68.花の祭
ひとしきりお説教タイムを経て、やっと話を聞いてもらえるようになった。昼間遭った掏摸の違和感について話すと、クロウは首を傾げる。
「組織立って狙っているなら、私の魔導具くらい知ってて当然だと思うんだけどね」
この魔導具は着けているところを見せて、相手に襲うことを諦めさせる効果もある。
「この街は俺たちの常識とは違うのかもしれない。そんなに気になるのなら聞きに行くか?」
「誰に?」
「街のことは街の冒険者に聞くのが一番だろう?」
ということでコルハンたちとよく会う酒場に向かうことにした。ちょうど夕飯時だしいいだろう。
しかし、実際食事を一緒にしたのは、トゥルランだった。宿を出たところで出くわし、ついてくるよう言われたのだ。基本彼は命令口調。衣食住を握られているので逆らいにくいという、こちらの弱点を上手に突いてくる。
「ロアーナ様より期日まで補助するよう言いつかっております」
補助というよりは監視なのではないかと思ってしまうが、黙っておいた。
連れて行かれたのはかなり豪華な個室の食事処で、出てくるものがまた旨い。
無理やり命令されてついてきたが、この食事で帳消しになるほどだ。
「私が出資している店の一つです」
すまし顔のトゥルランは、事業者として優秀なのだろう。
「でもここはあなたの拠点ではないんだよね?」
「ええ。違いますね。もう少し王都に近い街がロアーナ様の拠点です」
「今はそこに帰っているの?」
「私たちは存じ上げません。拠点に帰ってもいいし、ここに残っていてもいいと言われています。こういったことはよくありますので。ただ、私はお二人の補助を言いつかっております」
迷宮で用事は終わったと言っていたから気まぐれに帰ったということか。
花をたくさん持っていると豪語するだけあって、ずいぶんと気軽に記憶を燃やす。
「今日お誘いしたのは忠告がありまして」
ある程度食事が終わったところでトゥルランは部屋にいた人を下がらせた。
「ミハナダ伯爵は、あなたに恥をかかされたと認識しております」
トゥルランの口から放たれた言葉を把握するのにしばらくかかる。
そんなことがあったか、と。
「初めてロアーナ様に謁見したときの話です。ロアーナ様は伯爵よりあなたを優先した」
「ああ、出ていけって言われてたね」
「彼はロアーナ様を心酔しているので」
「自分の父親に向かって『彼』って」
「本当に心から崇めているのならば花になればいいのです」
そこまでいくと気持ちが悪い。
そしてちらりと私を見る。
「さらに長男も、今回少し思うところがあるらしく、お二人を疎ましく思っております」
「なぜ……」
クロウが不審な表情をトゥルランに向ける。
「完全なとばっちりです。ロアーナ様がいらっしゃって、あの屋敷を私的に利用していた長男が、少々叱られたのです」
ああ、例の愛人発覚事件か。
さらに言ってはいないが図書館で私の顎をつかんでぶら下げたあのときのこともあるのだろう。クロウにばれるわけにいかない。私もそこは知らんぷりする。
「ロアーナ様がこの街を出ている今、あなたたちの安全を保証しかねます」
「めんどう……」
クロツルバミの時といい、今回のミハナダといい、貴族に関わると碌なことにならない。
「今からでも街を出るのは……」
「それはロアーナ様との約束を違えることになるので私も認められません」
頑固な奴らだ。
「あと十日ほど、身辺には十分注意してください。一応うちのウォードをつけることも可能ですが」
「誰だろう」
「先日行動をともにしていた、巨漢の男です」
「ロアーナを担いでた?」
「はい、ロアーナ様をお運びしていた花です」
「いらない……よね、クロウ?」
「あ、ああ。必要ないだろう。カナンには俺がついているようにする」
クロウは顔のわからない者と話すのをひどく嫌がる。表情が読めないから声色と言葉のみで判断しなければならないからだ。トゥルランのことも苦手にしていた。
「我々はあくまでロアーナ様の花だ。支援しきれないことも多い。日に日に治安は悪くなっています」
「いざとなったら最終手段もあるし、気をつけるよ。ありがとう」
忠告をしてくれたことには感謝する。
つまり、あの掏摸もそのあたりの影響なのだろう。クロウを狙うよりは私だろう。ミハナダ伯爵の前でロアーナが執着していたのはクロウだ。彼になにかすればロアーナの不興を買う。
私は格好の獲物なのだ。
「まあ期日まで大人しくするよ」
舌の根も乾かぬうちに、私はクロウと一緒に昼からずっと外を出歩いている。
言ってみれば娯楽大国であった日本からこちらにきて、娯楽という娯楽に出会ったことがないのだ。それがこの花の祭は縁日が五日間も続くようなものだ。
我慢できるはずもない。
「クロウ、次はあっちの果物がいい」
街全体が祭だった。少し大きな広場には、見世物小屋ができ、道に面した路面には食べ物や工芸品などの露店ができる。隙間があれば誰かがそこで商売を始める。
「大通りの露店は比較的安全だぞ。値段もそれに準じたものだけどな」
「それでも、小道に入るのはやめておけ」
私が両手に山ほど食べ物を抱えているところに、コルハンたち四人と出会った。
「俺らは昼の露店で腹を賄ったら夜まで寝る」
「そうそう、夜のお楽しみに備えて、あ、まあ、夜の祭はきれいだからな」
とうとうこぼしたアザールに私は目を向けて首を振る。
「もういいよ隠さなくて。きれいなお姉さんがいそうな店が出るんでしょう?」
男たちは互いの顔を見てヘヘヘと笑う。
「クロウもどっか見に行くならその間カナンを預かっててやるぞ?」
「そうそう、クロウだって一人になりたいときもあるだろ?」
お荷物のように言われるのはとても不満だが、クロウが一人になりたいというならまあそれはそれで止めようとは思わない。
「いや、興味がない」
だがクロウはあっさり断る。
「そ、そうか」
とりつく島もなく、コルハンも次につなげる言葉を失っていた。
私がクロウを見上げると、彼は上からにっこり笑う。
「だいたい、俺が金を払う必要があるか?」
コルハンだけじゃない、道ばた、露店前でのことだ。周囲には並んでいる客や耳を澄ませている露店主もいた。
その誰もがクロウのきれいな笑顔とその言葉に沈黙する。
「くぁーっ! 憎たらしい美人だなあおい!!」
「やってらんねえぜ」
「カナン、この先の大広場の見世物は見ておく価値ありだ。もうクロウを連れてとっとといっちまえ」
「うん、ありがとう。またね!」
クロウの手を引いて退場だ。周囲の男衆にすごい目で見られていた。いたたまれない。反対に女性には熱の籠もった瞳で見つめられているのだ。
「もー、クロウ。あんな返しどこで覚えたの!?」
「何度も誘われても面倒だしな」
そういって笑っている笑顔が凶器なのだ。
本当に困った人だ。
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