69.夜の花の祭
祭は楽しい。いくらでも遊んでいられる。だが、腹は無限にというわけにはいかず、露店のめぼしいものはあらかた食い尽くして、仕方なしに見世物小屋を回り始めた。
いわばサーカスのような曲芸を披露する見世物や、少し変わった展示物を見るために金を払うもの、小屋になっておらず、ただ空きスペースで金を払って力試しをするようなものなど様々だ。
「さあ誰に賭ける!?」
腕試しの列には冒険者が山ほど並んでいる。〈身体強化〉の呪符を持っていないことを確かめて腕相撲をしていた。ただ面白いのが一対一の対決ではあるがトーナメント方式なのだ。胴元の相方を含めた八人による勝ち登り方式で一位を予測する。
冒険者のいる場所では腕に覚えのある者が多すぎて、胴元が儲けられないからだ。
「クロウはやらない?」
「俺は別に力が特別強いってわけでもない」
参加者のうち一番になれば集めた賭け金の一部が払われる。
お祭りだしと、せっかくだからと参加してみた。賭けた相手の色の札を銅貨一枚と交換するのだ。参加者八人は手首に色のついた紐をつけている。
「あの人の腕が一番太い!」
「俺は黄色が一番になると思う」
参加者が集まって、試合が始まり、決着がつくまでがかなり短い時間で執り行われるのだが、この胴元の金勘定と客捌きの良さが、素晴らしかった。
試合は白熱するし、当たれば倍くらいになって返ってくるので面白い。
隣の男はまた負けたと言いながら次の試合への銅貨を取り出している。参加者を、そこら辺に歩いている冒険者から募るのがまた上手だった。
「外れちゃった。クロウの言ってた通りだね。賭ければよかったのに」
「これは試合を見て楽しむものだろう? 俺はカナンが楽しそうにしてたからもうそれでいいよ」
そう言って次の見世物を探すのだ。
私ばかり楽しんでいるようでなんだか申し訳なくなる。私がいる手前、コルハンたちの誘いを断ったのではなかろうか。
あちこち回りながらそんなことをずっと考えていた。
三日目ともなると、さすがの私もだいぶ飽きてきた。軽い腹ごなしをして、今日はまだ行っていない港の方に向かおうという話になる。
そしてすっかり忘れていたことに気づいた。
「カナーン!!」
「子どもたち~」
まとめてむぎゅっと抱きつくと、キャッキャと笑う。やっぱり子どもは可愛いな。
「全然来ないから、もう街を出たのかと思ってた」
そう言って笑うのはヤーシンだ。
「クロウ、ずっと待ってたのよ~」
女性陣からも熱烈的な歓迎を受ける。
「うちは昼より夜だぞ。昼間の興行も悪かないけどな」
その昼の興行はもう少し時間が経った昼過ぎに行うという。きれいな女性も多く、私の知っているサーカス的なもののようだ。ロープを使った普通はできないような身体能力を活かした見世物だ。しかし、この世界には冒険者がいる。「普通ではできないような」のハードルがかなり高い。
彼らの興行はかなり大がかりなもので、高い櫓が天幕の中に三つも立っていた。その三つの櫓に太いのから細いのまでたくさんのロープが渡されているのだ。
「夜は天幕内で火を使うし、きれいなの」
「カナンも夜の方がオススメだよ」
口々に言う子どもたち。彼らは裏で色々とお手伝いをするそうだ。十人ほどいる子どもたちは商隊メンバーの子がほとんどだ。たまに旅先で拾った魔物に襲われて困っている子どもを受け入れることもあるらしい。今も二人ほどいるそうだ。しかし、誰の子などというくくりはさほどなく、商隊が皆で育てているといった感じだ。
「織物なんかも運んでいるし、こうやって興行もやる。何でもやるのが俺たちの商隊だ。子どもたちもそのうち自分に適した役割を見つけるんだ。席なら取っておいてやるが? もちろん代金はいただく」
コルハンたちに散々脅され、夜はあまり出歩かないようにしていた。私がクロウを見上げる。もちろん、夜がいいと瞳に力を込めて見た。
察しのいいクロウは、そんな私の反応に困ったように口を結んでいる。
ここはもう一押しだ。
「クロウ、せっかくだから夜、見にきちゃダメ?」
可愛くお願いするのだ。今の私の外見はかなり可愛い。可愛い私からの可愛いお願いは、さらに子どもたちによって加速する。
たくさんの加勢を得て、クロウが折れた。
「一番前の特等席を空けておくぜ。先に席代寄越せ」
私は自分の財布から素早くヤーシンに硬貨を握らせる。渡してしまえばこちらのものだ。
夜の約束をしたので、宿に戻る前に花を流しに行く。下見をした桟橋は、たくさんの人が集まっており、以前見にきたときとは様子が違っていた。あの時は落ちることはないだろうと思う道幅だったのに、人が多すぎてこれは無理だ。少し押されれば間違いなく海に落ちる。
日本のように列になって順番になんていう精神は持っていない。隙間を見つけてぐいぐい入り込んでいかねばいつまで経っても海にたどりつけない。
諦めて桟橋にはいかず、手前で思い切り海に向かって花を投げている者もいた。
私は髪飾りに花を挿し、クロウは耳にかかるよう髪に刺していた。
掏摸がそこら中にいるような街でも、不思議とこの花は盗まれず、疑問に思って宿屋の主人に聞いたら笑われた。
魔女ジェイダへの贈り物を掏るような命知らずは、このミハナダにはいないとのことだった。
そして、冒険者なら桟橋の先から花を流すのが当然だそうだ。
「本当にこの人込みを潜り抜けて行かなければならないのか?」
「かなり大変だよね。海に落ちそう」
泳げないわけじゃないが、無駄に塩水に浸かりたいとは思わない。言っているそばからドボンと海に重たいものが落ちる音がした。どっと笑いが起こる。目をやれば、人がそのまま泳いでこちらに戻ってきていた。
岸は高くせりあがっているが、等間隔で支柱から縄が垂らしてあるのでそこから登ってこられるのだ。
さらに続けて水音がする。
一人落ちると連続して音がした。だが、落ちた者たちは笑っている。
「冒険者だろう? 頑張ってこいよ。まあお嬢さんの方はまだ小さいから手前でも問題なしだ」
通りすがりの街の人が言うと、そうそうと、その隣の男も笑った。
「冒険者は先まで行って、落ちて帰ってくるのがお約束だ」
それは大変なしきたりだ。洗礼なのか。
「どうする、クロウ?」
「この時間にずぶ濡れになるのもなあ」
拡張鞄の中身は濡れないが、外は濡れる。服も靴も濡れる。
「カナンはここで待っていろ」
仕方ないと諦めたのか、クロウが私の髪飾りからメーネェクの花を抜いた。
行きはきっとすんなり通してくれるのだろう。しかし帰りは一筋縄じゃいかなそうだ。塩水はべたべたする。街の人の服装に近いとはいえ、海に浸かるように想定していない。ブーツが濡れたらどうするのだ。
「クロウ、待って」
私は呪符の入った黒の鞄をひらいた。中から一枚の呪符を取り出す。
「花を貸して」
クロウは素直に自分の分も合わせて花を寄越す。可愛い花だ。呪符に魔力を込めると、花をくるりと包み込む。
そのまま走りながら海に向かって思い切り投げた。
「おおっ!」
周りで見ていた人々が声をあげる。
呪符にくるまれたメーネェクの花は私が投げた勢いそのままに岸を越え、桟橋を越え、魔力が尽きるまで飛んでいった。
それほど多く魔力はこめなかった。桟橋を越えればいいのだ。
「どう?」
「こりゃ見事だ」
「面白い呪符だな。初めて見た」
きっとまじない師なのだろう男が、そういって私の顔を見てくる。
「〈浮遊〉に少し手を入れたものだよ。戦闘じゃあんまり使わないね」
何に使うでもなく、教えられて一枚作っておいただけのものだ。二年以上前の呪符だが、未だに使わず余っていたのだ。
「おかげで濡れずに済んだ」
頭をぽんと叩かれて、私はにんまりと笑う。
「それじゃあ夜まで宿屋でのんびりするー?」
ゴロゴロして軽く寝るのもいいかもしれない。
一度帰ってゆっくりしよう。
ミハナダは昼の時間が長い。太陽が海に沈むのがクロツルバミあたりよりもさらに二時間ほど遅く感じる。この世界は朝日が昇るときが一の鐘、日が昇りきる、正午が三の鐘、日が沈む時が五の鐘だ。
つまり、その土地によって日の沈む時間が異なるので鐘の時間も異なる。ミハナダの五の鐘は私の就寝時間が近い。対策としてしっかり昼寝をしておいた。
「楽しみだね、クロウ」
目立つように防護の魔導具をしっかりつけて、私はクロウと連れ立ってヤーシンの天幕へ向かった。
日暮れが迫り、街のあちこちに灯りが点り始める。
祭の時はこの街灯にも花が飾られて、点灯員が火を点けるのも大変そうだった。長いはしごを担いでひとつずつ回るのだ。一晩もつだけの魔力を魔導具に注ぐ。
これはミハナダ領主からの仕事なので、給料を誤魔化されることもないから実入りがいいと、酒場で誰かが話していた。
店先にある明かりは、それぞれの店の者が管理している。普段は自分の店が困らない程度に明かりをつけるのだが、この祭の時期は道の両脇でたくさんの明かりが吊される。
そのとき吊されるランタンの形が、魔女のランタンとよく似ていた。たぶんそうやって作られているのだろう。
店先に飾られるランタンの、優しい光が夕闇に浮かんだ。
「せっかくだ。楽しもう」
天幕が近づくと、あちらから子どもたちが駆けてきた。
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次はまた来週の水曜日です。
10月後半で二章終了予定。




