い化粧をほどこし、下に何かしら着ているのだろうが、肌の色に近い薄い布を身にまとって行うこの見世物は、確かに妖しげではあったが確かな技術に目を引きつけられた。
落ちそうだけど危ういところで落ちない、ギリギリのショーだ。
その後男たちによる水の魔導具を使った芸も楽しかった。たまにこちらに水しぶきがかかるのも面白い。
私はすっかり声をなくして夢中になっていた。
「カナンの目がずっとまん丸だったな」
「すっごく、面白かった。ハラハラしたし、楽しかった」
「それはよかった」
ヤーシンが笑う。
興行の終わりを告げ、人をテントから追い出したあと、ヤーシンと女性たちがやってきた。コルハンもちゃっかり残って感想を述べていた。
「明日の昼で最後だな。そのまま畳んで五の鐘前には船に乗る。カナン、本当に一緒に来ないか?」
「お断りします」
私のやりとりを、コルハンが面白そうに見ている。
「ミハナダに、ヤーシンの商隊と一緒に来たんだ」
「ああ、護衛任務か」
「そう。結構長い間一緒にいたんだ」
「カナンとクロウの腕に惚れ込んで誘っているが断られている」
ヤーシンが肩をすくめると、コルハンは笑った。
「腕がいいのは確かだな。カナン、飯は? いつもの店で座って食おうや」
「うん、いいけど。クロウが放してもらえるのはもう少しかかるかな」
そのあたりで声を掛けられたのとは違う。さすがに長い間旅をしていた相手ににべもなく断るのは難しいのだろう。かなり丁寧に対応しているので手間取っていた。女性だけでなく、男性からも感想を聞かれたりしている。
「確かに、ありゃ時間が掛かるな。このミハナダにいる間だけでも誰か一人、なじみを決めちまえばいいのに」
「今は興味ないんだって」
「本当かあ? 冒険者やってて、理性で耐えきれるもんなのか?」
気が高ぶればそういった方向でもどうしても、らしい。
「別に一人で宿に留守番しているよとは言ってるけどね」
「うーん、やっぱり問題はカナンか」
「子どもを一人で宿屋に置いて行くのはなあ……」
よく置いていかれるし、そこまで私の身の心配をすることはないと思う。
「夜だから余計に心配なんじゃないか?」
ヤーシンまで話に入ってきた。
「それはあるな。祭中なら昼間だっていい見世を知ってるぞ」
何やら男たちがこそこそと話を始める。とはいえ私がすぐそばで立っていて、話は漏れ聞こえるのだ。
「よし、じゃあそれで。カナン、飯食いに行くぞ」
「おごり?」
「おまえ……一緒にあんだけ稼いでおいて……」
驚いているがそこは大切だと思う。この祭で使っていいと決めたお小遣いは底を尽いていた。
「クロウ、飯に行くぞ」
アザールが私の背中を押して連れ去ろうとすると、それまでやんわりと受け答えしていたクロウがきっぱり断ってこちらに駆けてきた。
「やっぱりカナンだな」
あのクロウの反応を見せられては私も違うだろうとは言えなかった。
何がどんな話の道筋を辿ったのかわからないが、翌日私はテマクとアザールに連れられて昼の興行をもう一度見ることになった。その間クロウはコルハンとモトラと一緒に祭を楽しむという。五の鐘でここに合流する。
押しに弱いクロウは困った顔でこちらを見てきたが、私はそれはいい案だと同意しておいた。
お互い少し依存しすぎなところがあると思う。
ちょっと離れてみるのも一つの手だ。
なんだか胸のあたりがぎゅっとなる感覚に眉をひそめた。
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