67.神官と神
白い肌がさらに白くなった。窓から入ってくる日の影になる場所に立っていたせいか、神官の顔からすべての感情がそぎ落とされ、まるで人形のように思えた。
その変わりように腕に鳥肌が立つ。トゥルランに買ってもらった上着のおかげで相手にそれは見えなかったが、私はそっと腕をさする。
神官にとって、これはタブーとされる質問だったのだろうか。
神に関わる職だからこそ、触れてはいけない話題だったのかもしれない。
しかし実際はほんの数秒くらいの変化で、感情を取り戻した神官は笑顔になる。
「そのように書かれていた書物を見つけたのかな?」
柔らかな物言いに、胸をなで下ろしつつも違和感は腹のあたりから消えることはなかった。
「少し前に読んだ本にそんな感じに書かれていて……」
答えた私の言葉には不安に冷やされた吐息が混じる。
「古い言葉で書かれた本だったかな? 古い言葉には真逆の意味を成すものや、文脈で読み取り方がまったく異なる言葉が存在する。書かれたものの内容を正確に伝わりにくくするための言い回しだと聞いた」
「本に書いて伝わりにくくする?」
「そういった風習があったようだ」
私が黙り込んでしまうと、神官はさらに続ける。
「だから口伝がある。神官は神殿で神に仕え、神の成したことを伝えていく」
私からしたら口伝の方が物事が歪むように思えるのだが、どうなのだろう。
私の感覚と、この世界の感覚は違うのかもしれない。
「神はこの世界を創り、創り終えると満足ししばしの休憩としたと言われている」
「休憩?」
「さすがの神も大仕事だったのだろうと。そして、微睡みの中でこの世界を眺めているとも。神に仕える者たちが、神がゆっくり休めるよう働き続けるという……それがランタンの魔女だと言われている」
「ランタンはやっぱり神が創ったんだ……」
「ええ、ヨク神様が、人の手に負えない事象に対応するために作られた、という話だね」
ということは、やはり神はいるのか。
「その本を私も読んでみたいな」
「ええと、とにかく古い本だった」
「確かこの棚の」と探して渡せば、神官は感謝の意を述べ、じっくり読んでみると本を抱えて部屋から出て行った。
と、突然頭の中にヒジキの声が響く。
『カナン、あの魔女が、急用だとかでミハナダから離れるって。宿は期限通り使っていいし、トゥルランたちは花の祭が終わるまでいるから困り事はあいつらに言えって』
『了解』
何があったかと聞いても答えてはもらえないだろう。たいして興味もない。
これ以上変に構われないならそれはそれでよしだ。
隙あらばとクロウを狙ってくるのも不快だ。人をもののように言う彼女に渡す気もない。
続きを読もうと思っても、集中力が完全に途切れてしまって進まない。諦めて今日は引き上げることにした。
祭が始まるということで街には日を追うごとに人が集まってくる。大通りでさえすれちがうとき人との距離に気をつけねばならない。馬車が通るとなれば避ける人同士が押し合うことになる。
するとよく出るのが掏摸だ。
どこの街にも孤児がいる。もちろん兵士が取り締まりはするが、基本掏られる方が悪いというのがこの世界の一般常識だ。
私は拡張鞄があるので金品はそちらに入れている。拡張鞄は使用者にしか使えない。だが、一見すると普通のベルトに通した小さめの鞄に見えるのだ。
つまりよく狙われる。
いつもはクロウを待って帰るのだが、今日は集中力を欠いて早めに図書館を出て宿へ向かっていた。小さな薄汚れた子どもがぶつかってくる。軽い謝罪。一人目の、私の意識をそちらへそらす、仕掛け役だ。
こちらに来て買った着ているものがきれいめで、さらに帯剣しているので金がある冒険者と判断されたようだ。
仕掛けのあとは実行役が迫ってくるのだが、正直目立つように身を守る魔導具をつけているのだ。悪意を持って近づけばすぐさま反応してひどいめに遭う。
「うあああ」
伸ばした指先を焼かれたのだろう。十くらいの少年が道に転がった。
面白いほど人が私と転がった少年を避けていく。
私は彼に手を差し伸べた。
「素人なの? あのね、こういったものを着けてる人に手を出すと痛い目をみるよ。気をつけてね」
左手の手首にしている腕輪を見せつけると、少年は顔をゆがめた。少し先で動揺しているまた別の少年と目が合う。あっちが受け取り役。
孤児は神殿で保護される。だが、そういった中で暮らしていけない子どもも多い。決められた生活、何の面白みもない単調な日々。特に冒険者のような腕っぷしで成り上がっていく道もあるような世界では、この先、一生を神殿で祈りと清掃に明け暮れるような生活が決められるのは無理だと思う子どもも多い。
人のものを奪って己のものにし生きていく世界があるのを、私はすっかり受け入れているのだ。
同情はしない。ただ、憎いとも思わない。
盗まれる方が悪い。すっかりこちらの世界に染まっていた。
転がった少年は私の差し出した手を乱暴に叩くと駆け出し、人混みに紛れていった。八歳か、七歳くらいに見えたが、満足に栄養をとれていない彼らは外見年齢より年上のことが多い。つまり今の私と同じくらいの子どもがいる。運が悪ければ私はあちら側にいるのだ。
しかし、彼らがこの魔導具のことも知らないのが不思議だった。
どんな街でも掏摸は組織としてやっているのだ。
三人か、それ以上でチームを組み、掏った金の一部を上納する。
以前一度掏られかけて、腹が立ったので大人げなく尋問した。クロウには呆れられたが、どうしても我慢ならなかったのだ。
なんとなくちぐはぐな様子の彼らに少し疑問が残った。
そしてクロウにめちゃくちゃ怒られた。図書館に迎えに行ったら私はおらず、宿にいて安心したところに掏摸の話をしてしまったようだ。
「でも、」
「でもじゃない。前に言ったことをもう忘れているのか? コルハンたちも言っていただろう? 街によそ者がたくさん入ってきている。治安は悪化しているんだ。冒険者とはいえ、身長も低く、子どもに見えるカナンが一人でうろついていいような状況ではない」
自認が大人なので子どもだと言われると異議を唱えたくなるが我慢だ。私は今、子どもなのだ。
ここは大人しく反省したように見せかける。
クロウは結局私に甘い。
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次の更新は来週水曜日になります。




